第10話 塗壁の噂・D
「あら龍五郎君に小虎ちゃん。それと……そちらのお嬢さんはどなたか紹介してもらえる?」
龍五郎達が学校を出て、イーリスに向かう最中、道に佇んでいたルインが三人を見つけて声をかけた。
「ルインさん、こんなところで何をしてるんです?」
「お仕事中。自由業みたいなものだからそろそろイーリスに行くつもりだったけど……顔見知りに会ったのなら丁度良いタイミングだったと思って切り上げますか。それで龍五郎君、その子は?」
「あぁこいつは……」
龍五郎が答えようとすると。
「わ、私は三田村美樹って言います!お姉さまって呼んでもいいですか!」
美樹は突然訳のわからないことを口走り始めた。
「お、お姉さま?」
あまりの単語に言われたルインもたじろぎながら聞き返すが、美樹はお構いなしにグイグイとルインに詰め寄る。
「お姉さまのお名前は?雲海君がルインさんと呼んでいましたがフルネームを教えてください!」
「え、あー……フリーデ、ルイン・フリーデ」
ルインが明らかに龍五郎と小虎に向かって助けてと言いたそうな目を向けるが、二人は苦笑いをするだけで助け舟は出さない。
正確には出せないだけなのだが、そのことをルインは知る由もない。
「うぅ……お名前もかっこいいなんて」
恍惚の表情を浮かべる美樹をおいてルインは龍五郎と小虎の肩を寄せて。
「ちょ、ちょっと何あの子は!」
「美樹はまぁ、暴走したらあんな感じなので」
「今回のパターンは初めてですけど……まぁあそこまでいうならルインさんの言うこと聞くと思うので安心してください」
「なんというかあのノリは私苦手なのだけど……」
「ちょっと!なんで三人が小声で話してるんですか!」
「まぁそういうことなんで」
「頑張ってくださいね、ルインさん」
そう言って二人が離れると、美樹がルインの腕に飛びついた。
「おねぇさまぁ」
ルインはその声を聞いて頭を抱えたが、午前中の調査で何も見つけることができなかったのと、警察署と現場を何度か往復した疲労もあったので丁度よい機会と思い、イーリスへとその足を向けたのだった。
「と、いうわけでね私と小虎は出会ったわけですよー運命的ですよね!」
イーリスに着いた後、龍五郎と小虎は仕事着に着替えてからもこの三田村美樹という少女はずっと喋りっぱなしである。
ルインは少々疲れ気味になっていたが、丁奈はこの少女のことを気に入ったらしくオレンジジュースを奢っていた。
「そうなのねー」
丁奈はニコニコと美樹と会話をしているのをルインは眺めながら紅茶を口に運んだ。
「そういえばルインさん、お仕事って妖怪関連なんです?」
「まだなんとも言えない。というか守秘義務の範疇だから分かっても答えないわよ」
「えーこの前は教えてくれたじゃないですか」
龍五郎と小虎は美樹に気づかれないだろうタイミングを見計らってルインに聞くが、当然のことながらルインは内容を教えてくれない。
「あの時はあなたたちは当事者だったからね、守秘義務よりも知る権利のほうが上だと判断した……というよりは知らないと口を止めることもできないでしょ?私の依頼主の意向でしかないけど、概ねそういうところだから諦めて……」
「お姉さまのお仕事ってなんですか!」
二人に内容について諦めろと言おうとしたタイミングで美樹がルインに体を乗り出す勢いで聞いてきた。
「いや内容については……」
「探偵さんだってのは言ってもいいんじゃないのー」
「ちょっと丁奈!」
「ということは今のお姉さまのお仕事って……失踪した人のことですか!」
ルインはため息をひとつ。
「あのね、探偵だって把握したのなら内容を言えないのはわかるでしょ?」
「守秘義務って奴ですね……かっこいいです!」
その言葉にルインは少し安堵する。
あれだけ積極的にベタベタとしてきて根掘り葉掘り聞いてきそうな美樹がそうではなかったと思ったからだが、美樹の次の言葉に頭を痛めることになる。
「でもこっそり、私に教えてくれたりー……」
ルインはこめかみを押さえながら。
