第22話 魔法使いの噂・C
小林が住宅街に架空のストーリーを説明して回った翌日、小林が想像したよりも早く妖怪事件対策課は虐殺事案の本部が置かれることが決定し、様々な組織から人が派遣されてきて慌ただしい空気に支配されていた。
「うわ陰陽師までいますよボス、サインもらっても大丈夫ッスかね」
部下の一人がそんな、微妙に浮ついたことを言い出したが小林は特に責めもしなかった。
「別にいいが、何されても俺はフォローしねぇぞ」
「あ、ボスがそう言うと本当にロクでもないことになるのでやっぱやめときます」
やはり俺の部下は調子がいい。そのことに気分が落ち着けられるのだから悪くないと思いながらも、小林は本部が置かれるまでの流れを改めて考えていた。
橋田が報告書をあげた直後、課の電話が即座にけたたましいコール音を鳴らしたらしく、事件の概要を説明させられたらしい。
そして橋田が懇切丁寧に説明してやると、今度は宮内庁の担当官から、そして次に神社本庁から電話がきて、こんなことなら現場のほうが楽だったとまで愚痴られる程度には慌ただしいことになったと報告を受けた。
その後は宮内庁が直接バチカンにまで連絡を取って意図を聞いたらしいが、ここは小林の想像通り知らないの一点張りだったらしい。
とりあえず表立ってあちらさんは所属する最大派閥の存在じゃないか、そうだとしても援助を受けられなくなった点ではこの速度は小林も歓迎するところである。
「しかしまぁ、早すぎるよなぁ」
「早い分にはいいんじゃないッスか?」
「そりゃぁそうなんだがな……」
こうまで早いと、あらかじめあの牧師野郎のことをここに集まった連中は『知っていた』可能性があると小林は思っていた。
(そうだとしたら、俺のシマは完全に撒き餌にされたってことだ)
声には出さず、心の中だけで愚痴ると私用のスマートフォンの着信音がなった。
「こんな時に誰だ……?」
「いやボス、こんな時なのに私用をオンにするのやめましょうよ」
「うるせぇ、どうせ俺たちは現場検証と周辺住人へのストーリーを話して回る役なんだ。それにまだ会議は始まらねぇよ……ちょっと出てくる、触られたくない私物があるなら今のうち避難しとけ」
「あ、ボス!」
部下の声を背中に受けながら通話をタッチしながら喫煙所に入る。
妖怪事件対策課には喫煙者はおらず、本部設営に来た連中はまだここに喫煙所があることを知らないので、聞かれたくない電話相手ならここは最適の場所なのである。
「お久しぶりですね、お孫さんは喫茶店を元気にやってますよ」
「今日は孫のことではありません。事件のことを聞きましてね……」
「……耳は現役ですか、八ヶ岳さん」
電話の相手は、丁奈の祖母だった。
「いらっしゃいませー」
イーリスの扉が開くと同時に、ルインの少し猫なで気味の声が店内に響いた。
青い髪という珍しさもあるが、何よりも普段クールなルインが、丁奈の趣味であるフリフリエプロンを身にまとって猫なで声を発しているという事実だけで他の常連や龍五郎と小虎まで珍しいものを見る目を向けている。
「二名様ですね、カウンター席と……あ、はいテーブル席ですね、こちらになりますー」
そのような目線を意に介さず、ルインは慣れた様子で接客をしていることに龍五郎と小虎は丁奈に詰め寄った。
「なんだかすごい違和感なんですけど……」
「ルインさんってあんな声出たんですね……」
龍五郎と小虎の言葉に丁奈は笑い。
「ルインちゃんはね、学園祭のアイドルだったのよ。ほら、あの容姿でしょう?女の子たちからは王子様扱いされてたけれど、ルインちゃんは女の子だって証明するために当時は結構、フリフリの女の子らしいお洋服を着てその言葉に反発してたんだけれど……それが逆に男の子たちに受けちゃってね」
懐かしいわぁーという丁奈に対し、その様子を想像した小虎は笑うのをこらえ、龍五郎は不憫なものを見るような目線でルインを見つめたのだった。
「はーい、オリジナルとカフェオレですねー。丁奈ーオーダー、オリジナルとカフェオレ一つずつ!」
