第11話 放課後の教室で
今日のクラスの日直は私。あとは丁寧に書いた学級日誌を先生に届ければ仕事は終わりだった。
うちのクラスの担任がいつも居る教室を訪ねると今日は不在だった。
「校舎内のどっかには居ると思うんだけど」
他の先生に言われて居そうなところに足を運ぶ。
準備室とか事務室とか。それでやっと先生と廊下ですれ違うことが出来て学級日誌を手渡した。
「ありがとう。じゃあ、気をつけて帰ってくださいね」
先生と別れて荷物を取りに教室に帰る。さっき出てきた時優希くんが遊びに来てたし、早めに帰らないと待たせてしまう。
少し早足で帰って教室の前まで来ると中から優希くんともう1人、朱音ちゃんの声がした。
優希くんは私の彼氏、朱音ちゃんは私の1番の友達。2人の声はどちらも聞き慣れてるけど同時に聞くことはまずないから不思議だった。
いけないことだとは分かってても教室には入りづらくて聞き耳を立てる。
「優希くん、1人なの?」
「違う、優愛今先生のところ行ってて。すぐ帰ってくると思うんだけど」
「そっか」
「高橋さんは?帰らないの?」
「う〜ん、もうそろそろ帰ろうかな〜」
「帰るところなんだ。じゃあ、またね」
優希くんと朱音ちゃんの他愛もない会話。最近の世間話とかがドア1枚隔てた向こうから聞こえてきた。
「最近、一人暮らしする物件見に行ったんだけど、結構難しくてさ。地元とは勝手が違うし」
「へぇ?で、いい所あったの?」
「うーん、あんまり・・・。もう少しお金出せばいい所もあるっぽいけど毎月のこととなると安易に値段の上限上げるのもなんかなぁって思うし。」
「じゃあ、どうするの?」
「誰かとルームシェアとか。家賃折半しながら上手くできれば安く済むだろ。例えば、優愛とか。俺と優愛の学校の中間に家借りて。俺、優愛となら上手くやってける自信あるし」
入るタイミングを見計らいながらしばらく聞いていたけど次朱音ちゃんから出た話題に耳を疑った。
「優愛か〜。そう言えば、この間の話!」
「この間・・・。なんだっけ?」
「優愛のことで色々相談してくれたじゃん」
「あー、嫌われてるかもってやつ?大丈夫だよ。あれからも相変わらず上手くやってるから」
「え?でも私聞いたら嫌いだって言ってたよ。告白されて断りきれなかったから付き合ってるけどって」
私はそんなこと一言も言ってない。むしろ好きだと話していたのに朱音ちゃんの口から出たのは真逆の言葉だった。
私も耳を疑ったが、優希くんも耳を疑っている。それだけ今まではちゃんと信じていてくれてたと安心して、これからも朱音ちゃんには流されないで欲しいと祈る。
「優愛、言ってたよ。優希くんに大人ぶられて優愛のことは子供扱いするからやだとか、優希くんに自分のこと話しづらい、そういうオーラ出されるとか。あと心配性な性格が過保護すぎてしつこいとかも、言ってたかな」
「優愛、そんな素振り少しも・・・」
全部全部嘘、優希くんが大人っぽいところも、過保護なところも全部好きなところなのに嫌いなところに変換されて優希くんに伝わっていく。
朱音ちゃんから伝わっていく嘘の情報に優希くんがショックを受けている。
嘘だと入っていきたい想いと今入る気まずさで葛藤した。
「でも、実際本音はそうみたい。優希くん、可哀想・・・」
そして次の朱音ちゃんの言葉に驚いて声も出せずに固まってしまった。
「あ、そうだ。優希くん私と付き合ってみない?」
「え?」
「私なら、優希くんの短所も長所も愛してあげるし、何より優希くんのこと大好きだから2人で笑って過ごせるように努力する!嫌いな人と付き合ってることないって」
「は?ちょっと待って!展開早すぎて・・・。つまり、優愛は俺の事が嫌いで高橋さんは俺の事が好き、だから乗り換えろ、と?」
うん、と朱音ちゃんがドアの向こうで満面の笑みで頷いてるんだろうなと簡単に想像がつく声が聞こえた。
「ダメ?」
「…急には無理だよ。俺は、高橋さんのこと、ただの友達とか知り合いだと思って接してて、そもそも俺まだ優愛のこと好きだし。今は無理かな」
