第24話 魔法使いの噂・E

「魔法使いに吸血鬼!今日は福音の日ですか!」

 丁奈とルインの姿を見た牧師は狂気に満ちた瞳で天を仰ぎながらそう叫ぶ。

「おばあちゃん、大丈夫?」

「丁奈、なんで来たんだい!」

 祖母を心配して近づいた丁奈は、サラの持っていた杖で頭を叩かれた。

「ちょ、痛い!」

「まぁ……私の真名じゃぁグレイブヤード相手に太刀打ちできなかった。座敷童子さんが来てくれなかったら今頃あの子以外にも被害が出ていたでしょうけど……できれば丁奈には危険な場所には来て欲しくなかったのだけどねぇ」

「サラおばあちゃん、それでアレはどういう手合いなの?」

「フリーデのお嬢さんも来ないほうが正解だったんだけどねぇ……既に来てしまっているんだから、少し頼りにさせてもらうことにするわ。あいつはグレイブヤード、中世の教会が生み出した処断人の一人。だから日本の神様のことを化け物呼ばわりしてあぁなってるんだけどね」

 サラはそう言って杖で牧師とぬりえの様子を見るように二人に促す。

 牧師がぬりえに攻撃を加えるも、ぬりえはそのことごとくを無力化している。

 無論牧師も自身の攻撃がぬりえに効かないことは承知しているのだが、ぬりえの立ち回りが三人を守るように動き、更には牧師の魔法を途中で霧散させてしまうため三人まで牧師の攻撃が届かない状態である。

「座敷童子さんは守るならほぼ無敵だけど……その代わりに誰かを害するなんて力は持ち合わせていないから、私たちがその役割を担うしかないよ」

「……サラおばあちゃん、その……私にはグレイブヤードの攻撃が軒並み十字架に見えるのだけれど」

「だから吸血鬼であるフリーデのお嬢さんは来ないほうがよかったと言ったのよ。あなたのお祖父様もグレイブヤードの気配で分が悪いとこなかったのだから」

「なるほど……お祖父様は用心深いですから」

 自分が迂闊であるということでもあるが、ルインはそのことで祖父を責める気は一切わかなかった。

 ルイン本人も丁奈が急に龍五郎を迎えに行くと言いながら、あの魔法書を持ち出していなければイーリスに留守番しているところだったのだから。

「とにかく、私の真名ではあれは倒せない……そしてフリーデのお嬢さんも相性が悪いとなれば……座敷童子さんの知り合いの神様が来てくれでもしないかぎりは、丁奈、お前に頼るしかないのよ。丁奈、自分の真名は知っているでしょう?」

「う、うん……でもおばあちゃんの真名で倒れなかった相手なんて私……」

「アレを打ち倒すには私の真名じゃぁダメだったよ。私のは一点突破の槍だからねぇ」

 サラの言葉に丁奈は表情を暗くする。

「あなたの真名はとても強いからね、発動したくないというのは大変よくわかる。でもね、アレは人を傷つけることなんて悪いことどころか、救済だとか言ってしまうような手合いなの」

 それは丁奈にも理解できている。

 あの時は一瞬頭に血が上っていたから啖呵を切れたのだが、龍五郎のそばにぬりえがいたことと、今はこの危険な場所から遠ざかったことで病院にも運ばれることだろうと思ってしまったので気が抜けてしまったのだ。

「丁奈、アレが龍五郎君を傷つけたことは事実なんだから、容赦なくやっちゃえばいいのよ。……まぁ公園の遊具とかが壊れた場合は私も一緒に賠償するから」

「いいえ、その責は私が負いますよ。自信満々に出てきて、警察の方々に大きなことを言ったにも関わらずそれを成し得なかったこと、そしてそれを孫に押し付けているのだから当然……」

 二人に促される丁奈は顔をあげる。

 先ほどまで拮抗していたと思われる牧師とぬりえの攻防は未だ続いているように見えるが、ところどころで牧師の魔法がぬりえの後ろ側で発動しているのを見ると若干ぬりえが押されている状況に丁奈からは見えた。

