第15話 子供の噂・B
丁奈が少女を目撃した次の週末、天気は予報通りに青空が広がって空気全体に蒸し暑さが支配していた。
気温も湿度も上がったためイーリスは連日の閑古鳥が嘘のように満席で、冷たい飲み物が飛ぶように売れて丁奈を始めバイトである龍五郎と小虎も忙しく動いている中、美樹は丁奈の部屋で寝ているルインの看病をしていた。
強い雨を長時間浴びていたからか、ルインは高熱を出すほどにまで衰弱した。
流石に一人暮らしのルインを今の状態で返す訳にはいかないとして丁奈がベッドをそのまま貸す形で泊めたのだが、週末になってもまだ快方に向かうというのは難しい状態で、美樹は忙しい三人に変わって看病をしている。
「ルインさんお水ここに置いておきますねー」
「あぁうん、ありがとう……うーむ、我ながらここまで体調が崩れたのは久しぶりでむしろ楽しくなってくるね」
「いや楽しくはないと思いますよ。でも少しですけど元気が戻り始めてるみたいで安心しました」
「まだ節々が痛くて体を動かすのは辛いけどね、こんないいお天気に外に出れないほうが少し残念なくらい」
「あっそうだ、ちょっと聞きにくいことなんですが……ルインさんって吸血鬼だったりするんですか?」
聞きにくいことと言いつつも口調のノリが軽いことに驚きつつも、ルインは目をぱちくりとして美樹を見つめ返し。
「言ってなかったかしら、お祖父様がハーフで私には血が通ってるって」
「いや聞いてませんって!……というかその言い方だともしかして小虎たちも?」
「知ってるわね」
「知らなかったの私だけかぁ!」
元気だな、とルインは思いつつも騒がしいとは思わなかった。
むしろ数日ベッドの上で、丁奈は退屈しないようにと色々なものを用意してくれたものの、こうして会話という娯楽に関してはあまりできていなかったからだ。
暇なときや夜は丁奈が相手をしてくれたものの、基本的には必要なものは何かないかなどのものだったので、美樹のようなとりとめのないものや、自分自身への質問に楽しさを感じていた。
「まぁ皆が気を使っただけでしょうし、あまり気にしないでいいわよ。私もあまり気にしないからさ、吸血鬼だのなんだのってのは。要はルールが守れるか守れないかだけの差なわけだし」
ルインの持論としては妖怪や怪異への恐怖心というのは未知への恐怖と同一であるというものがある。
だからこそ社会のルールを遵守して、問われたら自身のことはできるだけ軽い口調で答えるようにして、決して怖い存在ではないことを示すようにしているのだが、このやり方に対して小林から一度注意されたことがあった。
当然のことならが悪意を持った人間も少なくないし、何より吸血鬼ということを利用しようとする輩が出ないとも限らないことはルインも承知した上でのことだし、いくらなんでもそういう輩にまでフレンドリーに教えてやる必要はないものとも思っている。
幸いにもルインの周辺にはそういう人間がいなかったため比較的平穏に暮らせているが、尊敬している祖父が苦労したと色々聞いていたため打ち明ける相手を選ぶことはしているわけであった。
そういう意味では目の前にいる三田村美樹という少女はルインにとって安心できると思った相手なのだが……。
「自慢しちゃっていいですかね、吸血鬼の人と知り合いだって」
少し早まったかなと一瞬思ったが、小虎や龍五郎の友人ということを考えてその思いを払い。
「いや、やめておいたほうがいいよ。基本信じる人はいないし」
「ですよねー……、私だって実際にルインさんが雨に打たれただけでここまでのことになってるのを見てないと、小虎から教えられても信じなかったと思いますし」
「ま、世の中いい人ばかりでもないしね。ところで美樹ちゃんは最近どうなのかしら、風太郎が迷惑かけたりしてない?」
「あ、大丈夫ですよ。流石にうちはペット禁止なんで日曜日とかに散歩を頼まれたりするだけですし……まぁたまーに悪戯したがって抑えるのが大変ですけど」
風太郎とは化け狸のことである。
先月の事件で美樹は、その風太郎の悪戯に巻き込まれてしまいひどい目にあったのだが、今では普通にペット扱いとして警察署の妖怪対策課に引き取られ、休日になれば美樹をはじめとしたその事件に関係した誰かが散歩などを行っていたりする。
「まったく、風太郎には困ったものね……」
「あはは、でもだいぶ大人しくなってはいますからねぇ、今ではおとぎ話っぽく茶釜を着込めないかとか小林さんが冗談を言ってるくらいですし」
流石にそれは外部から色々言われるだろうとルインが思ったところで、丁奈が部屋に入ってきた。
「ようやく一息つけたわぁ……美樹ちゃんごめんなさいね、ルインちゃんを任せちゃって」
「ちょっと丁奈、私が子供みたいじゃない」
「動けないのなら似たようなものでしょー、はい、これお昼ご飯。簡単なもので申し訳ないけれど……ルインちゃんももう固形物で良かったわよね」
「お粥は流石にもう飽きたから丁度いいわ……サンドイッチ?」
ルインと美樹の間に置かれたトレイの上には、中央の具となる部分の大半が緑色のサンドイッチが十個ほどあり、ルインはこれを見て。
「これ、美樹ちゃんが満足できないんじゃない?」
「あ、私これ好きなんですよー。家だと油っこいものが結構多くて……お野菜取らないと太っちゃいますし」
「いや間食になってたら意味ないからね?今日は昼ご飯だから問題ないけど」
