第23話 魔法使いの噂・D

 龍五郎は駅の近くにある問屋街にある菓子問屋でピーナッツを買ったのはいいが、問屋の人が普段懇意にしてくれていることを理由に多種多様のお菓子をおまけに付けてくれたおかげで、ダンボールを乗せることができるキャリーを貸してもらってイーリスへの帰路へとついていた。

 中身がお菓子だからか、ダンボールの大きさにしてはかなり軽く楽なのはよかったのだが……。

「なんか……物々しいよなぁ」

 先ほどからスーツ姿の人間が慌ただしく走り回っているのだが、ただそれだけならば龍五郎も気にならない。

 気になっている原因はそのことごとくが複数人で同じ方向に走っているのである。

 昨日丁奈のスマートフォンに入った小林からの着信も合わせて、走っているのは小林の同僚か何かだろうという予想ができてしまうからではあるが、そうなるとかなりの警官が今この街を走り回っているわけになるからこそ、龍五郎は気になってしまうのだ。

「小林さんがってことなら妖怪かなんかが暴れてるのかな……」

 しかし小林は牧師と言っていたのだから、違うのかもしれない。

 龍五郎があれこれ考えながらも近道にとイーリス近くの公園に入ったところで、声をかけられてしまう。

「おぉ、君はあの時の少年ではありませんか!」

「すみません人違いです」

 聞き覚えのある声とテンションだったので龍五郎は振り返ることもなく、ほぼ条件反射でそう言って足早に公園を抜けようと足を出すが……。

「冷たいですね、全く知らない仲ではないというですのに」

 胡散臭い口調で牧師が、それこそいつの間にか龍五郎の前へと回り込んでいた。

「今日はなんですか一体。俺、今バイト中で足りないものを買い出しで出ているだけなので本当に時間がないんですが」

「それはそれは……ところで君の名前とバイト先をお聞きしても?」

「いや道案内しただけの人間にそれを教えるわけないでしょう」

 龍五郎の言葉に牧師は大げさなリアクションをして。

「それもそうですねぇ、いやぁ警戒心が高いのは良いことです。それにですね、本当のところは君に頼みたいのは君のバイトしているというお店に案内していただきたいだけなのですよ」

 胡散臭い笑みを浮かべてそういう牧師に、龍五郎は警戒心を解かない。

 ただの客ならば、わざわざ自分に案内させることなくスマートフォンなりで検索すればイーリスは検索エンジンにヒットするからだ。

 目の前の牧師が、そういった文明の利器を嫌っている可能性はないわけではないものの、それならば先日教えたように警察署などの役所で聞けば事足りる。

 つまり、目の前の牧師は自分に対して何かしらの用事があるということなのだ。

「えーちょっとすみませんねぇ牧師さん、その子になんか用事でもあるんですかぁ」

 龍五郎が思考を巡らせていると、今度は安心できる聴き慣れた声が聞こえてきた。

「小林さん、丁度いいところに。俺これを早くイーリスに……」

「離れろ龍五郎君!」

 龍五郎が振り返ると同時、小林が叫んだ。

「警戒が必要とは思いましたが、やけに動きが早いですね刑事さん」

 牧師の声と同時に、龍五郎は自分の首に冷たいものが当たったことを認識した。

「その子を離せ」

 しかも小林は懐から拳銃を抜いて自分の方へと向けているのだから、龍五郎は動けずに目線だけで状況を把握しようとする。

「それはできませんよ、この少年には大変申し訳ありませんが魔法使いを名乗る魔女をおびき寄せるための餌になってもらわなければならないのですから」

 牧師がそう言うと龍五郎は自分の首に当てられている冷たい感触が肌に食い込んでいくのを感じ、次の瞬間には鋭い痛みと熱さを感じることになった。

「ボス!」

「お前らは更に増援を呼べ!星が姿を現した、高校生を人質にとってるってな!」

「人質とは人聞きが悪い。私はこの少年に協力して頂くだけですよ、魔女狩りの協力を」

 人質だの魔女狩りだの、普段聞きなれない単語に龍五郎の頭は更に混乱していくが、それでもパニックにならずにいられたのは皮肉にも牧師が自身の首元に押し付けている鋭い何かのおかげであった。

