第12話 塗壁の噂・F

「おう、来たか」

 ルインが現場に到着した頃には既に小林をはじめとした私服の警察官が数人待機していた。

 妖怪事件專門部署というのはその事件の性質上制服を着るほうが少なく、監視カメラの映像などを集めたりする時にはいちいち説明を省けるツールとして使われることのほうが多い。

 それにしても……。

「相変わらず服、だっさいですねぇ小林さん」

「ほっとけ、そもそも世代がどれだけ違うと思ってやがる。……で、真犯人のアテはあるんだろうな」

 そう言いながらタバコに火をつけようとする小林をルインは慌てて止めた。

「そうですね、まずそれはやめてください。真犯人が逃げてしまうので」

「む、対処法になっちまうのか……ってことは今回塗壁っていうのはあいつか」

 小林はタバコを箱に戻しながら聞くとルインは首を縦に振ってから答える。

「はい、というわけで妖怪退治というよりは害獣駆除みたいなノリで行くことになると思います」

「まじかぁ……俺はそういうのはお断りして若い連中に任せてるんだが……」

「今回は覚悟を決めてくださいね、若い人たちにはその後の変質者の逮捕まであるんですから」

「あー……そういやそうだったな、確かにそっちは俺たちの領分になるか。まぁいい、それじゃあさっさと終わらせて囚われのお嬢さんを救う正義の味方でもするとしますかね」

 小林の言葉で近くに居た私服警官は全員それぞれの手段で気合を入れた。

 そのうちの一人が。

「それでボス、真犯人は塗壁じゃないんですか」

 軍人のような動作で小林に聞くと、小林は頭を掻きながら。

「んじゃそろそろ言うがな、今回の事件だと塗壁は風評被害だな」

「そうですね、まぁ融通が効かないところはありそうでしたが」

「それじゃあ驚くなよ、今回の真犯人はなんと!」

「たぬきです」

 小林の言葉を奪うようにしてルインが答えた。

「おいルイン。お前さん俺の見せ場ってやつをだな……」

「ただ普通のたぬきではなく、化け狸。妖怪に足を突っ込んだ奴なので注意が必要です」

 小林の非難の目を無視しながらルインが続けると、小林の部下たちは納得した様子で。

「なるほど……分かりました。だから先ほど探偵さんはボスのタバコを止めたわけですね。塗壁の逸話に紛れている化け狸の対処法はタバコですから」

「そう、しかもタチが悪いことにそのやり方だと退散させるだけで、退治ではないことが厄介な点。最低でも一度確保して教え込まないといけないからタバコは厳禁でお願いしますね」

 ルインの言葉に妖怪事件対策課の面々が肯定の返事をする。

 その様子を見た小林は……。

「なぁ、やっぱルインの嬢ちゃんよぉ、俺の後釜になんねぇ?」

「そのお話は以前お断りした通り、今回も丁重にお断りさせていただきます」

「ボスフラれてやんの!」

「流石に親子どころか、見た目孫レベルの女の子相手は私は引きますよ」

 その様子を見た妖怪事件対策課の面々はボスをいじる。

「うるせぇ!ちゃっちゃと仕事に取り掛かれ!」

 小林が怒鳴ると蜘蛛の子を散らすように私服警官たちは住宅街の中に散っていった。

「んじゃま、あいつらは封鎖役として……どうやって誘き出す?」

「簡単ですよ」

 そう言いながらルインは一歩前に出て。

「私は一度対象になっています。単純に私が囮になればいいだけなんですよ」

「……民間人が生言ってやがる。だがまぁ、そうだな、俺が始末書を一枚書けばいいだけの話か。わかった、やってくれ」

「勿論、私の目の前でやらかしてくれたことに対してはしっかり償いさせますよ」

 そういうルインの瞳は、獲物を狙うものの目になっていた。




 配置はこうだ。

 囮となるルインと、それを見守るドローン組には即応できるように小林ともうひとりの私服警官。

 そして万が一現場から逃げられた場合に追い込むための私服警官がそれぞれの道を封鎖する形で二人ひと組で配置されていて、公的機関との連携だからこそできる手段にルインも少しテンションが高揚しているが、囮役である自分がルンルン気分で歩くのは逆効果と思い、深呼吸をしてから改めて道を歩き始める。

『よし、このまま住宅街を何周かしていてくれ』

 耳につけた小型の受信機から小林の指示が流れ、ルインはその指示に従い普通の速度で道を歩き始める。

 ルインがしばらく歩き、特に変化も異変もなくルインがただただ同じ場所を回る時間が過ぎたが……。

『現れねぇな、俺としてはお前さんがさっきから不審者扱いされて通報されてるからその対応に追われてるんだが』

 作戦に同意したのは自分なので文句が言いにくいが、ルインは後で覚えてろという気持ちで歩き続ける。

 幸いにも丁奈に頼んで水筒に紅茶を入れておいてもらったので、喉の渇きなどは問題にはならなかったが、こうも何も起きずに歩くだけというのは気力の面で磨り減っていく感じがしていい気持ちにはならない。

