第21話 魔法使いの噂・B

 イーリスに小林から電話が入ったのは、丁奈がケーキを完成させた直後のことだった。

「お前さん、何かやらかしたのか。なんか牧師風のへんな奴が訪ねてきたんだが」

 小林の第一声はそれで、丁奈は苦笑いしかできずにいると小林は何かを察したようで。

「そうか、お前さん婆さんのアレ、使ったんだな?そうだな、そうなんだな?」

「使いましたけど……さっき、二回だけですよーしかもかなり地味な奴」

「そんな地味なので僕は拘束されたのか……」

 丁奈が電話する後ろで与次郎がそんなことを言葉を漏らしたが、丁奈は気にせずに電話を続ける。

「ってぇことはだ、あの牧師は何かを察知してきたっていうよりはたまたま訪れてきたってことか。連中の察知能力はザルもいいところだし、連中が好き放題することは宮内庁と神社本庁を通じて常時監視する決まりになってるしな、先日のルインが暴れたことすら気づいてねぇはずだからな」

 むしろ丁奈はそんな上の事情は今初めて聞いたのだが、小林がそう言うのならそうなのだろうと思いつつ話を進める。

「でも小林さんが真っ先に私に電話をしてこられたということは……その牧師さんは魔法使いのことを聞いてきたのですか?」

 魔法使いという単語が丁奈の口から出てきたことに、龍五郎と小虎が反応する。

 その驚く顔を電話をしている丁奈は横目で確認してはいたが、今はスマートフォンの通話をスピーカーモードにして机に置き、小林の返答を待つことに集中する。

「そうだ、ド直球にこの街に魔法使いがいるはずだから居場所を教えろだとよ。あの牧師の脳内じゃ今でも十四世紀辺りのヨーロッパ価値観で止まってんだろうな、随分と上から目線で疲れた」

「ごめんなさい……なんだか迷惑をかけてしまったようで」

「いやいやお前さんが謝ることじゃねぇだろ、第一今のは単純に俺の愚痴だ……だがまぁなんだ、気をつけろよ。あの野郎この街に居座って暴れるつもりらしいからな。少なくともルインには暫くは大人しく休業しておけと伝えておいてくれ」

「丁奈が途中からスピーカーにしてるから聞こえてる。最近倒れて休業してたからお金が少し厳しいけれど……わかった。ただ小林さん、ちょっと私の実家の方にも連絡をいれてもらえたら嬉しいのですけど……」

「あぁ、それなら大丈夫だ。お前んとこの爺さんは既に野郎のこと把握していたみたいでな、ルインに力を使うのは暫く控えろと忠告してくれと既にうちの課宛てにメールが飛んできてたからな」

 ルインの祖父という龍五郎と小虎にとっては謎の多い存在に対して興味があったが、小林の口調から状況はとてもそれを聞ける状況ではないと思ったために静かにしているが、小虎はチラチラと龍五郎を見ている辺り聞きたいとう欲求のほうが強いのだろうなと龍五郎は思ったのだった。

 そこにぬりえがくら助と与次郎に静かにしているように言ってから、通話中のスマートフォンへと近づき口を開いた。

「丁奈さんたちがお世話になっている方なら、私も一度ご挨拶をしたいと思うのですが……これに話しかければ良いのでしょうか」

「ん、初めて聞く声だな?」

「初めまして、私は座敷童子のぬりえといいます」

 ぬりえが自己紹介した直後、スマートフォンから何かが転倒するような音が大音量で響き。

「ざ、座敷童子って、あの座敷童子でいいのか!?」

「どの座敷童子かはちょっとわかりませんが……私は座敷童子ですよ?」

 ここで少し会話に間があり。

「こ、これは失礼。俺は警察っていう治安維持組織に属していて妖怪事件を専門に扱う部署を仕切らせてもらっている小林っていうものだ……です」

 小林の動揺している言葉遣いに四人は笑いをこらえるが、ぬりえは笑顔で。

「小林さんですね、よろしくお願いします」

 そう言って丁寧にお辞儀をした。

「ぬりえちゃん、小林さんにそれは見えないわよ」

「え、そうなんですか。私が滞在させてもらっていた方々は毎回こんな感じだったのですけれど……」

 ぬりえが滞在していた家の人は、古い人だったのかな。と皆が思ったが、そもそも人と時間の尺度も違うだろうぬりえにそのことを突っ込むのも野暮であるし、与次郎に対して一緒に暮らしていた人達との思い出を大切にしているらしいことを知っている丁奈は慈しみの笑みを浮かべた。

