第18話 子供の噂・E

「あぁなるほど……私は最初から勘違いしていたのですか。あなたが、今回皆を困らせていた子ですね」

 あの豪雨の日、目撃された子供の姿はまちまちだった。

 丁奈がイーリスの客から聞いた内容ですらそうなのだから、最初から雨ふり小僧だけを追っていたぬりえにしても同じことだっただろう。

「ま、所詮は放浪してる、本来の加護すら与えられずに住んでいる家を滅ぼしちゃった座敷童子ってことだ、僕がそいつとそのジジイの裏で好き放題していても気づかないのだからね!」

 新しく現れた雨ふり小僧は自信家なのか、ぬりえのことを罵倒して自分がどれだけすごいのかを語り始めた。

 しかしぬりえが罵倒されたと同時に公園を覆っていた白いモヤから足のようなものが伸びてきて新しく出てきた雨ふり小僧を潰そうとしたところで、雨ふり小僧はそれに気づいていたのか。

「はは、君もご同様かい?ごめんごめん、あまりに間抜けすぎてちょっとからかいたくなっただけさ」

 そう言いながら軽く避けてしまう。

「あの方たちは子供を、子孫を残すこと以外に幸せを見出しておられたのです。私のことを言われるのは構いませんが、あの方々を罵倒するのは許しません」

「許さないならどうするのさ!座敷童子の癖に僕を消してみるのかい!」

「消しますよ」

 調子に乗った新しい雨ふり小僧の言葉に、先ほどと同じとは思えないほど感情のこもっていないぬりえの言葉を聞いて丁奈は驚いた。

「お嬢さん、離れるぞ。あの馬鹿もんはやらかしおった」

 雨降り入道はそう言って、先ほどとは違い優しく丁奈と、最初から居た雨ふり小僧を守るように掴んで少し離れた場所に移動した。

「やらかしたってどういうことだ?」

 丁奈も思っていたが、雨ふり小僧が質問をしてくれたので、丁奈は静かに流れを見守る。

「放浪の座敷童子といやぁ儂の知る限り絶対に敵に回しちゃいかん相手よ。儂は最初っから会うて話し合うのが目的じゃったから侵入も許されたが……あの阿呆は招かれておらん上に怒らせた」

 説明をする雨降り入道の声はすごく慌てたような声で、どうにかして丁奈と、この雨ふり小僧を守ろうという動きであることは、二人を覆うようにしているところからもわかったのだが……丁奈はそんな入道に向かい押しのけるようにして。

「でも、多分ぬりえちゃんの本心じゃないと思うわ。そんな容赦なく誰かを害するなんていうのは……」

「儂もそう思うがのぉ、放浪の座敷童子は別の呼び名でマヨヒガのあるじなんちゅう呼ばれ方も、儂ら妖怪うちにはあるんじゃよ」

「マヨヒガって……ここは東北じゃないのよ?」

 丁奈は個人経営の喫茶店を開くために、わざわざその文化が根付いている地域に引っ越してきたのだから、むしろ故郷の街と比べれば東北との距離は遠くなっているのだ。

 そんな場所でマヨヒガという、遠野物語という東北が舞台の物語に出てくる単語が出てきて、今まで自分と歓談までしていたぬりえがその主であると言われても色々なものの整理がつかない。

「じゃから放浪してるんじゃろ。まぁ本当にマヨヒガの主かどうかは知らんし、違う可能性は塗壁と共に放浪しているんじゃから高いじゃろうが……少なくともそう呼ばれるだけの力は持っておる」

 雨降り入道の言葉を証明するように、ぬりえがゆっくりと一歩、また一歩と調子に乗っていた雨ふり小僧に向かって近づくと、それを遠ざけるように雨ふり小僧が攻撃を加えるが、そのことごとくを障害になっていないかのように近づき、左手を振りかざしただけで雨ふり小僧は地面に叩きつけられた。