「はーい、オリジナルとカフェオレねー」
丁奈はそう返してサイフォンにコーヒー豆を入れながら。
「小虎ちゃん、いつもの出してくれるー」
「はーい……ってピーナッツがないですよ?」
「あら……補充し忘れてたかしら。龍五郎君、悪いけれどちょっと問屋さんまで行って買ってきてもらってもいいかしら」
「いいですよ、駅前でしたよね」
「えぇ、お願いするわね。お金はツケができるから、後で私がお伺いしますって言えば大丈夫よ」
「わかりました、行ってきます」
龍五郎はそう言ってエプロンをつけたまま問屋へと向かった。
「お久しぶりです、小林さん」
警察署の対策本部に一人の老婆が到着し、誰よりも先に小林に向かって挨拶をした。
「それは誰か説明していただけるんですよね」
「失礼ですよ警視さん。お久しぶりですミセス」
「お久しぶりですね……私がこの国に来た時以来かしら」
陰陽師の一人がお辞儀をする。
「あらまぁ、こんなおばあちゃんにそんなに礼を尽くさなくて大丈夫ですよ。それで……どんな手口だったのかしら」
「民間人に操作内容は……!」
対策本部の管理を任されている初老の男はそう言うが、陰陽師が小林を見て首を縦に振ると。
「犯行は公園の管理倉庫内、やられていたのは名もない妖怪が二十ほどで、全員が石の十字架で腹部を貫かれたことによる失血死でしたね」
「そう……この時代でもまだ罪なき命を弄ぶのですね、彼らは。私の記憶ではその手口を行う処断人はグレイブヤードでしょうね、既存の教会から破門にされていたはずですよ」
「時代に捨てられた墓守ですか……」
「神罰と称して国を潰していた時代の産物ですもの、時代にそぐわないとしてやめるように教皇様は仰ったらしいのだけれど……」
「ま、従わなかったからこそ破門されたんでしょうな」
「くそ、さっきから一体なんなのだ……」
「あらまぁごめんなさいね、私は八ヶ岳サラ……そうですねぇ、魔法使いをやっていたものですよ」
丁寧に自己紹介した目の前の老婆に、先ほどから文句を言っていた男は静かになった。
「ともかくご協力感謝します」
「いえ、孫がいつもお世話になっていますし、孫の暮らしている街に処断人がいるなんて聞いて黙っていられるほどお淑やかではないだけですよぉ」
サラの言葉を聞いて小林は笑ってから真剣な表情で。
「んじゃこれで星の特徴はわかったわけです。後は監視と警戒、それで見つけたら拘束……ですよねぇ警視殿!」
小林の剣幕にたじろいだ警視は。
「そ、それで構わない。だが相手は聞いてのとおり凶悪犯だ、状況次第では発砲も許可されているほどの相手だ、捜査員は細心の注意を払い命を捨てる行動はしないように。捜査開始だ!」
警視の号令に合わせて捜査員が各々の仕事を行うために部屋から出ていった。
残ったのは警視と陰陽師、サラに小林と、本部が動く前に小林の部下たちが集めていたカメラ映像を確認する数人だけで、最初に口を開いたのは陰陽師だった。
「それでミセス。グレイブヤードと呼ばれる人間について知っていることを教えていただけますか。現状、我々にはグレイブヤードに対しての知識がないために死人を出してしまうかもしれませんので」
死人という単語に過剰反応したのは警視だが、他の面々は気にせずにサラの言葉を待つ。
「私も直接は知りませんが、構いませんかねぇ」
「えぇ、西洋から魔法使いが渡航しただけの理由で口伝されている内容は信頼に値しますので」
「それで良いのなら、ただ……私も一桁の子供の時のお話ですし、参考にはならないかもしれませんが。グレイブヤードは既に廃れていた異端狩りのひとつの名称で、彼らはあらゆる手段を用いて自らの身体能力を高め、普通の人なら重くて持ち運べない量の石の十字架を持っているのだと聞いておりますが……」
「現代の日本の街中にそんな大量の石の十字架なんざ持ち込めば目立つな」
「えぇ、私もそう思いますよ。恐らくは道端の小石からでも作れてしまうような秘術でも生み出したのでしょう、石を別の形に変換するだけならば、それほど難しい魔術ではありませんので……」