 このまま現れてくれないとこちらから隠れ家になっていると思われる場所に急襲せざるを得なくなるため、住人などに迷惑が掛かってしまうことになってしまう。

「さて……困ったわね」

 ルインがそう呟いた瞬間、目の前に白いモヤが現れ始めた。

『ルインの嬢ちゃん!今何が起きてる!』

 ルインのつけているものが受信のみであるのを忘れているのか小林が慌てた声で叫んでいるのが聞こえるが、ルインとしては目の前のモヤに関しては気にしていない。

 むしろこの塗壁が現れたということは……。

「あなた、塗壁よね。ごめんなさい、ちょっとそこを通して貰うわ。あなたが私を守りたいように、私には助けたい子がいるの」

 自分で言ってて丁奈みたいだなとルインは思いつつも、塗壁に話しかけて通してもらうようにお願いすると、塗壁はあの時のように首を横に振る。

「あの時、助けられなかったのよ。だから……お願い」

 ルインは真剣な表情、思いで塗壁に懇願すると、澄んだ三つ目がルインの目の前に現れて申し訳なさそうに目を閉じる形で消えていった。

「……ありがとう!」

『おいルイン!応答しやがれ!』

『ボス、これ一方向です』

『なんだと!?』

 そんなコントのような声が受信機から聞こえてきたが、今のルインはそれを気にすることなく走りだす。

 目的地は……目の前!

「後ろからなら正体もバレバレなのよ!この狸が!」

 そう叫ぶと同時に目の前の毛むくじゃらの尻尾を掴んだ。

「な、なんや我ぇ!?」

 人語を介したことでルインは少し戸惑うものの、少し強めに尻尾を掴むことで返事にすると。

「いた!痛いっちゅうねん!一体なんやねん!」

「略取誘拐及びわいせつ物陳列罪、えーっと……後は何があるかしらね」

「往路妨害に場合によっちゃ暴行とかもつくな。というより勝手に動くんじゃねぇよ!」

「あ、逮捕権が歩いてきたわ。じゃあ小林さん後はお願い」

「動物にかける手錠はねぇんだがな……まぁ檻はあるが、対妖怪用の特殊性だ」

 科学でそんなものまで作れるようになっているのかとルインは思ったが、私服警官が持ってきた檻には特別な力を感じはないので恐らくは材質が特別なんだろうなと思い、ルインは檻に化け狸を入れた。

「お、おい!なんやねん!ちょっとは説明してぇな!」

 狸は何がなんだかわからないといった様子でまくし立てている。

「まぁ人間様の罪状なんて言われても狸にゃわからんわな。で、昨日誘拐したお嬢さんは今どこにいる」

 小林がそう言うと狸の態度は明らかに代わり。

「え、えー……なーんのことかわからへんなぁ……」

 狸は目を泳がせて白を切ろうとするが。

「そう、あなたは人間じゃないものね、なら害獣として駆除を……」

 ルインが殆どしない満面の笑みを浮かべながら爪を立てると。

「すいやせんっしたぁ!あの嬢ちゃんならなーぜかコートだけだったおっちゃんと一緒にこの近くの寺の倉に入ってもらってるわ!」

 それを聞いた全員の顔色が変わる。

「乙女の貞操がピンチじゃない!」

「お前ら!寺を一斉捜索!増員要請も許可する!」

 全員が慌てる様子に狸はキョトンとした顔で。

「人間って、男女が仲良くするもんなんじゃないんっすかい?」

「そうね、それは好き嫌いで決まるもので、あの男は大抵の人間から嫌われる存在だから今日は狸鍋かしらね」

「増援要請は出しました!狸鍋って初めてなんで楽しみです!」

 狸の素っ頓狂な言葉に全員の意識が統一された。

 そして狸は……。

「何も分からず煮込まれるのはいややぁー!」

「じゃあ大人しく、我々に協力せざるを得ないわなぁ。んでどの寺だ、案内しろ」

「はい旦那様ぁ!喜んでぇ!」

「ルインの嬢ちゃん、万が一があるし服とか持ってきてもらっていいか」

 小林が嫌な想像をさせることを言うが、状況的にありえないことはないのでルインは大人しく首を縦に振って。

「これ、まだ付けておきますので、場所はちゃんと教えてくださいね」

「わかった、それじゃあ案内しろ。……それと言っておくが俺たちはお前のような奴らの対処專門だ、逃げようとか化かそうなんて考えるんじゃねぇぞ」

 脅しをかけていたのがルインだったからか、小林が離れるルインの代わりになるようにして脅しをかけると、狸の悲鳴が聞こえて来た。

 ともかく今は服の調達だが……イーリスの表口から入るとどうしても龍五郎と小虎に進捗を説明を強要されることは容易に想像できる。

「丁奈に直接連絡入れて、裏口か……」

 ルインは独り言をつぶやきながらスマートフォンを取り出し、丁奈に連絡を入れてイーリスへと向かった。

 こうして一連の塗壁騒動に関してはとりあえずの解決を見た……のだが、どうして狸ではない本物の塗壁もこの地域にいて、あの狸の悪戯から人を守っていたのかという謎は残ったままとなった。

 しかし、今はこの失踪事件の解決と、塗壁騒動が終わったという気持ちでルインの足取りは軽かったのだった。

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