消えた幼馴染

「アンタ、政子ちゃんが何処にいるか知らない?」


「……お隣で飯食ってんじゃない。」


夕飯の時に対面に座っていた母親がそんなことを聞いて来た。

だから俺は素直に答えてやった。

ウチが飯食ってるならお隣だって夕飯食べてる頃だろう。


「アンタ馬鹿ね、政子ちゃんのお母さんがさっきウチを訪ねて来たのよ。政子ちゃんがこの時間になってもまだ家に帰って来てないって、アンタどっか心当たりない?」


どうやら、夕飯時になっても隣の家に住んでいる黒坂政子が帰宅していないらしい。


「さぁ……部活が押してるとかそんなんじゃないの?それに心当たりっても、最近アイツと会話すらしてねぇし。」



その時はそれで話が終わり、俺はまた夕飯を口に運んだ。




「まだ、政子ちゃん帰って来てないらしいの。政子ちゃんのお母さん警察に連絡入れるって。」


「へぇ、そりゃ大変だ。」


次に母親がその話を持ちだしたのは、夕食が終わり風呂に入るまでの漫然とした時間をソファに寝転がりながら過ごしていた時だった。



「アンタ、昔良く遊んでたでしょ?どっか政子ちゃんが行きそうな場所見て来てくれない?」


「それで昔遊んでた公園行ってあいつが夜の公園で昔みたくかくれんぼでもしてたら、俺おっかなくてそれ以上あいつに近づけないよ。」


遊んでいたと行っても俺は小学生、向こうは小学生だったかすら怪しいほど昔。


そんな政子は俺の三つ下の今は中学一年生、悩み多き青い年頃である。


昔の記憶の人格とは大分違っているだろうし、俺は年頃の少女が行きそうな場所に心当たりが無い。


昔一緒に遊んでいたという記憶がどれほど当てにならないか、暗に母へ知らせたつもりだった.


「その政子ちゃんよりも母さんがさらにおっかなくなる前にさっさと探しに行った方がアンタの為だと思うけど?」


母の一言を聞いて、俺は家から飛び出した。。



仕方がないので、適当に近所をうろついてみる。

ついでにどこかコンビニでも寄って帰ろう。

二十~三十分も時間を潰して帰れば、母も納得するはずである。


家々の窓から生活の灯が漏れ出ている住宅街。

通りには誰もおらず、民家から漏れた灯り以外に外灯が一つ寂しく道を照らしていた。


この人気の無い通りで政子が誘拐された可能性。

しかし、まだ家々から灯りが漏れているこの時間で誘拐など有り得るのだろうか?

それに政子も中学一年生、流石に知らない人間に付いていくほど単純かつ純粋では無くなっているはずだ。


そして、仮に俺が政子を見つけたとしても何を話せば良いのか分からない。

昔の思い出話でもして帰路に着くまでの間を繋ぐかと思っていた時に、ふと近所の公園の前を通りがかった。


そう言えば、この公園でも政子と何かあったな。


それはこんな話だった。


俺が小学生だった頃、同級生たちとこの地区に住む変人の邸宅に忍び込もうという話が出た。

その邸宅は三百平米の土地に立った3階建のバロック風建築の豪邸だった。

豪邸だった、というのは過去はそうだったのだろうというニュアンスを含んでいる。


洋館の周りは屋根から玄関の門にまでシダの葉やツタの蔓が生え周り、玄関から覗ける庭も全く手入れがされていない。


その様子がまるでRPGやファンタジー小説に出て来る様な魔物や怪物でも住み着いていそうな雰囲気を漂わせており、当時の俺たちの好奇心を掻きむしった。


現に洋館を巡る噂は、夜な夜な不気味な灯りが窓を照らす、不気味な金属音が絶えず鳴っている、月に一度地鳴りが起こる、など怪異を連想させる話が多く、それがさらに俺たちの期待を煽った


極めつけは、そこに一人で住んでいる洋館の主人だった。

聞いた話によると、ボサボサの髪に、人相の悪い隈をこしらえた目付き、薄汚れたローブを纏っている。

近所づきあいなど皆無で、あの家にだけは回覧板が回ってこない。


何がいるのか分からない家と、何をしているのかさえわからない家の主人。


そんなところに何かいない方がおかしいと、子供の頃の俺たちは思っていた。

近所の手ごろに味わえるスリルに心奪われたのだ。


そんなわけで俺たち冒険者一行は放課後洋館の近くにある公園に集まったのだが、そこで

思わぬ障害が立ちふさがった。


黒坂政子(当時7歳)が一緒にいきたいと言いだし、俺の後を付いて来たのだ。


当時の俺たちは、女子と遊ぶことについてどこか気恥ずかしい気持ちがあった。

それに3つ年下の女子である、これから危険な場所へ足を踏み込むのだ。

自分たちと比べて体力の劣る政子は足手纏いになると、皆が連れて行くことに難色を示していた。


そこで俺たちの中の一人が有る提案をした。


「俺たちのパーティに加わりたいのであれば、一つ試験を与える。」


そして、公園の中にある鉄棒を指差し言った。


「逆上がりが出来るだけの体力があれば、パーティに加わえてやろう。」


そして、そいつはその指を俺へと向けた。


「国衛、お前が出来たかどうか見といてやれよ。」


それは当時の俺からしたら理不尽極まりない宣告だった。


政子は勝手についてきたのであって、俺の預かり知ったことではない。

それなら政子一人を公園に残して、その隙に俺たちだけで行ってしまえば良いじゃないか。


俺がそう反論すると、


「こいつが出来たって嘘つくかも知れないだろ?それに、年下一人残すのは危ないからな。こいつは元々お前について来たんだからお前が面倒みろよ。」


ガキの癖に妙に正論じみた事を抜かしてきたのだ。

それに対して有効な反論が出来なかった俺は渋々その役を引き受けざる得なかった。


皆が去ってがらんどうした公園の中、俺と政子だけが取り残された。


「ごめん、お兄。」と俯く政子。


先に謝られると、こちらもそれ以上何かいう事が出来なかった。

仕方がないのでいっそ家に帰ってゲームでもするか?という俺の提案に対して、政子は頭を振った。


「私、鉄棒の練習する。」


そう言うと政子は一人、逆上がりの練習をし始めたのだ。


俺は俺で政子をそのまま放っておくことも出来ず、その日は一日政子の鉄棒の練習に付き合っていた。



ちなみに翌日聞いた話だが、探索に出ていた奴らも洋館の門に鍵がかかっているのを確認すると早々に探索を諦めて別の場所でサッカーをしていたらしい。




その後もアイツは公園で独りでずっと鉄棒の練習をしていたのだろうか。

それか実は今でも鉄棒の練習をしているとかだったら笑えるな、いや恐いなそれは。


俺は昔の思い出に引っ張られるように、公園の中へと足を踏み入れる。


もう二十時を過ぎた時間、もちろん公園には誰もいない。

俺は鉄棒に背中を預け、どこを見るともなく視線を宙へ投げた。


しかし、政子のヤツ、何処へ行ったんだろう。


確かにこの時間まで家に帰らないのはやはり問題である。

頭のおかしい変な奴は世の中いくらでもいる。

そんなやつらが起こす事件に巻き込まれないとも限らない。


そう、この公園からもはっきり見えるあの洋館、そこの主のような。


「……おい、まさかな。」


俺は湧き上がる不安を抑え、洋館へと向かっていった。

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