4章 魔法使いの噂

第20話 魔法使いの噂・A

「もし、そこの学生さんちょっといいかな」

 本日の学業を終えて校門から出た直後の龍五郎と小虎に向かって一人の牧師姿の男が話しかけた。

「宗教には興味ないので」

 龍五郎はそう言ってイーリスに向かおうとするが、牧師の男はハッとしたようにした後に笑顔になり。

「これは失礼、私は宣教師ではないので勧誘ではありません。少々聞きたいことがあるだけですので、ほんの少しお時間を頂けたらと……」

「聞きたいこと?」

 牧師の言葉に小虎が反応してしまい、龍五郎は頭を抱えるが、一度聞いてしまったのなら一応は聞かないと失礼になると思い仕方なく龍五郎も牧師の質問を聞くことにした。

 先週の豪雨を考えれば、今週はかなり弱いとはいえまだ傘を必要とする程度の小雨が降っている中、雨具を使っていない牧師の話なんて本来なら聞く必要もないと龍五郎は思ったのだが、どうにも幼馴染の少女は興味を惹かれてしまったのだから、これも幼馴染としての運命なのだと諦めた表情になる。

「ありがとうございます。私は今、この国に魔法使いがいると風の噂で聞きましてねはるばるイタリアから来たのですが……どうにも見知らぬ地ですので迷ってしまって……」

「そういうのはいいですから、要件だけお願いします。この後バイトがあるので」

 どうにも胡散臭いと龍五郎は感じていたので話を早く切り上げるように流れを持っていくが、この牧師はそんな龍五郎の思いを知ってか知らずか話を続けた。

「本国と連絡を取りながら調べて、この街にいるらしいことはわかったのですが……細かな地理などは一切わからなくてですね」

 小虎がなんだか関心しているような顔をしていることに龍五郎は頭が痛くなりつつ、ここは無難な手段をとることにした。

「それでしたら公的機関を頼ればいいんじゃないですかね、市役所や区役所……観光目的なら案内所もあるでしょうし、人探しならそれこそ警察とか、あるでしょう」

 というか普通ならばそういう機関を頼ることを真っ先に思いつくだろうに。と龍五郎は思ったが、この牧師はどうにもその普通とはずれているようで。

「おぉ、確かにそうですね。私としたことがうっかりしておりました!……ところでそういう施設の場所を私は知らないのですが」

「この道をまっすぐ行けば警察署があります。他の役所とかも近くにありますが、詳しい場所は警察署で聞いてください」

「おぉ!なんと親切な学生さんなのでしょう!お礼はできませんが、あなたに髪のご加護がありますように祈らせてください!」

「大丈夫です、間に合っていますので。後両親は仏教徒なのでやめてください」

「あれ、龍五郎の家仏教徒だっけ?」

 小虎の疑問のとおり、龍五郎の家は仏教徒ではない。

 両親からしつこい宗教の勧誘とかがあればそう答えなさいと教えられていたので実践しただけなのだが、小虎が一緒にいる場ではすぐに嘘とばれてしまう決定的な欠点が存在していたことは龍五郎の両親は想定していなかっただけで……。

 龍五郎の小虎を見る目がすごいことになったところで、小虎はようやく龍五郎の意図に気づいたようで慌てて自分の口を押さえた後にごめんと小さい声で呟いた。

「ふむ……この国の人々はあまり信心を持たないのは知っていますので、あまり気にしないでよかったのですよ。そもそも私は宣教師ではありませんし、今の時代に異教徒だなんだのとむやみに攻撃するなんてことはありませんからね」

 そうは言われても龍五郎としては宗教家というのはあまり信用できるものという評価は変わらなかった。

 今の牧師も耳障りのいいことを言いながらも、ボディランゲージで大げさに自分の存在をアピールしているのだから、最初から疑っていたり、嫌っている人に対しては逆効果もいいところである。

