喜劇の始まり2
布から取り払われた得物。
サスキアはそれが何なのか分からないのだろう。
しかし、俺はそれを知っている。
それでも何故、俺が驚いた表情をしていたのかと言うと。
尾花の腕にあるそれは、ライフル銃にしか見えない物だった為である。
魔術と呼ぶにはあまりにも物質的、神の模倣と言うにはあまりにも世俗的な代物。
真理を探究した結果としては、些か油臭く武骨すぎないだろうか。
「狩猟用のエア・ライフルを参考にこちらの世界で作ってみた。名前は……そうさな”エアリアル”とでもしておこうか」
尾花はライフルの先台フォアエンドを扇を書くように外し、再び力を入れて元に戻す
「試作機と呼べるかも怪しいまさしく玩具だが…‥精々防いで見てくれよ、司祭殿?」
そう皮肉めいた笑みを浮かべながら尾花は先の動作をさらに2度ほど繰り返す。
そして尾花は俺の元へと戻ってくると、ライフル銃を俺に手渡してきた。
「俺にあのねーちゃん殺せってか!?」
「銃弾も何もないただの空砲だ、それに6ポンプ推奨のところを3ポンプしかしていない。それでも奴一人泣かすには充分だろうがな。」
そして尾花は俺へとライフルを押し付けた。
サスキアは俺に因縁を付けてきたのだから、俺が決着を付けろと暗に言っている。
しかし、こんなもの扱ったことが無い俺は渡されたところで使い方も分からない。
どうしてよいか分からず、俺はライフルの隅々を眺めるしかない。
「オバナ・クスミ!貴女のママゴトには付き合うと言いましたが、猿回しでも見せるおつもりでしたの?」
痺れを切らしたサスキアの声が響く。
俺が持っている得物についての知識が無いゆえに、態度は変わらず不遜なままだ。
「猿知恵も働かないと馬鹿にされてるぞ、国衛。」
「いや、だからこいつをどうしたら良いんだよ。」
尾花が呆れと徒労を滲ませたような瞳で俺を見てきた。
「どうするも何も、銃なんぞ照準を標的に合わせて引き金を引く以外に何も無いだろう。」
「……本当に大丈夫なんだよな?」
尾花は何も答えずに俺の腰の辺りを軽く叩いた。
良いからさっさとやれ、と言いたいのだろうか。
仕方が無いので恐る恐るサスキアにライフルの銃口を向けた。
ライフルを握る手が汗ばむ。
俺がライフルを構えたのを確認して、尾花は一度咳払いをした後に大きく左右に手を広げ舞台にあがる司会の様に仰々しく周囲へアピールする。
「さて司祭殿、お待たせして申し訳ない!そして目に見て音で聞かれよ、これが“現代魔術”が起こす”エーテルの風”だ!」
ええい、ままよ!
何かあればアンタに責任取ってもらうぞ、この野郎!
もはや開き直り、いや破れかぶれで俺は勢いよく引き金を引く。
そしてサスキアから目を背けた。
……。
「痛ッ!」
少しの沈黙の後、突然手に持っていたライフルが俺の手元でバラバラになった。
暴発したわけではないので、大きな怪我は無いがささくれ立った木片で少し手を切る。
「こちらの世界でも酷使したエアリアルは解放してやるのが筋という事か。」
尾花が壊れたライフルの部品を手に取る。
「いや、それよりあの姉ちゃんはどうなったんだよ!」
ずいぶんと静かで何かを撃った心地もしなかったが。
これで何も無ければサスキアの侮蔑が混じった高笑いでも聞こえてきそうである。
それはそれで癪なんだが。
尾花はサスキアの方へと顎をしゃくる。
「ほぉ、エアリアルの風を耐えるか。」
サスキアは両腕を真っ直ぐに伸ばし、手のひらをこちらに向けていた。
そして手の平を中心にハニカム構造の透き通る障壁を展開して何か必死に耐えている様子である。
「奴は今猛烈な強風に耐えている。あの防御魔術を解いたが最後、鉄砲水ならぬまさしく鉄砲から出た鉄砲風に体を持って行かれてしまうだろうな。」
しかし、そうは言っても俺には強風と呼ばれるようなものは感じることが出来ない。
「呪術を応用したものだ。呪術ゆえ、基本的には標準を定めた相手にしか害は及ばん。」
改めてサスキアを見ると、確かに表情は苦悶にゆがみ身にまとう衣類は後方ではためいている様ではある。