「言い残したことはありませんか?今なら命乞いも受け付けますが」

 そう言ってぬりえは開いたままの手を振りかざしたまま、雨ふり小僧の前に立った。

「っけ、さっさと消せよ!」

 雨ふり小僧はそんな状況であるにも関わらず笑みを浮かべながらぬりえを煽る。

 まるで自分が消されることを望んでいるように……。

「ダメ!ぬりえちゃん!」

 そう叫んだ丁奈は雨降り入道の腕から抜け出して走り出す。

 ぬかるんだ地面に足を取られて転びそうになりながらも足を前に出して走り、無意識のうちに本を開いてひとつの文を叫んだ。

「名の盟約に従い大地を駆け、間に入りその身を晒せ!カウズクーリー!」

 丁奈の叫びに呼応するかのようにしてぬりえと雨ふり小僧の間に光が集まり牛が産まれた。

 突然のことに雨ふり小僧はもちろん、ぬりえも対応できずに振り下ろした手のひらはその牛をかき消すだけで終わる。

「丁奈さん何を……?」

「この子は消されたがってる!そこにどんな意味がわからないけれど……消されるとわかっていて笑ったの!そんな子を消したら……」

「五月蝿いよおばさん、ベラベラ喋らないで」

 雨ふり小僧が低い、怒りを籠めた声で丁奈に向けて強い水圧の弾を撃ち、丁奈は避けることができずに腹部に喰い込むようにして食らってしまい、内蔵が傷ついたのか口から少量ながら血を吐き出し、雨ふり小僧の頬についた。

「名と血の盟約に従い……従者として名を授ける……『与次郎』」

 膝から崩れ落ちる丁奈は、崩れ落ちる直前にそう呟くと血のついた雨ふり小僧が光に包まれていく。

「な、なんだ……なんだこれ!おい……丁奈様!」

 丁奈に与次郎と呼ばれた雨ふり小僧は、何が起きたのかわからずにその術を仕掛けた丁奈のことを呼ぼうとして様を付けてしまう。

「主従契約、すごく簡単なのにすごく強力なもの……ここまで強力なんて想像してなかったです……。って、丁奈さん!?大丈夫ですか!」

 ぬりえが状況を解説するように説明すると、丁奈に向かって駆け寄ると負傷の具合を見るためにうつぶせに倒れる丁奈を仰向けにすると、お腹に濃い紫色のアザがいくつか出ているのを確認すると、すぐに手をかざす。

「無茶しすぎです。それにこんな強力な主従契約なんて後のことを考えてませんよね、私が使えそうと言ったのは確かですけれど……もう、今は治療を施しますから呼吸を整えてください。呼吸器に血が入り込む心配はしないでいいですから……ゆっくり、そう、ゆっくりと……」

 ぬりえの声に合わせて丁奈は呼吸をゆっくりと整えようとする。

 内臓器官が傷つけられて、腹部には強い内出血を起こした状態では普通の呼吸ですらかなり辛く、常に呼吸が乱れてしまうが丁奈はぬりえの声に従って呼吸を整えようと試みる。

「そう、そうです。自然治癒能力を一時的に極限まで高めます……少し痛いですけれどごめんなさい」

 ぬりえが謝罪をした直後にぬりえが手をかざした部分が光り輝くと、丁奈は強く咳き込んで血を吐き出した。

「何やってんだ座敷童子!」

「治療ですよ。ただ……丁奈さんの本来持っている自然治癒能力を高めているだけなので痛みは伴いますが……」

 与次郎と呼ばれた雨ふり小僧は小さく舌打ちをすると丁奈の口に手を添えて、水で口を覆った。

「あなたこそ何を……!」

「黙ってろ!身体が勝手にこうしなきゃいけないって動くんだから仕方ないだろ!」

 与次郎が叫ぶのが聞こえた丁奈は、口を水で覆われたために呼吸ができないと瞬間思ったが、与次郎の出した水は丁奈の呼吸器に入り込んだ血を洗浄してから外に出していて、与次郎の水が動けば動くほど丁奈の呼吸は楽になっていく。

「座敷童子はさっさと治せよ!」

 そう叫ぶ与次郎の様子を見てぬりえは笑みを浮かべて、力を強くしていく。

 その様子を見ていた雨降り入道と雨ふり小僧は……。

「な、なにがおきてるんだよ……」

「あの小僧がお嬢さんの中の血を洗っとるんじゃろうが……すごいのぉ、儂も座敷童子が直接現象を発生させるところなぞ、初めて見るわい」

 丁奈が無茶をしたことは確かだが、もしかしたらこうなることまでを計算した上でならば丁奈という人間の女性は雨降り入道が思っていた以上にしたたかなのかもしれない。

「儂も見る目が衰えたのかの……今の人間も強いじゃないか」

「おっぱいもでかかったしな」

「そこは関係ないぞ坊主……」

 人外の二人の働きで、瀕死になっていた丁奈の呼吸は整ったが……公園を暫く占拠状態にしてしまっていたことで後々別の事件のきっかけになったのだが、今この場にいる者たちにとっては知る由もないことであった。

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