 とは言え牧師の表情も焦りが見えつつあるし、ぬりえの表情は変わっていないのだから何かしらあるとは思うのだけれど、ぬりえには誰かを害することができないためにこれ以上状況が好転しないことも事実である。

 いくらぬりえが牧師、グレイブヤードに対して有利に立ち回ろうが終わらないし、万が一逃げられるようなことがあれば、今度は龍五郎だけではなく周囲の人に被害が及ぶかもしれない。

「まったく……丁奈はあれこれ考えすぎ。あれは無差別に誰かを害そうとする人間で、それを悪いこととは思わずにむしろ救いだのなんだの言って積極的にその救いってやつを押し付けてくる馬鹿野郎なんだから、あれを倒すことはそれこそ地域住人の身の安全を確保に繋がると思いなさいよ」

「でもルインちゃん……」

「でもも何もない!私は丁奈が平穏無事の日常が一番好きなのも知っているけど、それがあんなやつに壊されたくないでしょう?」

 ルインの言うとおり、先ほどからのグレイブヤードの言動は目に余るものがある。

 でも、だからと言って簡単に殺すだのなんだのをするのは、グレイブヤードの言っているそれとの違いはなんなのだろうかと丁奈は考えてしまう。

 これこそルインの言う考えすぎということなのだろうが、丁奈はそれは重要な一線のような気がして、他の魔法ならばとは思うものの真名を開放することに対してはまだ踏ん切りがつかない。

「あぁもう、とにかく私は丁奈を頼りにして一度突っ込んでくる。塗壁のおかげでここに雨は降ってないから」

 ルインはそう言って飛び出してしまった。

「ルインちゃん!」

 丁奈が名前を叫ぶもののルインはそのまま走って牧師に向かって神速の一撃を狙い、顔を目掛けて拳を繰り出すも。

「危ないですね、流石の私も吸血鬼の一撃には警戒しますよ」

 案の定牧師にはあっさりと避けられてしまうが、ルインは自身の身体能力を最大限に発揮して休むことなく攻撃は加えるが、牧師は巧みに回避しているものの反撃には至らない。

 どうにもぬりえを警戒して迂闊に反撃ができないと言った様子ではあるのだが、どのみちルインの攻撃も当たらないようでは状況は変わることはない。

「もう!なんでルインちゃんまで!」

 慌てて持ってきていた魔法書を開いて使えそうなものを探していくが、八ヶ岳の家に伝わっているこの魔法書に記載されている魔法の殆どは平和利用が目的のものであり、今目の前のグレイブヤードに対して有効になりそうなものは見つからない。

「とにかく、とにかく何か……」

 丁奈は慌てて非殺傷の魔法を調べるものの、土を水で潤すとか、水の浄水だとかが目立ち、そういうものは複数種類あるのだが、不審者の撃退や害獣の駆除の魔法ではグレイブヤードに有効かわからない。

 しかし試さないうちから諦めていたら、今まで戦ってくれていたぬりえと、飛び出して行ってしまったルインの援護もできないと自分を言い聞かせて慌てて文を読み上げた。

「名の盟約に基づいてかの者を締め上げよ!『グレイプニール』」

 神話に出てくる絶対に切れない紐の名を丁奈が叫ぶと、グレイブヤードの足元の草が瞬く間に伸びて牧師に絡みついたが、所詮は模造しただけの魔法のために長時間の拘束はできず、すぐに石の十字架で草の根元から取られてしまい抜け出されてしまう。

「丁奈!これでもいいからとにかくお願い!」

 一瞬ながらもグレイブヤードの動きが止まることで活路を見出したルインはそう叫ぶも、ぬりえは首を横に振っているのが丁奈からは見えて、ここでまた考えてしまう。

 グレイブヤードと一度だけ交差するようにして交戦したルインと、ずっと動きを制限させていたぬりえの意見、どちらのほうが信頼性が高いかと言えば無論、ぬりえのほうである。

「丁奈、座敷童子さんとフリーデのお嬢さんが時間を稼いでくれているのだから、あなたも覚悟を決めて。命を奪うという行為自体は決して悪ではないのだから……今回の場合は人が相手であるというのはあるけれど……」

