第4話 吸血鬼の噂・D
「ねぇたっちゃん。小虎ちゃんのこと知らない?」
翌日の朝、母親から急に小虎について聞かれた龍五郎は心臓を掴まれるような感じに襲われた。
「昨日の夜、たっちゃんとコンビニに出かけて帰ってきた後、姿が見えなくなったらしくって……」
「あの馬鹿まさか……」
「何か心当たりがあるの?」
「……いや、でも俺の知ってる最近のあいつの行動だと、精々警察に補導されてるだろうとしか」
母親が小虎のことを聞いてきたということは、小虎は警察にいないということである。
そもそも警察に補導されていた場合、家に送り返されていないわけがなく、今母親の言ったような姿が見えないという内容と矛盾する。
「警察にも連絡して行方不明で探してもらっているみたいなんだけど……」
「母さん、俺今日学校休むわ、適当に理由つけて学校に連絡入れといて」
「ちょっとたっちゃん!」
母親が止めるのも聞かずに龍五郎は食卓を立って、制服から着替えることもなく丁奈のいるイーリスへと走った。
昨日、最後に小虎の姿を見たのは、小虎の家族を除けば龍五郎と、他には丁奈とルインの三人である。
小虎と龍五郎を自宅に送った後、丁奈はそのまま帰るようであったが、ルインはあの後もどれほどの時間かはわからないが街を歩いていたはずで、何か小虎の情報を知っているかもしれない。
「そうでなかったにしても、俺一人であてもなく探すよりは圧倒的マシなはずだ……!」
たかが高校生にできることはしれている。
それは今行方不明になっている小虎にも言えるはずなのだが、今回の事件とは別の案件に巻き込まれていた場合はそれこそ龍五郎には何もできなくなってしまうのだ、そうなってしまう可能性を考えれば親しい人に頭を下げるほうが圧倒的にいい。
場合によっては土下座でもなんでもしてやるという覚悟を持って走り、まだクローズの札が下がっているイーリスの扉を開けようとして……。
「くそ!やっぱり鍵が掛かってやがる!」
「……何やってるの龍五郎君」
鍵のかかった扉を叩く龍五郎の後ろからルインが現れた。
「ルインさん!小虎のやつが!」
「……とりあえず落ち着きなさい。一応イーリスの合鍵をもらってるから、中でゆっくり……は無理そうか、とりあえず話を聞かせて」
龍五郎の様子がただならないことを察したルインはそう言って、腰のポシェットから鍵を取り出しイーリスの扉の鍵を開けた。
「さ、とりあえず私は丁奈を起こしてくるから、一旦息を整えていなさい」
ルインは慣れた様子でイーリスの住居部分へと入っていくのを見送り、龍五郎は言われた通りにカウンター席の椅子に座って息を整える。
少なくとも、ルインは龍五郎の様子に対して察したことから、小虎を探すことについては断られることはないという安心感を得られたことで落ち着いて深呼吸をする。
「ふぁぁ……おはよー」
「さっさと顔を洗ってきなさい、どうも良くないことが起きてるみたいだから」
「あれ龍五郎君…………わかった、目を覚ましてくる」
普通ならこの時間にいないはずの、しかも肩で息をしている龍五郎を見た丁奈はスイッチを切り替えたように再び住居スペースへと戻り、支度をし始めた。
「さてと、とりあえず概要だけ聞いておいてみようかな。二度手間になるかもしれないけどお願いできる?」
「…………小虎がいなくなりました」
「……了解、二度は言わなくていい。丁奈には私から伝えるから」
龍五郎の肩に手を置きながらルインは優しい口調でそう言った。
「それと、今の龍五郎君に伝えるべきか悩むところだけれど……昨晩、あの後私は小虎ちゃんには会っていない。無論話に行ったあの警官も小虎ちゃんとは会っていない」
それは龍五郎としては聞きたくなかった情報だった。
しかし同時に下手な希望を持ち続けるという、ある種では一番辛い状況から解放してくれる情報でもあり、龍五郎は深い、深い深呼吸をして気持ちを切り替えようとする。
「それで何が起きてるの」
「小虎ちゃんがいなくなったらしい、龍五郎君が今ここにいるということは親御さんは既に警察に連絡はしているだろうが……いてもたってもいられない状況の子は見捨てては置けないだろう?」
「小虎ちゃんが……むしろ私は関係者過ぎるわね、しかもいなくなったタイミング的にも原因の一端になってそうだし、当然探すわよ」
「……ありがとうございます」
「龍五郎君がお礼を言う必要はないわねぇ、これは私たちも無関係じゃないお話だし……とりあえず何か飲み物を淹れるわね、私は目覚まし、ルインちゃんはいつもの……龍五郎君は落ち着くために、ね」
そう言って丁奈はカウンターの中に入り、お湯を沸かし始めた。
その丁奈の動きを見てからルインは龍五郎の隣に座り、話し始める。
「さて……私は伝手を使って警察側の情報も仕入れておこうと思うが、龍五郎君はどう動くつもりだ」
