バート・フリーゲン・クライフ2

やはり、あの人に慣れる事が出来ない。


政子は出会ってから今日までバートからネガティブな感情を向けられたことが無い。

それがバートの厚意と善意の表れと信じたい反面、バートはあくまで経営者であり為政者である。

政子への協力も打算と実利の結果だと思ってしまう。



例えば過去にこんな話があった。



半年に一度この街にやって来ていた気の良い行商の夫婦が、ただ一度の過ちで”ソーマ”と呼ばれる禁止薬物を街の中に入れた時の事だった。


夫婦の罪が明るみに出た時、一度は激昂しその夫婦を面罵したバートだったが、その後は夫婦に赦し笑みを向けた。


しかし、その夫婦をこの街の誰かが見かけることは無かった。


なんでも、その帰り道に北の山道で野盗に出くわしそこで身ぐるみを剥がされた上で惨殺されていたそうである。

そして、その報告から数日もしないうちに今度はバートが野盗に対して討伐軍を向かわせ、野盗達をなで斬りにしたのである。


クアドラプル・ホイールが交易の中心地である理由は地理的な条件が大前提にあるのだが、それ以外の点を挙げるのであれば治安の良さに他ならない。

クアドラプル・ホイール周辺は勿論の事、交易路上にある他都市や諸侯領などにも要請さえあれば討伐軍を向かわせる準備を常にしている。

他領土の人間が他都市・他国の軍を進んで自国へ入れたがることはないため、要請は滅多に来ることは無い。


しかし、"即時対応が出来る軍”を持つというのは、それだけで野盗に対しての抑止になる。

そのような環境下の中で、それもクアドラプル・ホイール近郊で野党の被害があった、それ自体がまず有り得ぬ話なのだ。


周辺諸国はバート並びにクアドラプル・ホイールへ侮りの視線を送った。

日頃、他人の領土にまで街道の安全の必要性を唱え、軍を派遣するなど偉そうなことを言っておきながら、自身の膝元でその体たらくとは、とあざけ笑った。


しかし、街の人間は口にこそ出さなかったがそれが全てバートの策略だと気がついていた。

野盗達はバートが雇った者達で今度は口封じにその野盗達を殺したのだ。

それが街の人間たちの見解である。


バートは決して行商夫婦を許してなどいなかった。


であれば、何故バートはその場で行商夫婦を誅罰せずそのような回りくどい手を使い、周辺諸国の嘲りをわざわざ受けるような真似をしたのか。


それは敢えて嘲りを受ける事によって周辺諸国を油断させる為であった。

行商夫婦に対して温情を見せたのも、クアドラプル・ホイールはソーマに対して縛りが緩いと思わせる為である。

しかし、一方では行商夫婦を野盗に虐殺させることによって住民にソーマに係る者達の末路を見せしめた。

それも行商夫婦が虐殺されたのがバートの策略だと、暗に街の住人達が気が付く事も見越して行動である。



すると、クアドラプル・ホイールにソーマを流そうとする輩が次々に現れる一方で、街の住人達はソーマと関わりを持とうとしない。


街の住人達は運び屋や売人が油断してソーマの使用を勧めてきた先から、次々に売人たちの情報をバートへ提供していった。


そうやって売人や運び屋たちの足跡を手繰り、その裏で糸を引いている黒幕を引きずり出すのがバートの真の目的だった。


そして、クアドラプル・ホイールにソーマを流していたのが近隣の小領主とクアドラプル・ホイールの中央教区司祭の一人だという事が判明し、両者はそれぞれの領土と街を追われていった。


その後、空白となった領土と中央教区司祭の席はバートが推薦する人物がそれぞれ収まった。


ここまで来ると、先の行商夫婦の一件にしても本当に彼らが利己的な思惑から自身の意思でソーマを持ちこんだかも甚だ怪しくなってくる。


行商夫婦から黒幕の判明までの一連の流れは全てバートが仕組んだ壮大な茶番劇であり、実はバートは最初からソーマの裏にいる黒幕が誰かを知っていたのでは?と騒がれ始めた。


周辺諸国は当初バートに嘲りの視線を向けていたことなど忘れてしまっており、今度は畏怖と畏敬の視線でバートを見るようになったわけである。




以上が非公式のあくまで街の住人達が噂として語るバートの冷徹さを表した話だ。



政子はそれが全て真実の話だろうと、半ば確信を持っている。

バートと親しくすればするほど、近づけば近づくほどに彼の冷徹な顔を多く見かける。


足元で何かを懇願して泣き付く人物に対して一瞥をくれる事も無く、その場を通りすぎる様子等など。


いついかなる時に自身がバートにそのような態度を取られるのかを考えると身震いがする。


そうなれば、この街で生きては行けまい。


自分はバートにとって利用価値のある人間なのだ。

そしてそれは、恐らく尾花の魔術が関係している。


尾花と政子は共にバートに目を掛けて貰っているのだが、本来の目的である尾花は何をしでかすか分からない危うさがある。


バートはおそらく自分に尾花の操縦桿としての役割を求めているのだろう。


それがバートにとっての政子の利用価値。


尾花を御する事が出来る人間、それが現状政子しかいない為に自分も尾花と同じく目を掛けて貰っているのだ。


自分がこの街で生きていくには尾花の存在が不可欠なのだ。

元の世界にいた時からの友人を利用するようで、政子はそのことを考えるたびに心苦しさを覚える。


……例えば、操縦桿である私がいなくなった後にバートは尾花をどうするのだろうか?

それ以上の事を考える前に、政子は頭を振り考えを取り消した。


ともかく尾花の魔術がこの街、いやこの世界に与える影響は計り知れないのだ。

バートもそのことに気が付いている。


何せ、尾花の魔術は……。


政子は、先ほどのバートが言っていた中央広場での揉め事について、一つの疑問が浮かんだ。


中央広場で起こりうるもめ事で良くあるのは、喧嘩や商品についての苦情または言い争いである。

しかし、そのような些事でバートが出張る必要があるのか。

バートどころかエルマすら出張る必要があるかも怪しい。


別に自分の立場を誇示するわけではないが、先のバートの「政子の為ならいくらでも時間を割く」という言葉。

もしそれが政子へ向けた善意では無く、利用価値から鑑みたおべっかだったとしてもである。


裏を返せば、政子にはそれだけの利用価値があるという事だ。


そしてバートの謝辞だけ告げて火急の用件の内容を有耶無耶にしたあの態度。


大事な客ならばこそ、何かの用件で退出しなければならない時はその内容を説明して退出の了承をしてもらうのが筋だろう。

それを怠るバートではないはずだ。


つまり政子に用件を告げる事が出来ず、また政子上に優先するべき火急の事態……。


「マスターもお兄も……いっそお昼ご飯抜きにしてやろうかな」


自分だけここで豪華な昼食を食べて何も知らぬと決め込んでやろうか。

恐らく中央広場で起こっているもめ事は尾花が関係しているはずだ。


そして、政子が家を出る際に言った「国衛を遊ばせるな」と言う一言を尾花は律儀に守っているのだろう。


何せ、政子は尾花の操縦桿なのだから。


政子はため息を吐くと書斎を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る