「それじゃあ、俺たちはもう行きますんで。この道をまっすぐですよ?」

 龍五郎はイーリスに向かうため、この場を去る直前に牧師に対して警察署への道のりを強い口調で復唱してから一礼し、小虎の手を掴んで逃げるようにして離れた。

「ありがとうございます、学生さん!またお会いできる日が来ることを願っておりますね!」

 牧師のそんな声を背中で聞き流しながら、龍五郎はイーリスへと急いだのだった。

 そしてその二人の姿が見えなくなるまで牧師は学校の校門で見送ったあとに……。

「ふむふむ、あの二人からは何かを感じましたねぇ。人ならざる魔物の匂いが」

 そう呟いたところで牧師は龍五郎から聞いた、警察署へと足を向ける。

「……それに、彼らの向かった方向から異端者の力を感じますね。これはいよいよ当たりということでしょうか」

 そういう牧師の目線の先には、イーリスと……丁奈が魔法を使った公園があるのであった。



「あら、二人共ちょっと早いのね……まぁ今日はちょっとお休みにするかもしれないから、丁奈がくるまで待ってなさい」

 イーリスの従業員がつけるエプロンを身にまとったルインが、イーリスの扉を開けた二人を出迎えた。

 龍五郎と小虎の驚いた表情を見てルインは。

「何、このエプロンそんなに似合わないかしら?」

「い、いえ……そこじゃなくて、その後ろの子達は……?」

「どうも、私は座敷童子のぬりえです」

「与次郎。さっき名前を付けられた」

 ぬりえは満面の笑みで、与次郎はムスっとした表情で龍五郎の疑問に答えた。

「丁奈が見たっていう子供、それがぬりえさんで、ここのところ強い雨が続いていた元凶がこの与次郎。他にも雨降り入道もいたのだけれど……」

 雨降り入道は丁奈と共に一度イーリスまで来たのだが、店の中に入ることができなかったため、この地域に住んでいる今回の長雨で迷惑を受けた妖怪たちに顛末を説明するために既に立ち去った後であった。

 与次郎も連れて行こうと提案したものの、丁奈が与次郎に対して使った主従契約の魔法が思いのほか強く、丁奈の許しなしでは遠くまで離れることができなかったため仕方なく雨降り入道一人で言ってしまったのだった。

「まぁ、色々あったのよ。私もまだ体がちょっとだるいけれど、熱は下がったから安心して頂戴」

 そういうルインも、完全に復調したわけではないが、普段龍五郎と小虎がやっているフロア仕事程度なら可能な程度には体調が戻っている。

 ルインとしても座敷童子と出会ったことは今回が初めてなのだが、ここまでの力を見せられたら改めてその力の強大さと、神格として敬われる理由を実感せざるを得ない。

「座敷童子って、あの座敷童子ですか!イーリスに住んじゃうんですか!?」

 ルインの説明を聞いて小虎は真っ先に座敷童子という単語に食いついた。

 無論小虎の知っている座敷童子の知識は世間一般に使われる程度のもので、目の前にいるぬりえのことは全くもって知識としてはないのだが、同じ座敷童子という点で小虎に興味を持つなというほうが無理であることは、龍五郎とルインは最初からわかっていたことなので気にしないで話を進める。

「ところで、丁奈さんは?」

「今着替えているのだけれど……丁奈、今回ちょっと無理したから結構体力を使ったみたいだし今日営業するかちょっとわからない……」

「お待たせー、あら龍五郎君に小虎ちゃんもう来てたのね。それじゃあお店開けましょうか」

 タイミングを図ったかのように二人が話題にしたと同時に奥から丁奈が、くら助を肩車しながら出てきた。

「丁奈、大丈夫なの?」

「大丈夫よルインちゃん、ぬりえちゃんと与次郎のおかげで傷もだいぶ治ったし……」

「無理したらダメ、ぬりえさんから聞いた話だと治癒能力を高めて無理やり治してるだけなんだから、その分丁奈の体力は消耗しているんだからね」

「傷ってどういうことですか?それにその子は……」

 二人の会話に龍五郎が少し混乱した様子に疑問をぶつける。

 昨日バイトが終わる前まではそんな話はこれっぽっちもなかったし、丁奈が肩車している子供は店に入ったときに短い自己紹介を受けてルインに豪雨の元凶と説明を受けた与次郎と背格好があまりにも似ているのだから、龍五郎が混乱するのも無理はない。