「どのみち強要だな。十二分にこの国の刑法に触れてんぞ」

「まったく、面倒な法ですね。私はあなた方を傷つけないというのに何故邪魔をするのですか」

「こちとら共存共栄の方針なんでね、何でもかんでも排除なんていう価値観を押し付けてありがたがれなんていう奴のほうがお呼びじゃねぇんだ」

 一触即発の雰囲気に飲まれ、龍五郎は混乱こそ収まってきたものの動けない状況には変わりなく、牧師以外のここにいる人間が緊張に包まれていると……。

「処断人は自分自身が正しく、他人は教皇だろうが間違っているという価値観……本当に時代の流れに取り残された愚か者ですね……」

「……老婆?いや魔女か」

 牧師が魔女と読んだ女性はまっすぐと龍五郎の目を見て微笑み、鋭い目で牧師を見つめて。

「私の家系は大昔、ドルイドから時代に合わせて移り変わってきたのでねぇ、ウィッチよりもウィザードと呼んでくれないかい」

「今から死すべき者がそんなことを気にするのですか」

 牧師の笑い声をあげたその瞬間、龍五郎を掴んでいた牧師の手が緩み、その隙を突いて龍五郎は足がもつれながらも逃げ出すと、それを見た小林が。

「一斉射撃!ケツは俺が持つ!」

 小林の叫びに合わせ龍五郎は地面に伏せ、その次の瞬間に公園のそこかしこから耳に響く破裂音が鳴り響き、牧師の身体が揺れる。

「まったく、この国の警官は撃てない撃たないということで有名だったと思うのですがね……やはり有色人種は野蛮ですか」

「そうやって常に自分が上位だと思うのだから……時代から消されたといい加減気づくべきですよ……名の盟約に従い我が真名を持って貫け『ゲイ・ボルグ』」

 サラがそう呟くと光が牧師を貫いた。

「すげぇ……」

 龍五郎は思わずそんな声が漏れていたが小林は驚きもせずに龍五郎のところまで走り。

「立てるか?」

「あ、はい……ちょっと腰が抜けかけましたけれど……。あの人は一体……魔法使いってどういう……」

「あー今は説明している余裕はない。一度警察署まで走れ、その後回り道してイーリスに戻ってくれりゃぁ一番いいが、難しそうならそのまま署に保護してもらえ、いいな」

「え、でも……」

 牧師は光に貫かれて動きを止めている。

 魔法使いを名乗った女性が何をしたのかは龍五郎にはわからなかったが、ともかく何かしらの攻撃だったことだろうはわかるし、あの牧師の言動と小林をはじめとする警官隊が敵対していることから射殺……ではないにしても何かしらの攻撃であったことは想像できた。

「この程度で終わるんだったら、とうに連中みたいなのはこの星から駆逐されてるだろうよ」

「まったく……油断してくれないというのはこうも面倒な気持ちになるものですね。しかしながら老いても名前を媒体とした魔法……大元はルーンでしたか。いやぁ恐ろしいものですねぇ」

 恐ろしいと言いながらも、牧師の表情は笑みを浮かべているままで、龍五郎はその姿を見て恐怖を覚えた。

「まったくとはこちらの言葉ですよ……私の乾坤一擲の一撃だったというのに」

 そういうサラも特に驚いている様子はなく落ち着いた口調で牧師を睨みつける。

 龍五郎からしてみれば目の前の出来事があまりに非現実的すぎて思考が追いつかないのだが、小林が諭すような口調で先ほど言ったことを実行するために再びおぼつかない足を一度叩いてから走ろうとするが……。

