第11話 塗壁の噂・E

「ってことはだ、俺たちが追っているのは塗壁じゃねぇってことか?」

 ルインは昨晩の出来事を、警察署まで趣いて小林に報告していた。

「そうですね、むしろ三つ目のほうは人間に対して悪意を持つどころか守ろうとしている感じがありましたし」

「まぁお前さんがそう感じたってんなら、そうなんだろうが……くそ、塗壁系の伝承をまた調べ直しか」

 小林はそう言いながらいくつかの資料をひっくり返し、その一部をゴミ箱に放り込んだ。

「ところで、行方不明になった女の子の名前とかは教えてもらえますか」

「それは別にいいが……お前さん積極的だな、普段はそこまで気にしねぇのに」

「ちょっと、今回のは私の落ち度がありそうなので」

 下唇を噛みながらルインはそう言う。

 あの子の、美樹という少女の話をもう少ししっかりと聞いていて上げれば起きなかったかもしれないし、最初から自分が家まで送っていこうと言っていれば巻き込まれたにしても守ることができたかもしれない。

 そんなルインを見て小林は呆れた感じの口調で。

「ま、過ぎたことは仕方ないし、後悔したところでなかったことにはならん。行方不明の女の子の名前は三田村美樹、高校一年。八ヶ岳のお嬢さんが経営している喫茶店から帰宅中に突如姿を消した」

 わかっていたが、改めて小林の口からあの少女の名前と、消えた場所について聞いてルインは再び下唇を噛んだ。

「消えた場所に関してはお前さんのほうが詳しいだろうし、その様子を見る限りでは顔見知りだろうし……まぁ無茶だけはすんなよ」

 そう言って小林は一本のUSBメモリをルインに差し出す。

「先に言っておくが持ち出し許可も取ってあるし、民間協力者の使用書類も認可済みだからな、気にせずもってけ、カメラの映像集ってやつだ」

「……ありがとうございます」

 USBメモリを受け取り、ルインは警察署を後にした。



「それでルインちゃん、なんでうちでそれを見るのかしら?」

「私の家、お祖父様だけじゃなく母様や弟たちがいるの知ってるでしょ?私がまともにこういうのを見られる場所ってここくらいなのよ」

 まだ開店していないイーリスでノートPCに小林から受け取ったUSBからいくつかある動画を順番に再生していく。

 初日で見たコンビニの映像は特に何も映っておらず、他の動画にも特に気になるものは何も映っていなかった。

「そうだ、うちのも見てみる?小林さんが来てなかったから、そこにはないのだけれど」

「あなたカメラなんて設置してたのね……まぁいいわ、とりあえず小林さんに渡されたこいつを全部見てから、見せてもらうことにする」

「じゃあ、私は準備しておくわね」

 丁奈はそう言いながらルインが飲んだ紅茶のカップを片付けながらスタッフルームにしている場所へと入っていくのを横目に送りながらもルインは残りの動画を再生していく。

「これで何もなかったら本格的に虱潰しらみつぶしせざるをえなくなるのよねぇ」

 現時点で手がかりとなるとこの映像記録くらいしかなく、それ以外のものとなればルインの前に現れたあの塗壁だけとなる。

「……いや、一応現場の特定はできる分昨日よりはマシなのか」

 塗壁に道を阻まれた時に見たあの光と煙、映像に映っていれば楽になるのだけれども、映っていなければやはり現場周辺を虱潰しにせざるを得ない。

「持ってきたわよー、後これはおかわりで私からの奢りね」

 二個ほど動画を見終えたところで丁奈が紅茶を持ってくる。

「それとこれね、うちのカメラ映像」

「ありがとう」

 ルインは短く返すと、小林が渡してくれた最後の動画を再生する。

 どれもこれもただただ夜の道を映しているだけで、プライベートもプライバシーも問題にならず、変化があるとすればそれこそ通行人がいたり、それがどこかの店舗が提供したものであるのならそれこそ客の出入りがある程度の映像で、今流している映像に関してもそれほど代わり映えのないものになっている。