 祖母の言うことは丁奈には理解できる。

 人に限らず、生物が生きているということは何かの命を頂いているものだと物心ついたときからずっと教えられていたのだから。

 しかしこれは捕食のためのものではないのだから、丁奈の中にはまだ躊躇いの感情がある。

「まったく、この距離でならそう何度も防ぐことはできないでしょう!違いますか!」

 グレイブヤードがそう叫ぶとの足に十字架が突き刺さった。

「くっ!流石にこれは……!」

「ごめんなさい!反応が!」

 丁奈が悩んでいる間にも状況は悪い方向へと転がる。

 ルインは足元にあった小石が十字架に変化したことを回避しきれず、ぬりえもグレイブヤードとそれほど離れていない状況では魔法の流れを遮断することができなかった。

「終わりですよ吸血鬼!丁寧に、心臓に!打ち込んで差し上げます!」

 ルインが殺される。

 そう頭に浮かんだ瞬間に、丁奈は叫んでいた。

「名の盟約に従い真名を開放せん、我が名は……『カラドボルグ』」

 丁奈が叫んだ瞬間、光の稲妻がグレイブヤードの上半身を飲み込み、その命を吹き飛ばした。

 詠唱も単純だったこともあり、丁奈の放った魔法は光の奔流とも言うべき稲妻であったが、その威力は拳銃をも防いでいたグレイブヤードの防御を打ち抜き、速度も光と同列であったため回避もできなかったわけだが……半ば衝動的に放ったことでその力を制御できずに公園を覆っていた塗壁にも穴を開けてしまった。

 文字通り丁奈の放った真名のカラドボルグは、伝承で語り継がれている威力そのものだった。

「ふぅ……危なかったですねぇ」

 だからこそこのぬりえの一言で丁奈はハッとして。

「ルインちゃん!それに塗壁さんも……大丈夫!?」

 丁奈の叫ぶような声に返事が来ない。

「そんな……やっぱり私……」

「……勝手に殺さないでもらっていいかしらね」

 ルインの声が先ほどまで居た公園中央ではなく、何故か敷地の端にある生垣の中から聞こえてきて、ゆっくりとした動きでルインが身体中に葉っぱを付けて姿を現した。

「撃てって言った手前あまり言いたくないけれど、せめて合図は欲しかったわね」

 そういうルインの頬は少し赤くなっていて、また体調が崩れているように見える。

「ルインちゃん……ごめんなさい、無茶させちゃって……」

「あぁいやこれはそこの草むらに突っ込んだ時に落ちてきた水滴が……」

 大丈夫そうなルインの言葉に丁奈は吹き出すように笑ってから抱きしめた。

「もう……」

「丁奈、そんなことよりあいつは……」

「とりあえず大丈夫そうです。私のほうで隔離しておくにしても万一再生されては困ったことになってしまいますし……どうしましょうか」

 ぬりえの言葉に二人は息を呑むように固まる。

「まぁ、グレイブヤードが魔法使いを相手にするとわかっておきながら、なんの対策もしないわけではありませんからね、あまり驚くようなことではないですが……」

「はい、ただこの街からは気配が消えていますので……問題としてはこの残った下半身なのですが。あ、くうちゃんもう戻って大丈夫ですよ」

 ぬりえの言葉に呼応して公園を覆っていた白いモヤは晴れて、雨もまだ小雨が降っていたのだが、問題が解決したことを示すように空から太陽の光が差すようになってきていた。

「でもおばあちゃん……その言い方だとあの人がまだ生きているみたい……」

「血が出ていないもの、最初からホムンクルスやゴーレムの類だったのかもねぇ。でもまぁ、当面は来ないと思うから安心しなさい。既にそっちの対策に動いている人もいるのだから」

「ともあれ……今は小林さんに連絡入れましょう。事後処理は警察に任せるにしてもそれまでは私たち、休めないしね」

 スマートフォンを取り出すルインの姿を見ながら、丁奈は安堵のため息をして空を見上げた時、大切なことを思い出した。

「龍五郎君!大丈夫だったかしら……」

 慌てて小虎のスマートフォンに対して電話をする丁奈の姿を見て、三人は笑ったのだった。

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