第3話 吸血鬼の噂・C

「昔を思い出すわねぇ」

「というよりもなんで私まで呼び出されたのか、教えてもらっていいかしら丁奈」

 昨日と同じコンビニの前には、先日よりテンションが低めの小虎と、半ば義務のように呼び出された龍五郎、そして自ら申し出て参加してきた丁奈と何故かルインまでその場にいた。

「だってルインちゃんがいれば安心できるでしょう、強いもの」

「……最近鍛錬してないから、なまってるわよ」

「うふふ、頼りにしてるわよー」

 この丁奈のテンションに押されて龍五郎は苦笑いをすることしかできないでいると。

「あぁ龍五郎君、一応私と丁奈の監督責任ってことだから安心して頂戴。必要があってお手伝いしてもらっていることになっているらしいから」

「は、はい」

 それは丁奈だけの責任になるのではないのだろうかと龍五郎は思いもしたが、言葉にはしないでおくことにした。

「でもルインさんが強いってどういうことなんです?」

 なので話題をズラす意味でも今の二人の会話の中で気になったことを質問してみると、ルインは何とも言えない表情で答えてくれた。

「いやね、お祖父様から護身術を叩き込まれただけで、そんな大層なものではないよ」

「その護身術で格闘系運動部の主将をちぎっては投げをしたのにー」

「あれはあいつが弱かっただけよ……万年予選一回戦負けの相手に負けたら護身術も何もないでしょうが」

「そうだったかしらー?」

 いたずら顔の丁奈さん可愛いな。

 龍五郎がそんなことを思ったところで今まで黙っていた小虎が口を開いた。

「……でも、本当にいいんですか」

 いつになくしおらしい小虎に龍五郎は後ろめたさのようなものを感じる。

「私がやりたいのだからいいのよ」

「まぁ丁奈も学生時代似たようなもんだったし、気にしないでいいよ。今丁奈は絶対心底楽しんでるから」

 意外だなと龍五郎は思うも、そう説明したルインの顔がやれやれというものではあるが口が笑っているところを見るとルイン自身も今の状況はまんざらでもないのかもしれない。

「まぁ丁奈の言う私の強さがとは言わないが、少なくとも君たちを無事に親御さんの元に返す責任は請け負うよ。丁奈は昔から言い出したら曲げないし、一度やれば満足するだろうし、今回だけ、付き合ってくれ」

「え、あ、あの……は、はい」

 真剣な表情でルインはそう言うものの、どうにもパーソナルスペースが小さいのか龍五郎と額がひっつきそうな程に近く、龍五郎はどもってしまう。

 ルインはクォーターではあるものの端整な顔立ちで、思春期真っ只中の少年にはいささか刺激が強すぎるものである。

「あ、ごめんなさい近かったわね」

「ルインちゃんはいつも近いものねー。それで昨日はどこで事件が起きたのかしら」

 本当に丁奈さんはノリノリだな。

 龍五郎はそう思いながらも昨日歩いた経路を思い出してから。

「あっちですね、街路樹のある表通りから少し路地に入ったところです」

「ちょっと曖昧だね、まぁ事件があって急いで駆けつけたのなら当然か」

 ルインさんは特に変わった表情でもなく、言葉のとおりの心境なのだろう。

 しかしながら龍五郎は申し訳ない気持ちになり少し下を向いてしまうと……。

「あぁいや責めたわけじゃない。普通なら悲鳴なんて非日常が起きれば冷静さを失うものだからな、むしろ現場を把握できていただけでも十二分だよ」

「でも、特定ではないですし……」

「大丈夫だ、犯人の気持ちになれば即他の人間が駆けつけてくるのなら同じ場所でとはならないだろう。それこそ犬畜生……と言っては犬に失礼だが、知恵を持たぬ動物の仕業でなければそうないだろうからね」

「そうよーそもそも現場に待機し続けるわけには行かないのだから、この辺りくらいで問題ないのよー」

 そういう丁奈さんは今ちょっと子供っぽいな。

 龍五郎だけでなく小虎もそう思うほどに、今の丁奈はテンションが上がりきっているようで、おもちゃを前にした子供のように落ち着きがない。

「これ以上話してると、丁奈が脱ぎだしかねないし早く行きましょうか」

「ちょっとールインちゃん私はそんなことしないわよー」

「ほら行くわよ」

 そんなやり取りをする二人は笑顔で、すごく仲良しに見える。

 丁奈とルインが幼馴染……というわけではないが、旧知の仲であることは疑いようもないほどの関係に見え、丁奈がイーリスを開店させたときに真っ先に来店したのがルインであるというのも、それなりの付き合いになりつつある小虎と龍五郎にもわかってきた。