「ダメです。守秘義務っていうのは血縁に対してもダメだからね?いくら信用している人、尊敬している相手でもダメ。例外になるのは当事者くらいなものだから」
「むぅ……でもそういうところがお姉さまらしくてとてもいいです!」
ルインは文字通り頭を抱えた。
「ダメよ美樹ちゃん、あんまりルインちゃんを困らせたらいけないわ」
静かに、そしてゆっくりとした丁奈の口調に美樹は何故か震えて。
「は、はい……」
素直に返事をしてルインから少し離れた。
「でもルインちゃん、今の進捗率なら言ってもいいんじゃないかしら。どの事件か言わなくてもそのくらいなら守秘の範囲外よね」
「まぁ……その程度ならいけれども、正直今回のは着手し始めもいいところだからまだ数パーセント程度なんだけど」
昨日初めて龍五郎から聞いた時に事件になる可能性を認識してから、実際に警察が事件化したのが翌日であったことはかなり早い方ではある……のだが、実際にルインが依頼を受けたのは今日で、調査自体もせいぜい八時間程度であったことを考えるとそうそう進むものでもない。
更に言えばルインはあくまで探偵であり、民間人の立場となる。
簡単に言ってしまえば捜査権を持たない立場なので、事情聴取や関係者の名簿などを入手しようと思えば直接警察に赴かなければならないし、その肝心な警察も今日から捜査を始めたため、情報と言えば午前中に小林から見せてもらった監視カメラの映像しかなかったのだ。
なので本日ルインがしたことと言えば現場のコンビニで少し会話をし、現場付近に他のカメラがないかを調べ、あれば小林に直接連絡してカメラの映像を警察に入手してもらうというただただ地味なものであった。
「ま、実際のところ探偵なんて地味も地味。ドラマのような派手な追い込みもないし殺人犯を崖に追い詰めたりもしないのよ」
「ドラマみたいな聞き込みとかってしないんです?」
これは龍五郎、美樹だけではなく他の二人も興味は強かったらしく自然な流れで質問が出てきた。
ともあれ事件内容ではなく、探偵という仕事についての話題になったことにルインは安堵し。
「する時もあるけどね……」
二人のバイトの時間が終わるまで、ずっと説明していたのだった。
「あ、いけない!今日は私が晩ご飯を作らないといけないんだった!ごめんなさいお姉さま、私帰らないといけないんです」
美樹がそう言い出したことで話題はお開きとなった。
ルインとしては珍しくずっと喋りっぱなしだったので、喉が渇いたのか丁奈にもう一杯、いつもの紅茶を注文しているのを見てから小虎は着替えのために丁奈の部屋に向かった。
丁奈の部屋は質素で、小虎の把握している丁奈の性格を考えればかなり物が少なく感じる。
とは言えそれなりに高そうなドレッサーや、そこそこ大きいクマのぬいぐるみもあるし、一度見せてもらったクローゼットの中の服にはどこで着るのかわからないようなドレスまであったので、もしかしたら小虎たちが知らないところで丁奈はドレスコードなどがしっかりしている社交界などに出入りしているのかなと小虎は勝手に想像して、丁奈に直接聞いてみたもののはぐらかされたことがあった。
美樹の家は共働きで家事は当番制で回していると聞いてはいたが、一度も詳しい当番内容に聞いたことがなかった小虎としては少し驚いた出来事だった。
「美樹、本当に大変そうだよなぁ」
兄弟はそれなりにいるらしいが、正確に何人などの会話はしたことがないのでよくわかっていないのだが、少なくともこうしてバイトを許可してもらえる自分とは全然違うことを痛感した。
「そういえば……美樹って一人で帰るのかな、ルインさん送って行ったり……しないかなぁ、あの様子だと」
ルインが喋りっぱなしだったことは大変珍しいものではあったが、それ以上に美樹がルインにくっつこうとして軽く避けるということを繰り返していたことで目に見えて疲労しているのは小虎から見てもわかるほどだったので無理だったろうと思ったのだ。
しかしながら最近不審者が出ると今朝母親から聞いていたので心配になるが……まともに護身術も使えない女子が一人増えたところでどうなのだろうとか、美樹を送った後は自分一人になるとかを考えてしまい、いつもよりも着替えに時間がかかってしまう。