尾花はサスキアの方へ少し近づくと、そこらにある石を拾った。
そして二、三度軽く上へ放るように弄ぶ。
「おい、アンタまさか……。」
俺が止めるより先に、案の定尾花はサスキアの方へとその石を投げつけた。
尾花が投げた石はゆっくりと放物線を描く。
しかし、サスキアへある程度の距離まで近づくとゆっくりとしたスピードの石は、急に何かの意思にでも触れたように急降下してサスキアの元へと飛んでいく。
「きゃ!?」
突然飛んできた石に驚くサスキアだったが、石はサスキアが展開する障壁に弾かれてはるか後方の彼方へと飛んでいった。
「やはり駄目か。」
尾花が舌打ちしながらこちらへと戻ってくる。
「……アンタ、ありゃ流石に酷いぞ。」
「仮にもこの街の一教区を任された司祭殿だ,石ころの一つ防げずして勤まる物か。それより見たか?石のおかしな軌道を。」
漫画の魔球の様に突然スピードを増して超変則的な軌道を描いた石。
つまりアレは尾花の言う風の仕業という事か。
しかし、尾花は言っていたはずだ、基本的にサスキア以外には害が無いと。
「そのつもりだったんだが所詮は試作機未満の玩具だ、調整を誤ったらしい。しかしあのまま放って置くと少々危険かも知れん。」
「あの姉ちゃんに近づいたが最期、あの小石みたいにどっかへ吹っ飛ぶって事かよ!?」
それなら少々どころの話では無い。
今のサスキアはいわば人間竜巻である。
あのままの状態で耐えられると知らずに近づいてきた人や物を全て巻き込んでしまう事になる。
尾花は俺に一瞥をくれると、大して気にもしてない様子で再びサスキアのほうを見た。
「司祭殿、いい加減諦めて吹き飛ばされたほうが楽だと思うぞ!なに、怪我をしても私の処方する軟膏をn」
「"偉大なる御身グレイト・オブ・ドゥ"の名において!試練を前に膝が崩し地に付けるとも、我が心まで屈して地に落とすわけにはいきません!それが邪教、異端の相手であればなおさら……。」
サスキアは振り絞るように声を上げた。
表情は先ほどよりも辛そうであるが、それでも意地を張るとは。
流石にここまでくるとそのプライドの高さも感心、いや尊敬の域にすら達する。
尾花はと言うとサスキアの言葉を聞いて、困惑半分呆れ半分と言った具合で頭を掻く。
「あれは呪術の類ゆえ、奴が術を食らうまで止まらんのだが……さて、困ったものだな。」
このままサスキアを放っておくわけにもいかない。
中央広場の周囲は遠巻きに俺たちの成り行きを見守る人々で溢れている。
その時、頭上から糸が垂れるように滴が2点、3点と落ちてきた。
地面を見ると落ちてきた滴の跡で斑模様を描かれている。
「尾花、雨降って来たぞ!これで多少は人通りも少なく……。」
「いや、これはまずいな。」
尾花は舌打ちし、空を見た。
その顔は神妙な物となっている。
何時になく真剣な表情で「まずい」などと言われてはこちらも不安になる。
俺も尾花に倣って上を見ると、先程まで青々とした晴れ間だった空が今は大きく山の様なぶ厚い雲によって覆われていた。
そして、頭上の雲はある一点に向かってその色をどんどんと鈍色に滲ませる。
鈍色がいよいよ濃くなったその中心からは地上に向かって細長い巻雲が伸びており、その下にはサスキアが必死な顔をして未だ耐えていた。
まるで泥水に濡れた綿菓子の様な雲を尾花は苦々しく指差す。
「奴がエアリアルの突風を耐えている事によって、強い上昇気流が発生し積乱雲が出来てしまっている。そして、あのまま上昇気流を維持し続けて積乱雲が急速に発達してしまう場合‥…。」
その時、急な突風が吹いた。
突風は辺りに散らばる木の葉やクズゴミを巻き込んで、サスキアのいる方へと向かって行った。
「文字通り、一嵐が来るぞ。」
木の葉がサスキアの元にまで到達したとき、渦を巻きながら急速に舞い上がったの見た。
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