「どうって……足を使って」
「補導されて終わりだな。だが思いは大変よくわかる……そこでだ、龍五郎君にはここで待っていてもらって、私と丁奈が持ってくる情報の整理をしていてもらいたい」
ルインは龍五郎の言葉を一瞬で切ったが、すぐに代替案を提案した。
最近発生している傷害事件に合わせ、少女の行方不明事件が起きたために警察官が増員されて巡回しているだろう。
そのことは龍五郎にしても頭では理解しているが、動いていないと落ち着かない。
いつも小虎に付き合わされているとはいえ、インドア思考の龍五郎としてはこのような気持ちになったのは始めてであり、不安に押しつぶされそうになるのを耐えるしかないというのは苦しい。
「はい、これを飲んだら出発でいいのかしら」
「そうね……龍五郎君、今のあなたはおそらく暴走する。だから待っていて欲しいの。現に学校を休んで今ここにいるのが、その証明」
「ルインちゃん厳しいわねぇ」
「誰かさんのおかげで、暴走してる子の相手は慣れてるだけよ……必要なら動いてもらうし、そのために連絡を取り合うからそこは安心しなさい。丁奈、あなたが昔使ってたアレ、出してきて」
「アレ?」
「通信機。昔の周波数は今も使われてないから問題ないし、私としては警察無線を受信できるのは今の状況では嬉しいもの、今使わなくていつ使うの」
「そうねぇ、じゃあ持ってくるわ」
トントン拍子……というのは語弊があるが、まさにそんな速度で話しが進むとは思っていなかった龍五郎は先ほど出されたコーヒーを持ったまま固まっていた。
「さてと……丁奈が通信機を持ってくるまでの間、少し落ち着きましょう。これから嫌でも落ち着けなくなるのだから」
そう言ってルインは紅茶に口をつけた。
「……ルインさんは、何故これほどまでに気にかけてくれるんですか」
コーヒーを口につけずに、ついそんな言葉が龍五郎の口から漏れ出た。
その言葉を聞いたルインは、カップを置いて少し思案する仕草をしてから。
「……そういえばなんでかしらね」
「俺たちは従業員と常連っていう関係しかないのに、なんでなんですか」
「あぁそうね、比較的親しい顔見知りだから」
あっけらかんと言ったルインに対し、龍五郎はあんぐりと口を開く。
「まぁ普通ならそのラインは赤の他人よね、龍五郎君の反応はよくわかる。でもなんというか……丁奈に付き合ってたらこうなってたというところね、我ながらお節介になったと自分でも驚いてるわ」
そう言いながらもルインは満更でもないような笑顔を見せる。
「通信機持ってきたわよ、親機を龍五郎君でいいのよね」
「むしろ魔改造してあるのその親機だけでしょうに。龍五郎君、丁奈の通信機は多人数での通信が成立するようにしてあってね、この親機は複数を同時に取得してこっちにログを表示するようになってるの」
そう言いながら通信機を開いたり、裏を見せながら点灯する場所を指し示していく。
「これならスマホでも……」
「無料通信アプリは便利ではあるけれど、足が残るから。これは残らない」
完全に犯罪者の言葉である。
「何より煩わしい返信に気を使ったりしなくて済むのが一番いいところ」
こちらが完全に本音である。
「とにかくこれで私と丁奈が手に入れた情報をまとめていてちょうだい。体力のある私と丁奈が外、小虎ちゃんのことを一番知っている龍五郎君がまとめ役、いいね」
「大丈夫よ龍五郎君、私たちだけじゃなく警察の人たちも小虎ちゃんを探してくれているのだから、すぐに見つかるわ」
「私はそう簡単に約束はしないけど、全力は尽くす。だからまずは待っていて……じゃあ行くわよ丁奈」
「あん、待ってよルインちゃん。じゃあ龍五郎君、行ってきます」
龍五郎の返事を待たずに二人は出て行ってしまった。
残された龍五郎は先ほど説明を受けた通信機を手に取り、操作を確かめてから改めて丁奈の淹れてくれたコーヒーを飲むと。
「少し……冷めてるな」
完全に誰かに頼らないと幼馴染一人、まともに探すこともできないのかという思考あ頭をよぎるものの頭を振り、目の前の通信機に届くであろう丁奈とルインの言葉を待つことにした。
「それじゃあルインちゃんはお巡りさんたちと連携してね、私は昨日の場所周辺から痕跡を調べてみるから」
「わかった、丁奈も無理しないように」
そう言って走っていくルインを見送ってから丁奈は改めて昨晩調べた、あの街路樹のところまで駆け足で向かった。
自分に責任があるのではないかという気持ちで丁奈は足の回転を早めるが、手がかりもなしにしらみつぶしによる捜索というのは、学生時代に色々やっていた丁奈にとっても始めてもことである。
そもそも行方不明の人間を捜索するなどということ自体、普通ならありえないのだが丁奈は学生時代、ルインや他の人間を巻き込んで迷い猫を探したりなどをしていたためにあてもなく探し回るのは経験しているのだが……。