「少年には確かに、既に餌としての役割はないのですが……あまりベラベラ喋られても面倒ですからね、逃げすわけにはいかないのですよ」

「てめぇ、民間人には手を出さないって言ってたのは嘘かよ!」

 小林の声がそう叫ぶとけたたましい破裂音が再び鳴る。

「日本の警察なのに顔、しかも目を狙うとは……躊躇いがない方は嫌いではありませんが……その前に少年ですね」

 牧師の声がした直後に、龍五郎は腹部に鋭い痛みが貫いた。

 龍五郎は足を動かすこともできず、痛みの走った腹部に手で触ってみるとぬるっとした感覚、そしてその手を見たとき……頭が真っ白になった。

「あぁぁぁぁぁぁ」

 龍五郎はそれしか言葉にできず、その音すらもこみ上げてきた吐き気でかき消されてしまう。

「ゲス野郎が……」

「これは救いですよ?害しているわけではないのです!我らが父の元に召されるだけなのですよ!」

 小林の震えた声と、牧師の狂った叫びだけははっきりと聞こえたとき、急に龍五郎の周囲を静寂が包んだ。

 公園を白いモヤが包み込み、いつの間にか一人の、着物の少女が牧師の目の前に立っていた。

「おや、異形の化け物ですか?」

「あなたがあの子を傷つけたのですね」

「化け物に答える必要は、あるのですか?」

「あります。あの子は私の知り合いですので」

「答える気がないのですがねぇ……人でないものに!」

 そう言って牧師が少女に対し、龍五郎に飛ばした魔法を使うと……。

「力量差すらわからずに相手を害すだけの存在……愚かで、可哀想ですね」

 地面から生えた十字架に貫かれても少女……ぬりえは牧師を見下すようにした後、一瞬姿を消して龍五郎の横に移動していた。

「くうちゃん、あの人と、戦える人以外は全員外に」

 ぬりえの言葉に反応して公園を包み込んだ白いモヤは、牧師とぬりえ、そしてサラと……。

「十字架とか私は相性悪いんだけど……」

「ルインちゃん、時間さえ稼いでくれればいいから。私とおばあちゃんで……アレを駆除する」

 ルインと丁奈が、塗壁に隔離された公園に残された。



「龍五郎!?ちょっとこれ大丈夫なの!?」

「小虎、そんなことよりまず救急車だって!」

 外に出された面々を迎えたのは小虎と美樹

「座敷童子……何を考えてるんだ。警官隊全員外に出されたじゃねぇか。……だがまぁ、ありゃ俺たちの手には負えないのも事実だったが……おい、俺たちの車で坊主を病院まで送れ、鳴らしていい」

 小林の指示に橋田がすぐに動いて車をつけると。

「乗って、病院まで一直線に連れて行く」

 そう言われた小虎と美樹は二人で龍五郎をパトカーに乗せてから、一緒に乗り込んだ。

「あの……中に入れないのですが、この塗壁のせいなのでしょうか」

 龍五郎がパトカーに乗せられているのを見守る小林に陰陽師が話しかけた。

「……むしろ式神もいないんじゃ足でまといってことじゃねぇかね」

「いや確かに私は知識を頼りに呼ばれましたけれど、それでも何かできることがありそうだと思うのですが」

 そういう陰陽師に、小林はまっすぐ目を見て。

「無理だな。銃の射撃を真正面から防ぐ化け物だ、あいつは」

「あ、はい……それでしたら、私たちはどうしたらよいのでしょう」

 陰陽師のその言葉に、小林は少し考えた後。

「ここは後詰の本隊に任せる。俺たちはタレコミがあった教会にガサしに行くぞ」

「あぁ、あの牧師が出入りしている姿がバッチリ目の前のコンビニ防犯カメラに映っていた教会ですか」

 なんでこの陰陽師はこんな説明口調なのかと、小林は先ほどの緊張の糸がバッサリとまとめて切られた感覚になりつつ、首を縦に振る。

「民間人を害する犯人が滞在していた場所だからな、何かしら出るかもしれん……ま、俺たち向きの仕事さ」

 そう言った小林は、公園の方へと視線を向け。

(ちゃんと無事に戻ってこいよ、二人共)

 そう心の中で思いつつ、自分が使っている覆面パトカーの扉を開けた。

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