「優愛よりずっと前から好きだったのに!!」
「そっか、昔から好きで居てくれたんだね、ありがとう。でも・・・」
「この間、お昼休みに廊下ですれ違って笑って、会釈もしてくれたじゃん!」
徐々に朱音ちゃんの声が大きくなり、怒りの感情が言葉に混ざる。
「それは、知り合いにはそうする、でしょ」
朱音ちゃんの感情はここ数分コロコロと変わっていった。笑ったり怒ったり忙しい。
「今は付き合うとか無理!優愛のこと好きだし」
「でも、優愛は優希くんのこと嫌いなんだよ?」
「そりゃあ、高橋さんはそう聞いたかもしれないけど俺は、優愛本人から聞くまで優愛のことを信じたい、別れる覚悟決めてから自分で確かめるから」
別れる?私は別れたくない。好きで大好きで堪らなくてずっと優希くんのそばに居たい。
「でも、優愛は嫌いって言うよ?だったらあえて傷つきに行かなくても良くない?」
「だからそれは高橋さんが聞いたことで・・・」
「あ、高橋さんって呼び方がいけないんだよ。距離感じちゃって。今から朱音ちゃんって呼んでよ」
「え?今?後で良くない?まだそんなに仲良くもないし、これからだんだん変えていけば」
「えー、後回しはダメ!絶対今」
「あー、もう!分かった分かった。…朱音ちゃん。これでいい?」
「ありがとう!ねぇ、これから2人で遊びに行かない?」
「2人きりは無理だよ」
「ねぇ、お願い〜」
「うわ!何すんだよ!抱きついてくんな!」
朱音ちゃんが、優希くんに抱きついた?
もう入りづらいとか、様子を伺っていようとか言っている場合じゃなくなった。
勇気をだして教室のドアを開ける。開けると2人が同時にこちらを見た。
一方はやばいという顔、一方は必死に助けを求める顔。
「優愛、これは!」
「優愛、残念!優希くん優愛よりも私の方が好きだって!優愛とは優希くん別れたいんだって。で、私と付き合うの!」
「おい!朱音ちゃん!」
「ねぇ、そうでしょ?」
「いや、違うって。あか・・・高橋さんの言ってることは全部嘘だから!俺は優愛のこと好きだから。大好き!高橋さんのこと、恋愛対象として見てないから!」
それは知ってる。さっきからこっそり聞いてたから優希くんに非が無いのは分かっている。
それより朱音ちゃん。朱音ちゃんはどうか分からないけど少なくとも私は朱音ちゃんを1番の友達だと思ってきた。優希くんのことも、なんでも相談して、応援してもらってるものだとばかり思っていたからこそショックが大きかった。
気づけば教室から背を向けて走っていた。
とにかく逃げたかった。
止めたくて教室のドアを開けたけど今更すごく後悔している。
開けなければ良かった。
開けなければ少なくともこんな思いにはならなかったのかなと考えを巡らせた。
自分の思う以上にショックが大きい。
走って走って、気づけば駅に来て、切符を買っていた。
いつものあの場所に行こう。
1人で電車に乗ってあの場所を目指す。ボーッと揺られて最寄り駅に着く頃には辺りはもう薄暗くなり始めていた。
1人でここに来るのは久しぶり。いつも中村さんと一緒。ああ、中村さんも呼べば良かった。
今更だけど中村さんを電話で呼び出そうと思った。
しかし、教室を飛び出してきたから手には何も持ってない。
スマホもカバンも教室の机の上だったと思い出す。
しかし、スカートのポケットに手を入れると1つだけ物があった。
いつもの『あれ』
──カッターナイフだ。
いつもリストカットをするように持っているカッターナイフだけがスカートのポケットに入っていた。
何となく取り出してボーッと腕に刃を当てる。キッと引くとじんわり熱くなって赤く滲んだ。
こんなことを繰り返すうちに腕が真っ赤に染まる。
これ以上やり過ぎちゃいけない。カッターをしまって腕を眺める。
もう他に場所がないくらいに赤く染った腕はまだ熱を持つように熱くて、それと同じくらいかそれ以上に目が熱かった。
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