「ちょっと待ってください、連中は魔女狩りをしているのにも関わらず、自分たちも魔法を使うのですか」
陰陽師が驚きながら質問をすると、サラは首を縦に振り。
「彼らは手段を選びませんから。グレイブヤードだけでなく、処断人と呼ばれる役職はそれこそ、戦争のときに禁忌とされたようなものも好んで使うとよく聞かされましたから」
「戦争だったなんて言い訳は連中にはないみたいだな」
「当然でしょう。彼らは戦時だろうが平時だろうが関係なく使うのだから」
そのサラの言葉に小林は眉を動かして。
「その仰り方だと、あなたは処断人自体は見たことがあるってぇことですかい?」
「今はもう、私が出会った処断人はこの世にはいませんよ……少なくともグレイブヤードではありませんしね」
遠い場所を見つめるようなサラの表情を見て、小林はそれ以上聞くことはできなかった。
これ以上踏み込むことを許さないというものを感じるほどに、処断人に対しては良い感情を持っていないというのはわかったし、少なくともサラの出会った処断人は彼女の大切なものを奪っただろうことは想像できたからだ。
「その石の形状を変えるという魔法は予め封殺したりはできないのでしょうか」
話を変えた陰陽師がサラに聞いたが、サラは静かに首を横に振る。
「簡単だからこそ、完全に無効化するのは難しいと思いますよ。この国で銃を規制するのと、スリングショットを規制するの、どちらが簡単なのかをお考え頂ければわかりやすいのですけれど……」
「どういうことでしょう?」
サラの例えに陰陽師は首をかしげた。
すると警視が。
「単純に準備するにもいくつもの手順を踏んだり、パーツが多いものよりも用意するものが少ないほうが規制が難しい。そう思っておけばいいですね、高度な魔法を銃、今回のグレイブヤードの手口をスリングショットに置き換えるだけですよ」
「スリングショットなんざ、最悪自転車のゴムチューブでも人を殺せる威力のものが準備できちまうからな、流石に規制するにも難しいってわけだ」
日用品の範疇のもので用意できる程度には、サラの言うグレイブヤードの使ったであろうものは簡単ということである。
「対応するには先制攻撃が一番手っ取り早くなるタイプかねぇ」
「それは許可できんぞ」
「わぁってますよ、となれば誰かその石の十字架をもらわないといけないってことになりますがね、全員に防具でも支給しますかい」
「凶悪犯であるのは間違いないが、そこまでは降りないだろうな。それをするのなら自衛隊に頼れと政治家は言ってくるが、上の連中はまず飲まないだろう」
「警視がそれを言っちゃいますか」
小林のその言葉に警視が自身の額に拳を当ててため息を吐き。
「警部、私は君と同じ中間管理職だよ。違うのは私は背広組ということだ」
「出世だけしか見てないんで?」
「それならここにはいないな、今言っただろう違うのはキャリアだけだと」
そう言って警視は顔を上げ、小林の目を見つめ。
「私も君と同じく、実家が神職なのでね。生まれ育った国を土足で荒らされるのは我慢ならなかっただけだ、感情に任せて参加してしまったわけだよ」
「それはそれは……」
自業自得とは、小林は流石に口にはしなかった。
そもそも妖怪事件なんていう閑職が扱うような大きめの事件にわざわざ本部の司令塔として来たのだから、何かしらの理由があるだろうと思っていたからだが、小林は自分が思っていた以上に世間は狭いなと思ったのだった。
「ともあれ今後は八ヶ岳さんにアドバイザーになってもらいたい。ヨーロッパの超常には詳しい方がいてくれたら頼もしいですから」
警視がそう言うと、サラは上品に笑って。
「既に、そのつもりできておりますよ」
「ま、とりあえず我々も捜査を始めましょう。私はちゃっちゃと部下と合流して外を歩いてきますわ」
小林はそう言って本部を後にした。
味方は多いが、相手さんとは相性が悪いだろうと思いつつ、武器を保管している倉庫へと足を向けた。
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