「いいんですって、いただきまーす」
勢いよくサンドイッチに手を伸ばした美樹を見て二人は笑い、ルインもサンドイッチへと手を伸ばした。
手にとったサンドイッチは、店が忙しかったはずなのだが店で提供するそれと比較しても遜色のないもので丁奈が仕事をしながら用意してくれたのがよくわかる。
ルインはそのことに感謝しつつサンドイッチを口に運ぶとシャキという新鮮な葉野菜特有の噛みごたえを感じ、笑顔になったところで丁奈が話を切り出した。
「そういえばあの日に見た女の子なんだけど……」
女の子という単語を聞いた二人は目を丸くして丁奈を見つめる。
『まだ気にしていたのか』といったものであったが、二人の視線を気にせずに丁奈は続けた。
「今日来たお客さんの中にも、見た人がいたの。ただ……結構情報がちぐはぐというかまちまちというか……」
「煮え切らないわね、いいから言ってみなさい」
うーんと唸っている丁奈にルインが話すように促すと、丁奈はそうねと呟いてから口を開いた。
「どうにもおかしいのよね、私と同じ女の子を見たって人と男の子を見たって人がいて、一応どちらも着物っぽい服装だったのだけれど、男の子の方は傘……というかほら、昔の頭から
「
「簔でいいんじゃないです?というか多分丁奈さんの言いたいことの肝はそこじゃないと思いますし」
美樹が全うなツッコミを言ったことに二人が驚いたが、丁奈は話を続けた。
「ま、まぁ簔ってことにしましょう。それでね簔を着た男の子は常にひとりだったのだけど、女の子のほうがちょっと目撃証言がバラバラなのよ。私みたいに一人だったって人が一番多かったのだけれど、中には空中に浮かぶ三つ目と一緒だったとか、白いモヤに包まれて消えたとか……一緒なのは綺麗な着物でおかっぱだったってことだけ」
「白いモヤと三つ目は……塗壁かしら。まだこの街にいたのね」
「でも女の子と一緒にいたってことがちょっと不思議じゃない?」
「そう?その子も妖怪の類だったってだけの話だと思うのだけれど……」
特に問題として小林の耳に入っていないということは、人に害することはないだろうし、放置していても問題ないか、下手に関わるとろくでもないことになるパターンくらいのものである。
そして丁奈の話を聞いていたルインは少し自分の体温が上がっていることを感じながらも、話の中に出てきたもう一人の方が気になっていた。
あの強い雨の中で一人で居たということは、それだけで丁奈の見たという女の子同様人ではない可能性はあるが……その背格好が昔祖父から聞いたことがあったからだが、熱のこともあって思い出そうにも頭が回らない。
「あ、ルインちゃん無理に考えなくていいから!美樹ちゃんちょっとお願い、氷枕とかの中身変えてくるから!」
熱をぶり返してしまったルインはサンドイッチを落としてしまい、それを見た二人が慌てて看病に走った。
「あぁごめんなさい……でもまぁ、安静にしてれば大丈夫」
「大丈夫って言って熱がぶり返したじゃないですか!もう、聞き役に徹しててもいいんですからね!」
二人の慌て様にルインは少し反省しつつ、スマートフォンを手に取り。
「小林さんの番号……」
「私も丁奈さんも知ってますから!大人しくしててください!」
怒鳴りながら美樹はルインを布団に押し倒すようにして寝かせ、布団を被せてからスマートフォンを取り上げて充電器にさしてあげた。
「うーここまで身体が重くなったのは久しぶりすぎてダメだわ……ごめんなさい、もう一度ゆっくり眠らせてもらうわ」
「はい。あぁでもご飯……」
落としてしまったサンドイッチは崩れ、カーペットの上に落ちてしまっているのを見た美樹は拾い上げながらそれを自分の口へと運んだ。
「拾い食いはやめなさい……。食欲はちょっとこの感じだと無いわ、空腹感は感じるけれど、それ以上に眠い……」
「はい!氷枕と氷のう!それとお粥!」
お粥に関してはかなり早いなと思いつつも美樹はそれを受け取り、少し冷ましたものをルインの口の前に運ぶ。
「少しでも食べてください、栄養取らないと寝ても治りませんし」
ルインは吸血鬼ではあるが、あくまで隔世遺伝であるため経口摂取で栄養を取らなければならないという点は普通の人間と一緒で、その癖通常の医療での治療はあまり効果がないのだ。
点滴などの保水に関しては多少の効果はあるのだが、漢方などの元来持ち治癒能力を高めるものは基本効果がなく、直接菌を破壊するような抗生物質に関しては吸血鬼の自己防衛機能が勝ってしまうために効果は限定的……と子供のときに散々親から聞かされたのでルインは大人になってからも殆ど病院にかかったことはなかった。
なのでこの美樹の言葉は極めて正しいと言えるものなので丁奈は食事に関しては美樹に任せてルインが食事のために身体を起こしている間に枕を変えて、氷のうをテーブルの上においてから古いものを回収して部屋から出た。
そろそろ丁奈の休憩時間も終わってしまうが、その前に自身のスマートフォンを取り出して通信アプリで文章だけを送っておく。
「こんな感じの妖怪知りませんか?っと……送信」
小林宛に、今ルインと美樹に説明した男の子と女の子の特徴を記載して送信してからお店に戻り、夕方に備えるのであった。
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