 場の雰囲気が和んだその瞬間、スマートフォンからけたたましいベルの音が鳴り響いた。

「すまん、通報だ。ま、まぁともかくだ。あの牧師野郎が諦めて帰るまでは大人しくしてろ、いいな!」

 小林の叫びに似た忠告と共に通話が終了した。

 電話の終わり方で場の雰囲気は一気に変わってしまったが、最初に口を開いたのはルインだった。

「……ま、なるようになるでしょう。とりあえず暫くは探偵業は休業になりそうだし……丁奈、ちょっとお願いがあるのだけれど」

「いいわよ、最近少し忙しくなってきたからお手伝いでも嬉しいわ」

「え、ルインさんがフロア……?」

 小虎が失礼な疑問を口にしたが、ルインはあまり気にしていない様子で。

「まぁあまり似合わないのはわかってるんだけどねぇ、イーリスの制服ならロングスカートだし、多少はマシだと思うのだけれど……丁奈がズボンを用意してくれればよかったのに」

「あら、ルインちゃんは綺麗で可愛いんだからおしゃれしないとダメよー。私なんかよりも可愛いアクセ、似合うんだから」

「何言ってんの、丁奈のほうが似合うでしょ。こう、全体的な雰囲気とか諸々含めても丁奈のほうが……」

 その言い合いを見ていたぬりえはクスクスと笑い。

「お二人共、似合うと思いますよ」

「「一番似合いそうな人がそれを言っちゃいますか!?」」

 ぬりえの言葉に、二人の声が完璧に揃ったのだった。



 通報のあった現場に到着した小林は最初、地獄という感想を抱いた。

 現場には特に悪さもしない妖怪の死骸が転がっており、どの死体にも例外なく石でできたと思われる十字架が突き刺さっていたからだ。

 見た限りでは完全に西洋墓地と見間違うほどの数の十字架だが、そこが血の鉄の匂いと匂いの元凶である血の海が原因で小林には地獄としか思えなかった。

「こりゃひでぇな……生き残ってる妖怪とか怪異はいねぇのか」

「いないようですね……こんな虐殺を正義って言えるんだからやっぱり宗教は嫌いですよ」

「まぁ、今の発言はいろんな場所から叩かれるから、俺の前以外では使うなよ」

「ボスの前でしか言いませんよ、家族からも過激派扱いされたことありますし」

 とは言え部下がそう言ってしまう理由も小林には痛いほどよく理解できる。

 現場になったのは公園の一角だが、管理するための道具が放置されている倉庫だったのは幸いで、通報内容も異臭がするとのことで、最初に現場に来た警官は派出所勤務の新人だったらしい。

 しかしながらその新人は有能だったらしく、昼間食べたものを戻しながら署に連絡をいれて小林たちが出張ることになったわけだから、小林はその新人に対して同情と共に関心と尊敬の感情を持ったのだが……。

「あの新人君、続けますかね」

「警官をか?」

 部下の一人が小林の返しに首を縦に振る。

「正直、私が新人時代にこれを見たら即日辞表出しますよ」

「まぁ……やめずに続けるとなったらお前の後輩になるか、特殊班に配属されるだろうな。これを見て自分の職務を果たした上に続ける胆力の持ち主だ、どちらにしても活躍できる逸材になるだろうさ」

 そう言いながらも小林は可能性は低いだろうなと思っていた。

 ただ転職するにも難しい時期だろうし、もしかしたら続くかもしれないが……。

「こりゃ本社、出てくるな」

「神社本庁もくるんじゃないですか?ここ、小さいながらも社、あったらしいですし」

「めんどくせぇ……俺たちのシマで、俺たち主導で動けなくなるな……」

 小林はそう言いながらも、助かったとも思っている。

 この惨状を作り出した犯人に心当たりがあるため、地方警察署のひとつの部署が対峙するにしては相手が大きすぎると思っていたのだから、こちらは国が直接動いてくれたほうが相手への、更に言えば相手の組織そのものへのプレッシャーにもなる。