「……そうね丁奈、無駄だとは思うけどあなたのカメラの映像も……」

「ルインちゃん!それ!」

 丁奈の慌てた叫びにルインは一瞬、反応が遅れるも目に飛び込んできたその映像に息を飲んだ。

 モニタの左側にはルインが、そして右側にはあの少女、美樹が映っていて、その間に白いモヤのようなものが存在していた。

「少し巻き戻すわ」

 ルインは誰に断るでもなくそう呟いて動画を少し戻すと、そのモヤは突然、二人の間に現れた。

「まず、この直前に私はあの子の背中を見ていなかった。これは確実」

「こんなに近いのに?」

「そう、こんなに近いのに」

 ルインはあの時の記憶は鮮明に思い出せる。

 間違いなくルインの前には誰もいなかったのだ、だからこそ必要以上に急いで走ってい美樹を追いかけていたわけで……夜目の効くルインが気づかないわけがない。

 そして映像はルインが見たあの光の瞬間になったが……。

「光らない……?」

 ルインがあの時見た光は映像には映っておらず、その代わりに何か動物のようなものが一瞬映りその直後に煙が画面右側を覆って美樹共々消え去り、それが終わったのを確認してから中央に展開していた白いモヤが消えるのが確認でき、ただ立っているだけのルインだけが残されていた。

「……ルインちゃんこれって」

「小林さん……これを見て私に渡したな。ということはある程度はもう把握できてて、私に任せれば解決まで持っていけると判断したってことか」

 相変わらずの食えない人だなと思いつつも、今回は感謝をする。

 ルインは映像をあの時光を見たタイミングまで動画を移動させて静止画にしてから拡大して確認した。

「これは……」

「犯人はわかったし、確かに塗壁伝承の中にも居たわ。こいつで犯人は確定した。小林さんが私に任せた理由もね、小林さんだと逃げられちゃうのが確定するから」

 二人は画面に表示された拡大画像を見て、今回の塗壁騒動の犯人を確信したのだった。




「それでは失礼します……」

「失礼します……」

 ルインと丁奈が真犯人を確定させていた頃、龍五郎と小虎は失踪直前まで美樹と一緒にいた人間として職員室で事情聴取を受けて、今それが終わったのだった。

「美樹……」

「小虎、俺たちは実際に起きた事件に関しては知らなかったわけで、三田村が失踪しそうな雰囲気なんてなかったのは知ってる。何より恐らくあいつが何かに巻き込まれたとすれば、俺たちはそれを知られる立場にいるはずだ」

 昨日龍五郎はルインに対して美樹のことを頼んだのだ、今日は無関係とは言わせない。

「あ、そっか……ルインさん」

 小虎も思い出したようで龍五郎は首を縦に振る。

 直前まで一緒に居たということで小虎は必要以上に落ち込んでいたから元気づけようとした龍五郎の考えだが、思った以上に効果があったようで。

「もう授業は終わってるわけだし……急ごう龍五郎!」

「おま……カバン!」

「じゃあ教室に行ってから早く!」

 この時龍五郎は余計なことを言ったかな、と思いもしたが元気のないしおらしい幼馴染を見るくらいなら、この程度の強引なものくらいはおとなしく受けようと思ったとは、口が裂けても言えないなと龍五郎は微笑むだけに留めて心の中にしまっておくのだった。




「それじゃあ二人が来たら止めておくわね」

「ありがとう丁奈、それじゃあ真犯人締め上げてくるわ」

 その頃イーリスでは、ルインが準備を整えて真犯人の討伐に出発するところであった。

「あの二人にはあれこれ言われそうだけど、この手の手合いは人質をあまり躊躇わないからね、危険なところに連れて行くことは流石にできないわ」

「そうねぇ、特に小虎ちゃんはすごい剣幕でルインちゃんを問い詰めそうね」

 丁奈に言われてその様子を少し想像して、ルインは既にゲンナリしてしまう。

「ま、まぁ今回は小林さんにも連絡済みで、応援要請をしておいたし……何より最初の犠牲者に関しては警察じゃないと解決は不可能だから、説明役として少しイーリスに来てもらうわ」