「うー……最近たっちゃんに迷惑かけすぎちゃったし、一緒に来てとか言いにくいからなぁ」
そう独り言をつぶやきながら頭を抱えていると、部屋に丁奈が入ってきて。
「小虎ちゃん、体調でも悪いのかしら。いつもより時間がかかってるみたいだけど……」
「あ、ご、ごめんなさい!……美樹ってもう帰っちゃいました?」
「あの子ならもう一人で帰ったわよー。もしかして送っていこうと思ってたのかしら」
丁奈は笑顔でそう言うと小虎は無言で首を縦に振った。
「ということは……小虎ちゃん、皆に遠慮して一人で悩んじゃったのかしら。ルインちゃんに言えば多分送ってくれたと思うわよ」
「でもルインさん、美樹のことちょっと苦手っぽいし」
「あら、ちゃんと見てるのねぇ。確かにあぁいう子はルインちゃんはちょっと苦手なのよねぇ、学生時代もルインちゃんは女の子ばかりに告白されてて、それで疲れちゃったみたいだから……でもそんなに嫌ってるわけじゃないから、大丈夫よ。苦手と嫌いは別物だから」
「そうなんですか?」
「そうよー、ルインちゃんは面倒見がすごくいいから、一度親しくなった子は見捨てておけないっていうちょっと難儀な性格だから」
それを丁奈が言ってしまうのか。
小虎はそんなことを思ったが、そのおかしな流れについ吹き出すように笑ってしまう。
「うん、元気が出たみたいで良かったわ。とりあえず今日はもう美樹ちゃんも帰っちゃったんだし、小虎ちゃんもちゃんと帰るのよ」
「はい、丁奈さんありがとうございます」
「ん、龍五郎君、小虎ちゃんが出てきたよ」
紅茶を口に運びながらルインが龍五郎に向かって言うと、龍五郎は。
「遅いぞ小虎」
「むー……ごめん」
小虎が素直に謝ったという龍五郎の想定とは違った返答に少し驚くが。
「……まぁいいか、帰るぞ」
照れながら龍五郎が立つ。
「送っていこうか?」
「あ、ルインさんちょっといいですか」
送ろうと言い出したルインに向かって小虎がはっきりとした声で割り込んだ。
「もう遅いかもしれないけど、美樹のこと送っていってもらっていいですか?最近不審者が出るとか今朝お母さんから聞いたもので」
その小虎のお願いに対し、ルインは少し考える素振りをしたが。
「……まぁ、そうだね、いいだろう今から追いかけて追いつけるかわからないけど行ってみるよ。そういうわけだから丁奈……」
「はーい、お支払いはツケでいいわよー。というかすぐに戻ってくるんでしょうしね」
「ありがとう、じゃあ行ってくるわ。二人も気をつけて帰るのよ」
龍五郎と小虎の返事を背中で聞きながらルインは急ぐようにイーリスを出ると、まずは学校の方へと向かう。
先ほど話を聞いていた中に美樹という少女がどこに住んでいてどのようにして学校に来ているのかという情報があった気がして急いで思い出すが……。
「……流してるとやっぱりあまり頭に入ってないか、仕方ない」
イーリスを出る前に小虎にでもあの子の家の場所を聞けばよかったかな。ルインがそう思った時、それが起きた。
ルインの目の前に白い壁が現れ、道を塞いだのだ。
「このタイミングで来るかぁ……どいてくれないかしら、私はさっきこの道を通った女の子を家に送っていきたいのだけど」
言葉が通じるかはわからないが、塗壁の対策を調べていなかったのでとりあえず話しかける。
すると目の前の白い壁に三つ目が現れて。
首を振った。
「困ったわね……」
どうにも敵意を感じない。
野衾のように牙を剥いてくれるのなら、ルインは力技で対処できなくはないのだが、目の前の妖怪、塗壁はどうにもそのような気配がない。
「それどころか、守ろうとしてくれてるのかしら。それなら私よりもあの子のほうを……」
守って。と言おうとした時、白い壁の逆側から何かが光り、煙が上がって……塗壁は消えた。
翌日、小林からの電話で高校生の女の子が一人、家に帰っていないことが伝えられた。
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