「ま、あちらの本国さんは知らんぷりするだろうがな」

 ただここまで派手にやらかすような手合いなのだから、もしかしたら破門なんかされていて情報提供まであるかもしれないし、異文化に理解のある協力者が来日したりするかもしれない。

 かなり楽観的な見方をすれば自分たちがわざわざ体を張って、虐殺を当たり前と思っている犯人を相手にしなくていいのだから、部下の安全を確保する中間管理職としてはそうなってくれたほうがありがたいのも事実である。

「それで、犯人はやっぱあいつなんッスかね」

「まぁ……俺たちは本社にこのことを報告して、本社が会議している間にそれを調べるのがお仕事になるだろうな。というわけで橋田、お前は署に戻って本社に提出する報告書まとめてこい。なんだったら勝手に俺のハンコ使っていいからな」

「ボスがその手の書類見たくないだけでしょ……でも今は喜んでその命令遂行してきますよ。それじゃ皆、悪いけどお先に戻らせてもらいますよ、お片づけ頑張ってね」

 橋田と呼ばれた警官はそれはとてもいい満面の笑みを浮かべてスキップで現場を立ち去った。

 残された面々はゲンナリした表情になりつつも、現場に何か残されていないのかと証拠を調べ始めた。

「俺は周辺住人に異臭の原因はたぬきの一家が何者かの悪戯で殺されていたのが原因だってストーリーを説明してくるわ」

「あ、ボスずるい!」

「んじゃお前がこの広い住宅街に民間人から怒鳴られながら空想ストーリーを話して回るか?」

「行ってらっしゃいですボス!」

 調子がいい部下だなと思いつつ、小林は思いながらも笑みを浮かべて。

「んじゃここは任せたぞ」

 そう言って現場を部下に任せて小林は公園から出ると、普段吸わないタバコを咥えて火をつけ、煙を一回吹き出すと。

「あの野郎、大概だと思ってがマジもんだったか……俺のシマで大暴れしてくれやがって、後悔させてやるぞ……」

 もう一度タバコを強く吸い込んだ後、携帯灰皿にその吸殻を放りこんで住宅街周りを始めた。



「のらりくらりはやはり演技でしたか。日本の警察は有能というのは眉唾でしたが、少なくともあの小林とかいう男は今後注意が必要ですね。私は異端審問官でも拷問官でもありませんし、生身の人間相手には流石に手を出してはいけませんからね」

 教会の一室で牧師の男が一枚の札をロウソクで火をつけながら呟いた。

「異形処理専門の方がいらしたから予感はしておりましたが……初日から大きくやってくれましたね」

「いけませんでしたか?」

「少なくとも、この国では避けるべきです。我々の父とは違う神話を持ち、実際に神が闊歩する国なのですから、なにが連中の怒りに触れるか予想もつきません。長年この街で神父をしている私から言えることは、異形を殺すにしても目立たないようにしたほうがよろしいかと思いますよ」

 神父を名乗ったスーツの男は、そう言いつつ牧師に水の入った瓶とコップを差し出した。

「なるほど……ヨーロッパとは勝手が違うのは当然でしたが、神というのは不遜な土地だ」

「……そうやって大きく出たとき、この国では多くの民が我々を否定いたしましたから。そのときにはこの国の言うところの神も、協力したらしいので」

「この国で活動するための知恵ですか。確かに多くの信者は力を持たぬ民草ですからね、否定はしませんし力を持つ私はそれを否定してはいけません。ですがだからこそ、私は手を下す必要もあるというものですよ」

 牧師の男は差し出された水をコップに注ぎ、一気に飲み干した。

「はい、ですから私はあなたを匿いますし、関わりがないともいいます」

「それで構いませんよ、本国との連絡もここなら可能ですしこれ以上望むのは贅沢というものですから……それで、私がこの国を訪れた本来の目的ですがね。魔法使いを名乗るものが居たという情報が入りましてね」

 スーツ姿の男は、水の瓶の代わりにミネラルウォーターを牧師の男のそばに置きながら、何も答えずに聞いている。

「つまり、魔女狩りなのですよ」

 男はそう言って、出されたミネラルウォーターの蓋を開けて、コップに注いだ。

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