さよなら世界

俺が小学生の高学年になる頃には、めっきり政子と遊ぶことも無くなった。

中学に上がる頃にもなれば姿を見かけても精々会釈する程度となっていた。

正直、今政子を見つけても「政子」と気軽に呼び捨てで声を掛ける事が出来るかすら怪しい。


そのくらいには疎遠になっている幼馴染の為に軽犯罪を犯すべきか否か。


俺は洋館の門を前にして、そんなことを考えていた。


門柱の高さは2m程度だろうか、小学生の頃はもっと高く感じたがこれならよじ登れない事も無い。


しかし、よじ登ったとして、その後はどうする?


玄関に鍵がかかっていた場合、建物の中には入れない。


その場合……住居侵入罪のほか、更に罪を重ねる事になる。

そもそも、この洋館に政子がいるかすら怪しいのだ。


流石にそこまでやる義理も無い。

屋敷の玄関に鍵がかかっていた場合そこで諦めて帰ろう。


俺は門柱に這う蔓や草を取り払うと、跳んで門柱の頭に手をかけ腕に力を入れて体を持ち上げた。

そして足を門にかけ、門の向こう側、石畳のアプローチへと跳んだ。


アプローチから周りを見渡す。

正面には木製の大きな玄関扉があり、左右には庭が広がっている。

木々の枝や草が思い思いに伸びており、鬱蒼とした林の様な庭へ手招きしている様だった。

得も言われぬ不安を覚え、俺はそそくさと玄関へ近寄る。


玄関扉は威圧的に俺の前に立ちはだかっており、招かねざる客を拒むようだった。


俺は恐る恐る玄関扉の取っ手に手を掛けた。


「……うぉお」


扉は自身の持つ雰囲気とは裏腹に、意外なほど簡単に開いた。

拍子抜けする程にあっさり開いたために、腰を抜かしそうになった程である。


屋内に侵入する事ができる……。


否応にも体に緊張が走る。

扉が開かなければ引き返すしか選択の余地もなく諦めもついた、が。


ここまで来れば屋敷の中に入るしかないのか……。


「……お邪魔しまーす」


俺はひっそりと屋敷の中に忍び込んだ。


そこには案の定暗闇しかなく、屋敷の内装がどうなっているのか皆目検討もつかなかった。


奥へ進むには些か足元が心許なかった。


スマホのささやかな灯りで手元を照らす。

するとサイドテーブルに置いてある金色の七枝の燭台とマッチを見つけたのでそれに火を灯した。


燭台は何かの呪術アイテムの様でありなんとなく触ることが躊躇われた。

しかしスマホのバッテリーもいつまでもつか分からない、仕方なくを燭台を光源とし屋内へと足を踏み入れる。


燭台に灯された不安定な火が揺らめいて屋内を照らす。


そこで分かったのは、この邸宅が天井まで大きく吹き抜けた造りだという事。


そして吹き抜けいっぱいに高く積み上げられた棚が部屋を迷路のように遮って並んでいる。

その周りを囲うように二階の廊下部分が部屋の壁に添えつけてある。

これでは外からの光も棚で遮られ、日中屋内に陽が差し込む事も無いだろう。

棚と棚との間は人がようやくすれ違える程度の幅しかなく、またその狭い通路の上にも書物が積み重ねて置いてある。


俺はその中を当ても無く彷徨う。


ぼんやりと照らされる棚には書籍の他に、フラスコやビーカー、どのように使うのか見当もつかない呪術的な調度品、動物のはく製やガラス製のホルマリン容器などが飾られており、図書館と博物館を足したような様相である。


洋館の中は子どもの頃に想像していた通りである。

だが、幼いころに果たせなかった冒険をしているというのに全く嬉しく無いのは何故だろう。

屋敷が醸し出す雰囲気が、いもしない存在を背中の後ろの暗闇に作り上げる。

その度に俺は何度も振り返る。


当初の目的、政子を探すこともこの雰囲気の中では集中して行えない。

そんな圧迫感に耐え兼ね、いい加減引き返そうとした時だった。


本棚が影となって入口からは確認できない光源があることに気が付いた。

光源の元は、俺がいる通路から見て丁度本棚を挟んで隣の通路にあると思われる。


俺は唾を飲むと一度深呼吸した。

そして、その光源の元へと一歩、一歩と足を進める。


隣の通路へと折り返し、勢いそのまま俺は自分が持っている燭台を反射的に正面へ向けた。


床には円とその中に描かれた幾何学的模様が不気味に青白く発光していた。


周りに飾られた品々よりもそれは悪魔的に怪しく、しかし悪魔の囁きは目が離せなく成るほどの艶やかに光っていた。

気が付けば俺は華の香りに釣られた虫の様に円の内側へと足を運んでいた。



その後は良く分からなかった。

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