「まさか親しい人が誘拐されるなんてね……」
まだ誘拐とは決まっていないのだが、丁奈自身も始めての事態で焦っている。
「さて……」
すぐに街路樹の場所に到着するとまずは周囲を見渡す。
昨晩調べた時には特別気になるようなものはなかったはずだが、1つだけ、あえて気にしなかったものがあった。
「あれは、猫の足跡じゃないと仮定すれば……」
今回の事件に関わる理由ともなった小虎の吸血鬼騒動。
丁奈は小虎の作った資料を見たわけではないが、吸血鬼でないのならば小虎の調べていた妖怪などが存在していて、それが猫と同程度の体躯を持った存在ならば昨晩見たあの足跡が手がかりになる。
ともかく昨晩確認した街路樹へと登り、再びあの足跡を確認すると……。
「なんで昨日、これの違和感に気付かなかったかな私……」
木の上に登り、足跡を確認した丁奈は呟いた。
足跡は葉についていたが葉は潰れておらず、折れてもいなかったのだ。
猫がつけた場合、潰れるか折れるかはするため、この足跡は猫ではありえない。
「猫より重い動物は除外、となるとムササビ、リス、モモンガ……それくらいの小動物」
丁奈は降りるのも忘れて通信機のスイッチを押して。
「龍五郎君、小虎ちゃんが作ってた資料に小動物とか出てきたりしてた?オーバー」
丁奈が通信機に話しかけてから少し経って。
『あ、えっと……これでいいのかな。何かわかったんですか丁奈さん』
龍五郎の声が途切れるも、丁奈は答えない。
『いやオーバーの意味とか普通はわからないから。龍五郎君、この手の通信機だと会話を文ごとに分けて、どうぞ。会話終了時にオーバー。まぁ丁奈は思いっきり間違った使い方してるけど、日本語で使うのならこれで通じる。海外だとオーバーだけでいいみたいだけど、どうぞ』
ルインの声ではあるが、丁奈の通信機に入ってきたその音声は少しノイズがひどい。
これは親機である龍五郎側で受信し、再度その音声を飛ばしているからであるのだが、市販のトランシーバー等にはそのような機能は存在していないが、丁奈が持っていた通信機の親機にはサーバー、またはルーターのような機能が追加されていて登録している子機同士を繋ぐことができるのだ。
しかしながら一度中継するために子機同士の通信はあまり音声がよくないのと、携帯端末の普及によって丁奈はこれをしまっていたのだが、今回のように後々警察などに追求された場合にはこれが便利に使えるわけである。
最も、親機を調べられたら終わりなのでどのみちあまり変わりはないのだが、今この三人にとってはそこは重要ではない。
『あ、そうなんですね……小虎の作っていた資料には飛倉っていうモモンガだかミミズクに例えられる妖怪について記載がありましたけど、どうぞ』
「そう、妖怪ね……ルインちゃん知ってる?どうぞ」
『指摘されたからって急に変えなくてもいい。飛倉……もしかして野衾かしら、あれは中型動物までの生き血を吸うとかそんなものだった気がするのだけれど……ちょっと待ってね』
どうぞ、とは言わなかったので二人は黙ってルインの次の言葉を待つ。
『うん、少し調べてもやっぱりそうだわ。普通の……というのはおかしいかもしれないけれど、妖怪の野衾は猫とかの生き血を吸う妖怪。ただコウモリに見立てられることもあるらしいから……今回の事件と無関係である。と切り捨てるには符合する点が多すぎるのが気になる』
コウモリという単語にルインの話を聞いていた二人は息を飲んだ。
「でも、吸血鬼イコールコウモリは創作でしょう?」
『そうね、丁奈の言うとおり創作。特に日本には明治以降になるまで吸血コウモリに該当する種族はいなかったということもあるの、ということは……日本には本当にそういう妖怪が存在していた可能性は、否定できないということでもあるわ』
『それで……否定できないとなると、どうなるんです』
少し震えた声で龍五郎が質問をした。
『私としてはなんとも言えない。いることも、いないことも証明できないのだもの。ただ居たとしてもおかしくなく、今回の事件にそいつが関わっている可能性はゼロから数パーセントに変わったくらい』
「まぁそんな妖怪が元気に暴れまわったら、駆除されて終わりですものね。人間という動物はそうやって繁栄したのだから」
『それはまぁ極論だけどね。ともかく、考える必要になる可能性には達していない。どのみち情報が足りてない。ごめんなさい、長々と話したけれど結局のところ何も分かっていないのと同じで……』
「私がお話を振ったのだから謝らないの。じゃあ追加で調査するわね……」
丁奈がオーバーと言おうとしたときにそれが起きた。
丁奈に向かって、人間の子供ほどの大きさの何かが飛びかかり、丁奈の通信が切れた。
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