第13話 塗壁の噂・その後

「えーそれではこのおじ……方が今回の失踪事件を担当なさっていた部署のトップのお方で、小林さんです」

 イーリスの店舗部分を貸切状態にして、鍋を囲むように全員が座ったのを確認してからルインが高らかに紹介した。

 とは言え今この場にいる全員が小林と面識があるため、学生三人が少し恐縮するような素振りを見せただけで会は進んでいく。

「ルインの嬢ちゃんよぉ、奢りだって聞いたから来たが……これは説明してくれるんだよな?」

「えぇそうですよ。この子達が今回の件について知りたがっていたので、一番詳しい小林さんに説明して頂こうと思い」

「その話し方もやめろ……まぁ別に終わった事件だし書類は部下が書いてるから俺としてはやることなかったし、若人に軽く説明するのも悪かぁないんだが……」

 そういう小林は少し苦い顔をした。

 なぜならその若人三人は今まさに力強い眼差しを小林に向けているのだから、いくら慣れているとは言え少したじろぐというものである。

「話してやるから、とりあえずその目、やめてくれねぇかな」

「あ、すみません、つい力が入ってしまって……」

 最初に謝ったのは龍五郎ではあるが、他二人が続こうとしたのを小林が止めてから早々に説明を始めた。

「あーまずだな、今回の真犯人は塗壁ではなく、化け狸だったわけだ。被害者の娘さんはわかってることだとは思うが、まずはそこからだ」

「化け狸とは水臭いですぜ旦那ぁ、俺には風太郎ってぇ立派な名前があるんですから」

「おうそうか、で、今からこの風呂に入るつもりはないか」

「なんで食おうとするんですかぃ!」

「まぁ礼儀みたいなもんだ。悪戯やらしないなら課のペットか、ルインの嬢ちゃんのペットになる権利が得られるんだから頑張れよ風太郎」

 口調の安定しないあの化け狸の風太郎は、何故か今回最大の被害者である美樹に抱かれていた。

「まぁそんなわけで、これ以上どう説明したらいいのかわからんが失踪していたお嬢さんを保護して解決したわけだが……ちょっと質問してくれねぇか、どう説明すればいいかなんてのは基本上の仕事なもんでよ、万年現場の俺にはちょっと難しいんだ、これが」

 そう言いながら胸を張る小林に開いた口が塞がらない三人に、小林と付き合いが眺めの二人は苦笑をして、特にルインは胸を張ることではないと言葉にはしないが強く思うのである。

「それじゃあ……なんで今回、塗壁って噂が流れたんですか?それに俺が見たのはどう考えてもその狸……」

「風太郎や」

「……風太郎ではなかったと思うのですが」

 龍五郎が質問をする。

「ん、兄ちゃんが塗壁に遭遇したってのは俺は初耳なんだが……」

「私が捜査を始めた理由ですよ、彼が塗壁と思わしき白い壁と遭遇したから、私は塗壁と思い捜査を始めたわけです……というか最初に言いませんでしたっけ」

「ん……あぁアレか。なるほど、まぁそいつは塗壁で間違いなかった……そういや風太郎から人を守るようにして出現してたんだよな、あいつ」

「そうですね、結局あれから姿を見せないのでここに居た理由も、何故人を守っていたのかも分からずじまいですが」

 小林と会話形式で塗壁についてルインが答えた。

 結局、何故あの塗壁の行動目的は判明することがなかったし、調べようにも風太郎を捕まえてからパッタリと噂自体が最初からなかったかのように目撃情報も、カメラ映像からも消えてしまったのだ。

 勿論既にある録画映像には白いモヤとして映っているため、行動原理を推し量ろうとすればできなくはないが、それこそ今小林が言ったように風太郎の悪戯から人を守るように出現していたとしかわからなかったのである。

「まぁ妖怪なんざ本来そういうもんだ、あまり気にしても仕方ねぇし、できることも殆どねぇ。気にすんなとは言っておくが、気になるようならまぁ、塗壁の逸話くらいは頭に入れておくくらいはやっておいて損はないだろうよ」

 小林が身も蓋もないことをいう。

 しかしその身も蓋もないことは核心であることも事実であり、その怪異そのものと言っても差し支えのないルインからしてみてもそのとおりとしか答えようがない。

「完全に後手に回らざるを得ないというのは歯がゆいけれど、それは人の起こす犯罪も同じ。ですよね、小林さん」

 だからこんな言葉が口から出た。

「お前全警察が思ってる歯がゆい事実を言うんじゃねぇよ……」

 小林のテンションが下がり、会話が少し途切れたところで丁奈が割り込んだ。

「はーい、お鍋、そろそろ大丈夫よー。ここからはお鍋を突っつきながらにしましょうか」

 そう言って土鍋の蓋は開け放たれ、イーリスの店内は湯気と芳醇な香りに包まれた。

「今日はゆずのお豆腐でとんこつ風味のお鍋よー、お野菜もお肉もあるから一杯食べてねー」

 全員が鍋から食べる分を小皿に移し、ゆずの優しい香りを堪能していく。

「えぇと、わいの分は?」

「狸って、人間の食べ物と塩分は大丈夫だったかしら」

「妖怪だからいいんじゃねぇか、食わしちまえ」

「扱いが雑ぅ!でもまぁもらいますがね」

 謎を残したまま風太郎が起こした塗壁事件は一段落が着いた。

 幸い被害者であった美樹も一晩変質者と同じ倉に閉じ込められていたと言っても、何故かその変質者は角で震えているだけだったらしく精神的なダメージもほぼなかったのはよかったのだが……。

 ここに居る全員が今のこの平穏を噛み締めたのだった。

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