「俺たちも行くか」

「……うん」

 こうして四人はしばらく住宅街の中を歩いていると、昨日最初に異変が起きたあの街路樹が立ち並ぶ表通りにたどり着く。

「昨日はこの辺りで、あの辺りの木だけがざわめいたんです」

「ふぅん、あの木が揺れたのね」

「で、調べるの?丁奈」

「勿論!だから動きやすい格好してきたんですもの」

 そういう丁奈の服装は、小虎と龍五郎の通う高校指定のジャージである。

 あまりに自然に着ていたことと、最初に見たときにツッコミをし損ねたことで放置していたが、普段の格好からすれば明らかに違和感……なのだが、普段二人が見る丁奈の姿はイーリスのマスター服なので感じただけであり、旧知の仲であるルインにとってみればそんな違和感を感じていないような態度でもあった。

 そしてそう言った丁奈は早速という感じに龍五郎の指差した木を両手で掴むと登り始めた。

「ちょっと丁奈さん!?」

「私、木登り得意なのよー」

 小虎の驚きの声に軽く返した丁奈は、その言葉を証明するようにするすると木を登っていくとすぐ高い場所にある太めの枝に座った。

「それで、どのあたりが揺れたのかしら」

「それは流石に……」

「まぁそうよね、それじゃあ適当に調べていきましょ」

 丁奈はそう言って手の届く範囲の葉から調べ始めた。

 完全に慣れた手つきのそれは龍五郎と小虎が呆然とするほどで……。

「あら青虫。街路樹にもいることがあるのねぇ」

「蜘蛛さんこんばんわー」

「あらカラスさんおやすみのところごめんなさいねー」

 虫や鳥に物怖じするどころか語りかけるほど気軽に、そして軽々と調査を進めて早々に一本の街路樹を調べ尽くしてしまった。

「特に変わった感じはなかったわね、青虫がいたくらいかしら」

「そう、じゃあ隣もさっさと調べて頂戴。私は下にいないとこの子たちの保護責任が果たせないから」

「そう、ルインちゃん小虎ちゃんと龍五郎君はお願いするわね」

 呆然としてる二人を他所に、丁奈は軽い動きで次の街路樹へと移動して登っていった。

「……これ、俺たち必要ですかね」

「話の出処が小虎ちゃんだったからでしょ。丁奈はそういうのを大切にするから」

「そういうのって……」

「じゃあ聞くけれど、小虎ちゃんは自分がいない場所で事件が解決してしまってスッキリするの?」

 ルインがそう言ったところで、二人は理解した。

 二人を連れてきた理由は、二人も事件の当事者と捉えた上で目の前で解決して見せようといったところだろう。

 そうでないにしても、小虎の言ったような妖怪なんてものは存在しないという証明を目の前で行うだけでも、一番最初に丁奈が言っていた『危ないから夜出歩かないで』というものを果たすことができる。