「雨ふり小僧のくら助ちゃん。それと傷については大したことじゃないから大丈夫よ、心配してくれるのは嬉しいけどね」

「おう、くらすけだ。よろしくなにんげん!」

「よ、よろしく……」

 与次郎とは真逆なやたら元気な自己紹介に龍五郎は驚いたものの、くら助の手を掴み握手をした。

「無茶すんな、繋がってるからわかるんだよ、まだまだ痛みが強いだろうが」

 龍五郎がくら助と握手をしたタイミングで与次郎が丁奈に近寄り、腹部を触りながらそう言うと、丁奈は顔を少し歪ませた。

「大丈夫よ、大丈夫……」

「丁奈、そんな顔で言っても説得力はないわよ。今日はお店締めなさい」

「私の力が及ばず……本当にごめんなさいです」

「ぬりえちゃんは悪くないから……」

「そうだそうだ、こいつが勝手に割り込んだりしてあの水弾を思いっきり当たったんだからもっと自分の身体をいたわりやがれ!」

 その水弾を放った当の本人がそう言っていることに、事情を知っている三人の目線が鋭くなるが、丁奈は笑顔のままで。

「そうね……ルインちゃんに散々心配されたのに無茶しちゃったのは私なんだものね……龍五郎君、小虎ちゃんせっかく来てくれて申し訳ないけれど、今日はお休みにしたいのだけれど……」

「怪我してるのなら当たり前ですって!」

「丁奈さんは無茶しすぎなんですよ……ところで、お話は聞かせてもらえるんですよね?」

 ちゃっかりしている小虎の言葉に皆がため息をついてから。

「それじゃあ、お菓子を作っちゃうわね、くら助にお菓子を作ってあげるって約束したから皆でそれを食べながらお話しましょうね」

 くら助を地面に降ろしながら丁奈はそう言った。



「ふむ、あなた方は異形の化け物から人を守っているのではないのですか?」

 牧師の男が警察署の、妖怪事件対策課の応接スペースに座りそんな質問を投げかける。

「少なくとも全部悪だなんだと決めつけて殺すようなことは、うちじゃやってないんですわ。あんたがたはそれをするって情報、こういう業務してれば知りたくなくても耳に入ってくるんでね、そういう連中にゃうちの持ってる情報を渡すわけにはいかんのですよ」

「それで人が食われても知らないで通すのですか?そうならないようにあらかじめ駆除しておくのがそんなに悪いことなのですか?」

「そりゃあんたがたの理屈はそうだってのは理解しますがね、うちは八百万って概念を持っていて、あんたらが人外だの異形だの言ってる中には神様だって崇められてる存在もいるわけなんですわ。となればあんたらに情報を渡すってことは明確にこの国の価値観やら概念やら文化……果ては国の象徴まで殺すって宣言するも同然だってわかっちゃもらいませんかね」

 小林が強い語気で牧師に向かい啖呵を切ると、牧師はわざと大きなため息をして。

「あぁ嘆かわしい……我らが父は……」

「んな定型文は聞きたかないねぇ、俺は先祖代々神社で他にやる行事は盆と大晦日くらいなんだ、キリスト教の説法なんざ聞く気はないね」

 この小林の言葉に、他の妖怪事件対策課の面々も首を縦に振る。

 その様子を見た牧師は。

「……仕方ありません、我々としても人間と敵対する意図はありませんからね。ここは私のほうが引きましょう。しかしひとつ、これならばあなた方のポリシーに反しないものでしょうから教えて欲しいのですが」

「おう、言って見やがれ」

「この街に教会はありませんか、渡航のゴタゴタで日曜礼拝ができなかったもので」

「道案内ならもう一度、正面受付で聞いてくれ。そりゃ俺たちの業務内容じゃないんでな」

「おぉ……これが噂に聞く日本のお役所仕事というものですか……嘆かわしい」

 牧師のこの嘆きには小林も反論はできなかった。

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