第6話 吸血鬼の噂・その後

 本物の吸血鬼、ルイン・フリーデの活躍により事件が解決した。

 などと報道されることはなく、一人の警察官が事件の犯人と思わしき動物と対峙し、襲われた際に仕方なく携帯していた拳銃を発砲し、この動物を仕留めたことで解決したと、テレビに映る女性キャスターが原稿を読み上げていた。

 それを龍五郎と小虎が見たのは翌日、病院のベッドの上でのことである。

 命に別状がないと初期の検査で結果が出ていたが、感染症の恐れもあったために精密検査のため一時入院となったのだ。

 同じく襲われたはずの丁奈は入院していなかったことに二人は不満を漏らしたが、何よりもルインが一度も顔を見せなかったことに心配していた。

「あの事件も三日目となれば、もうニュースでは殆どやらなくなったな」

「まぁ……吸血する動物が原因で、その動物は死にましたって結末だし」

 真相を知らない動物学者や、生物保護を謳う識者とされる人はまだ騒いでいるらしいが、真相を知っている人間は皆揃って口を閉ざしているため仕方がない。

 最も、そんな学者や識者が真実の真相であったのかを教えられたとしても恐らく信じないだろうというのは、入院中の龍五郎と小虎には嫌というほど理解していた。

 当然ながら両親に対しての説明も真相ではなく、大衆メディア向けの説明をしろと今回の事件を担当した警察官が指示してきたこともあり、こっぴどく叱られた後であるからである。

 そのときに丁奈が警察官に『未成年を危ない目に合わせた』ということで怒っていたことが二人の印象に残っていたが、どうやらあの警察官が丁奈とルインが言っていた小林さんという人だったのだろう。

 小林さんは今回のように人間や動物ではない、超常的な存在が起こした事件を担当することは比較的慣れている様子で、メディア対策も小林さんの入れ知恵ではあるがその流れは完全に専門家の慣れ具合だったことから、低くない頻度で今回のような妖怪の事件が起きていることを二人は実感する。

「はーい、小虎ちゃん、龍五郎君元気ー?食事制限も特にないみたいだし、ケーキ、作って来てあげたわよー」

 二人の会話が途切れたところで病室の扉を開けて丁奈が入ってきた。

「あ、食べたいです」

 早速反応したのは小虎、元々体力があったからか小虎のほうが回復が早く、病院で出される食事の量に対して不満を漏らしていたので、丁奈の差し入れは小虎にとって生命線という形になっているのだ。

「龍五郎君は?」

「あぁいえ、今は特に減っていないので」

「食べといたほうがいいほぉー」

「食べながら喋るな……そういえば丁奈さん少し聞きたいことがあるんですが」

「なぁに、丁奈さんが答えられる範囲でよければ、どうぞー」

 龍五郎は少し、考えるような素振りをしてから、言葉を続けた。

「なんで、俺と小虎が同じ病室なんですか。普通の病院なら確か男女別だったと思うんですけど」

「あら、一緒は嫌?」

「嫌とかじゃなく、違和感というか……」

「単純にここは機密性が保てない民間病院だということと、あなたたちが妖怪事件の被害者だからということ」

 龍五郎の質問にまともに答えたのは、今扉から入ってきた……。

「ルインさん!?今まで何やってたんですか!」

「ごめんね小虎ちゃん、今は龍五郎君の質問に答える順番」

 目の下にクマを作っているルインは優しく微笑みかけると、龍五郎の方へと向き直り続ける。

「警察病院なら多少の自由は効くのだけど……丁度ベッドが埋まっていたのと、二人が最初に訪れたのがここだったってことで、事件内容について話さないことを条件に許可が下りたわけ。まぁ警察病院の設備だと感染症の有無を調べるのに時間がかかりすぎるという点もあったのだけどね」

「まぁ人の口に戸は立てられない。って小林さんは理解してるし、多少ならおもしろおかしい怪談扱いしてくれるわよー」

「丁奈……いやまぁ、そのノリで話す分には問題ないわ、基本的に皆信じないから」

 皆信じない。というルインの言葉に小虎と龍五郎の二人の表情は曇る。

 二人とて自ら妖怪に襲われる前に今回の事件の真相を聞いたら確かに話半分で聞き流したり、信じなかったことだろう。

「気をつける点はあまり真実を伝えようとしないこと。周囲は気がふれたと思うし警察からの睨みが強くなるしで何一ついいことはない……そこに実際にやらかしたのがいるから、本当に気をつけることね」

 ルインは丁奈を横目に見ながら、意地悪な笑みを浮かべて二人に忠告した。

「あールインちゃんひどい。私、そんなに孤立しなかったでしょ!」

「そうね、それはあなたが元々そう言った分野に対して熱を上げていたのを皆が知っていただけだから、例外よ、例外」

「それじゃあ私が不思議ちゃんみたいじゃない!」

「あまり違いはないと思うけど?それと病院なのだから静かにしなさい……それで小虎ちゃんお待たせ、私が今まで何をしていたかだけれど、諸々の手続きをしてたの。妖怪事件だと表沙汰にできない分細かい書類が多くって……」

 警察が自体を処理した以上、何かしらの書類が必要になるのは二人にもわかるのだが……。

「それをなんでルインさんがやるんですか、警察の仕事じゃないんです?」

 龍五郎は当然の疑問をルインにぶつけた。

「妖怪事件は警察内部でもかなり小さいから仕方ない……」

「ルインちゃんがその妖怪当事者扱いされたときのお話、する?」

「ちょ、丁奈!」

「じょーだんよ」

 笑い合いながら冗談を言い合う丁奈とルインを見て、小虎と龍五郎は本当の意味でようやく今回の事件が終わったんだなと実感したのだった。

「あ!」

 精神的に安心したのか、小虎が突然叫んだ。

「急になんだよ、うるさいぞ……」

「ルインさんが吸血鬼って……」

「今更ね……まぁそういうことに気を回せるようになったくらい快調したってことだからいいか。そうね、私の場合は先祖返りだけど、一応吸血鬼に分類されるわね」

 小虎が恐る恐る聞いた内容に、ルインは随分とあっけらかんとした口調で答えた。

「正直今隠したところで意味ないし、力は見せちゃったわけだからね。ただ小虎ちゃんの持ってきた噂の大半は野衾が元凶で、私はほぼ無関係」

「ほぼ?」

「そう、ほぼ。だって……」

 ルインは二人にウインクして。

「吸血鬼は、実際にいたでしょう?」

「ルインさん……」

「何?」

「似合わないよ、ウインク」

 小虎の言葉にルイン以外が笑い、連続吸血事件は終わりを迎えたのだった。

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