 最も、先ほどの丁奈の表情からすれば、それ以外の私情がふんだんに含まれているのだろうが、今の二人にとってそこは特に重要ではない。

「んーちょっと大きめの足跡っぽいのはあるけれど……この程度なら猫の可能性は否定できないわねぇ」

 そう言いながら丁奈は木から降りてきて服についた木屑などを払い落としていた。

「おかえり、ということはここには証拠や証明できるものは存在なかったということね。それで丁奈、この後はどうするの」

「一時間程お散歩しましょうか。それで何も起きなかったらお開きにしましょう」

「そういうことだけど、二人はそれで問題ない?」

「え、はい……大丈夫ですけど……だよな小虎?」

「う、うん。丁奈さんがここまで動ける人だなんて思わなかった」

「驚いたでしょー」

「君たち!今日も出歩いているのか!」

 丁奈が胸を張ったところで、龍五郎と小虎にとっては聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。

「残念、時間切れみたいね」

 丁奈は舌を出していたずらが見つかった子供のように振舞っているが、龍五郎と小虎にしてみれば丁奈とルインの二人に迷惑をかけることになるため気が気ではない。

「巡回ご苦労様です」

 走り寄ってきた警察官に対してルインが物腰柔らかに声をかける。

「あなた方は?」

 当然、親兄弟には見えないため警察官は質問をした。

「私はルイン。この子たちのとの関係は……まぁ私が行きつけにしている喫茶店の従業員と常連という程度の関係です。彼女は二人の雇い主ですよ」

「そうですか、では何故このような時間に未成年を連れ歩いているので?」

 最も、どれだけ物腰柔らかに言ったところで警察官は動じるわけがなく、当然の質問が返ってきた。

「ごめんなさい、喫茶店の新しいメニューについてお話していたら時間を忘れてしまって……今この子たちをお家に送っている最中なんですよ」

 何故かウキウキな丁奈は平然と嘘を言っている。

 しかしながらあまりに堂々としたその嘘に対して警察官は。

「……まぁいいでしょう。ですが未成年に対してこんな時間まで時間的拘束するのは関心できませんので、次からは気をつけてください」

「はーい、お巡りさんもお仕事ご苦労さまです」

 丁奈の軽いノリは変わらなかったが、警察官は納得して再び巡回に戻っていった。

「……うん、いい人なんだろうけれど、治安維持の観点からするとちょっと不安になるね」

 警察官の姿が見えなくなったところでルインが突然そんなことを言った。

「まぁ、私の嘘くらいは見抜いてるでしょうねぇ。それでも見逃してくれたのはありがたいわね」

「え、嘘ってなんで……」

「私の言い訳のとおりなら、私がジャージである必要はないし、何より汚れてるもの」

「もしくは木登りを見られていたかね」

「あぁそうか……喫茶店を閉めて送るだけなら着替える必要もないから」

「そういうこと。……まぁあのお巡りさんとは顔見知りでもあるし、またかって感じだったのかも」

「どういうことです?」

 小虎が丁奈の発言の意味について質問をすると。

「丁奈が学生の時にお世話になってるから。この子、学生の時もあなたたちと同じようなことやって補導されたりしてたのよ」

 ルインが説明をして、丁奈はテヘと言いながら舌を出していた。

 単純に、トラブルメーカーだった少女が大きくなっても変わっていなかったという話であるが、あの警察官はそんな丁奈の姿を見て少し懐かしくなったりしたのだろうか。

「まぁ、あの人が丁奈のお店の二番目のお客だったのもあるかもね、感慨深いんでしょ、色々と……だからこそ私は治安に対してちょっと不安になるのだけど」

「もうルインちゃんは心配しすぎよー」

「誰のせいで頭痛めてると思ってるの……でもまぁ、注意もされたし今日はこのまま解散……の前に二人を送っていかないとね」

「お二人がそれでよければ、俺はいいですけど……」

 そう言った龍五郎は小虎の様子を横目で確認すると、小虎も首を縦に振り肯定の意志を示した。

 昨日の自分の言葉がまだ響いているのだろうか、と龍五郎は思いもしたが、あの時言った言葉が丁奈さんたちに迷惑がかかるというものだったことを思い出して少し違和感を感じるも、今日はもう帰宅できるということなのでその違和感は気にしないことにしてルインの言葉に甘えることにした。

「まぁ、皆が帰った後、私が帰り道がてら少し気をつけてみるから、何かあれば明日イーリスで報告させてもらうよ」

「それ、ルインさんが危ないやつじゃ」

「ドラマとかだと思いっきり被害者になるやつね、大丈夫、あの警察の人とも少し話がしたいだけだから」

 むしろ事件に関してはそのついでである。ということ。

「ルインちゃんずるいわー」

「あんたは明らかに注意されるだけだからやめときなさい」

 そんなやり取りをしながらも、無事に小虎と龍五郎の自宅について丁奈とルインの二人と別れることとなった。

「それじゃあまた明日ねー」

「はい、丁奈さんとルインさんもお気をつけて」

「ありがとうございました……」

「また、明日ね」

 別れの挨拶で何故か元気のない小虎に対し、もっと違和感を持つべきだったと翌日の龍五郎は後悔することとなるとは、この時思いもしなかった。

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