喜劇の始まり

「THソーンのルーンは妨害、理不尽な壁、転じて守護の意味を付与されたゲルマンのルーン文字。そしてガーネットは戦場の加護として古来より戦士が身に着けていた宝石だ。君の体が燃え盛ることが無かったのはその二つの加護のおかげだ」


尾花は俺の胸元にあるペンダントを手に取った。

目線の高さにある赤黒い宝石のペンダントは見る限りはただの宝飾品である。

本当にこのペンダントにそのような効果があるなら、パワーストーンどころの話では無い。


しかし、尾花の口ぶりは冗談を言っている様子は無い。

何より、俺は先ほど魔術を目の当たりにしたのだ、尾花の言う事を信用するには充分な体験である。

尾花はペンダントから手を離すと、再び俺に笑いかけた。


「私の魔術はどうだった?」


「もうちょっと通気性を良くしてくれ、息苦しくて仕方なかった。」


「素直に凄いと言えぬそのへそ曲がりはあまり関心しない。それと小言ついでにもう一言だけ言わせて貰うが……」


尾花は怪訝な顔をする俺から視線を外すと対面にいる少女を見た。


「付き合う人間や友人にするべき人物はよくよく考えておいた方が良い。」


尾花の視線は鋭く少女を見据えている。

そして、少女の方も抜き身の刃の様な視線で尾花の視線を受け切る。


「なるほど、貴女のお知り合いでしたか。私に対しても不遜で傲慢な態度は正にこの方あってこの人ありと言ったところですね。」


少女は尾花に対して、強がるように嫌味を言い放った。

そして、侮るように口角を上げてあざ笑う。


「異端的不可触階級ワイルドカードのオバナ・クスミ」


自身の名前を呼ばれた尾花の表情が険しく曇る。

尾花は不遜に鼻を鳴らす


「迷子のツレが世話になった身ゆえこのような事を言うのは恐縮だが、あのように手間をかけて派手に居場所を教えてくれずともツレの名前を呼んでそれで良かったのだ。私のツレとて自分の名前が言えぬ程に幼くも無いのでな」


そして、尾花は少女を指さした。


「……」


「……」


「国衛、彼女の名前を聞いているか?」


「いいや」


「オバナ・クスミ!そして、貴方!」


少女はけんけんと高い声を上げ、肩を怒らせ俺と尾花を交互に見渡す。

まるで誰彼かまわず吠える子犬の様だ。

その様子を尾花は当惑して眺めている、恐らく俺も同じような顔をしているのだろう。


「十五と言う歳でクァドラプル・ホイール中央教区ヘブルリッジ教会司祭を叙任された俊秀こと、この私サスキア・ファン・レインの名を知らぬその傲慢さを悔い改めなさい!特にオバナ・クスミ!貴女とは、今日のここが初めての出会いでは無いでしょう!?」


元々プライドの高そうな少女である。

自身の名前がそこまで認知されていなかったことに対する憤りが、その赤ら顔からもうかがえる。

どうやら尾花とサスキアと名乗った少女は決して穏やかではない顔なじみの様である。

そのような人物の名前を碌に覚えていないの尾花もどうかと思うが。


尾花はこめかみを掻きながら、サスキアから具合が悪そうに視線を外した。


「出会う度に何処までが肩書で何処までが名前なのか分からぬ名乗りを上げられれば、覚えられるものも覚えられぬ。」


その割にアンタは良く分からない事を良く知っていて、度々頼みもしないのにべらべらと喋っている気がする。


「アンタがあの娘に興味が無いだけだろ。」


「好奇心は猫をも殺すと言うだろ、現に君は彼女への好奇心で死にかけたのだ。私は彼女に興味が持てないのではなく持たないようにしているだけだ。」


「尾花、アンタに対して言いたいことは二つだ。先ず出会った当初に好奇心を持てと言ったのはアンタだ。そして俺は別にあの娘にナンパ気分で話しかけたわけじゃない、勝手に面倒に巻き込まれただけだ。それも元はと言えばアンタが原因でだぞ。」


尾花が歯噛みして俺を睨みつけてきたため、俺も尾花を不平を込めた細い目で見上げた。


「お二人とも私の事をお忘れでないかしら!?」


俺と尾花が揃って声をする方向を見れば、相変わらずサスキアがぷりぷりと肩を怒らせている。

白かった肌は朱く高揚し、むくれた顔と相まってタコの様だ。

俺は「どうにかしろ」とサスキアの方を顎で指し、ついで尾花へ視線を移した。


「アンタ、知り合いだろ?」


「知り合いと言われてもな、先ほどまで名前すら忘れていたのだぞ私は。」


ジョーカーの押し付け合いをしている様な無言の睨めっこが続いたが、今回は尾花が先に根負けした。

深くため息を吐いた後にサスキアの方へ向き直る。


「司祭殿がお忙しい身でありながら手を焼いてわざわざポスト級魔術を披露して下さったのだ、こちらも魔術でその礼に答えようと思うがいかがか?」


既に俺の周りを取り巻いていた群衆も距離を取って、尾花とサスキアの様子を眺めていた。

あたりは尾花とサスキアがもたらす緊張で静まり返っている。


「貴女の相手をするに丁度良い玩具を持って来ていたことを思い出してな、気に入ってくれるとうれしい」


あからさまな挑発を交えながら尾花はサスキアの様子を伺いつつ、俺が一片目にしたガラクタの山へと移動する。

サスキアは尾花を鼻で笑うと、あざ笑うように口角を上げた。


「玩具ですか、まぁ先ほどの防御魔術については確かに面を食らいましたが……所詮は玩具を使ったママゴトの範疇、多忙故に本来ならママゴトに付き合う余裕も無いのですが今日は特別です、"偉大なる御身グレイト・オブ・ドゥ"の恩恵たる私の魔術を持ってして貴女の児戯に付き合いましょう」


サスキアも挑発に対して挑発で返す。

しかし、このサスキアという少女、鋼の様に固い、と言うより荒縄の様に図太いプライドの持ち主の様である。

自身の魔術を防がれた時は動揺こそしたが、既に相手を挑発するだけの余裕を取り戻している。

よほど自信の能力に自信があるのか、はたまた何か切り札でも持ち合わせいるのか。


対する尾花はサスキアの挑発を皮肉を込めて鼻で笑う。

そして、ガラクタの山の傍までよるとそこからある物を取り出した。

それは何の目的で持って来たのかも分からない、あの布に巻かれた釣竿の様な長物だった。


「そんなママゴトにすら通用しない貴様の魔術の体たらくを証明してやると私は言っているのだ。貴様の魔術は、"偉大なる御身グレイト・オブ・ドゥ"による恩恵だったか?ならば随分と謙虚で慎ましいものだ、父なる存在もさぞお喜びだろう。しかし、私の魔術とは真理の探究とその実践だ!」


尾花は長物から全ての布を取り払った。


「いわば神を模倣するに等しい不敬、その一端を見せてやる。」


布から取り払われた物を見て、俺とサスキアは目を丸くした。

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