 事件が解決した後ならば、守秘義務も緩くなるというもの。

 ここは専門機関の専門家に直接説明させたほうがいいというルインの考えなのだが……。

「あの小林さんが素直に乗ってくれるかしらねぇ……」

 小林は一癖も二癖もある妖怪事件対策課のボスということもあって、人一倍以上に癖が強い。

 ルインも絶対にさせるなどとは思っていないようで。

「ま、逃げられないように来てもらうように頑張るだけ。後はあの子たちが問い詰めてくれるでしょ。それじゃあ行ってくるわ」

「はーい、行ってらっしゃいよー」

 足早にイーリスの扉を開けようとしたルイン、そして……。

「間に合った!絶対ルインさんいると思ったから!」

「おい小虎!」

 勢いよく開け放たれたドアにルインは顔をぶつけてうずくまる。

「ルインさん、大丈夫ですか?」

「あぁうん、ちょっと鼻を打っただけだから。それと私はもう出かけるわよ」

 龍五郎の手を借りて立ちながらルインがそう言うと小虎が詰め寄り。

「その前に美樹がいなくなった事件について知っていることを教えてください!」

 そう言う小虎の襟首を丁奈が掴んでルインから離した。

「ダメよ小虎ちゃん、守秘義務以前にお仕事の邪魔になっちゃうから。それにルインちゃんは今から真犯人のところに行くの。危険だから二人はお留守番よ」

 丁奈の言葉に反応したのは龍五郎。

「そんなに危険なんですか?」

「危険……なのかしら?」

「いや丁奈……まぁどんな妖怪でも、普通の人間なら危険性はあるわよ。それが例え人のことが大好きな妖怪でもね」

「でもルインさんは……」

 小虎の言葉を遮るようにしてルインは首を横に振り。

「単純に身体能力が極めて高いというのは十分に驚異。クマと同じようなものだからね。小虎ちゃんだって放し飼いのクマは怖いでしょう?」

「それは……」

 違うとは小虎には言えなかった。

 昔超常現象を調べている時に酷い熊害事件の詳細を見てしまったこともあるのだが、クマがただ可愛いだけの動物という認識をする年齢は既に過ぎている。

 クマの機嫌が悪くなり、暴れだしたら人が死ぬ可能性は極めて高いという想像は簡単にできてしまい……。

「で、でもルインさんは……」

 少し泣き声になりつつもそういう小虎の頬をルインは手で触りながら。

「そうね、小虎ちゃんは私のことを知っているから、そう言ってくれる」

 そのルインの言葉で小虎は黙るしかできなかった。

 その力でルインがどのような思いをしてきたのかということが少しは推し量れてしまったからである。

「でもだからこそよねー、じゃあルインちゃん吉報を皆で待ってるわよー」

「えぇ、害獣駆除、行ってくるわ」

 そう言ってルインはイーリスから出ていった。

 そしてその害獣駆除という単語を聞いて龍五郎は。

「……もしかして、動物?」

「うふふ、龍五郎君の予想が当たっているかの答え合わせは、ルインちゃんが帰ってきてからね」

 ルインはそんな笑い声をドアを閉じる直前に聞いて微笑むとスマートフォンを取り出し。

「あ、小林さん。今から捕物するので応援よろしくお願いします。……まぁ予想してましたがやっぱり私をやる気にさせるつもりでアレを渡してきましたね、そこでなんですけど……あぁはい、そこは奢りますよ、それでは現場で」

 通話を終わらせてスマートフォンを懐にしまったルインはすごくいい笑顔で、現場へと向かったのであった。

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