第10話 2人で一緒の帰り道
今日は俺も優愛も揃ってバイトの日。いつものごとく生徒玄関で待ち合わせをして一緒に行くことになっている。いつもなら俺が優愛のことを待つけど、今日はきっと優愛のことを待たせてる。
放課後先生に呼び出されて3年生を送る会の打ち合わせが急に始まった。
進学先が決まっている人の中からくじ引きで決めた3年生を送る会でのクラスの出し物係。
バイトと優愛で忙しいのに運悪く係になってしまった。
LINEで遅くなると断りを入れておいたけど優愛が時間に余裕を持って行ける時間に、尚且つ俺がバイトに間に合う時間に終わるかは謎だった。
打ち合わせがあるなら事前に言ってくれればそれなりにバイト入れないとか準備もできるのに先生が急に言い出すから何もかもが危なっかしい状況だ。
打ち合わせの途中も壁の時計とにらめっこ。一刻も早く終われと願いながら先生の話を右から左へと流していた。
「おい、山内はどう思う?」
「え?」
「お前、話聞いてたか?」
先生、ごめんなさい。聞いてなかったです。とは言えず何とか答えようと左に流れた言葉を懸命に手繰り寄せた。
何を言っていたっけ?
言葉に詰まった俺を見て先生は呆れたように口を開いた。
「聞いていなかったのか?」
「は、はい・・・」
俺は素直に認めて先生の言葉に耳を傾けた。
ああ、そうだ。3年の発表時間についてだ。
記憶の奥でうっすらとそう言えば聞いたかもしれない言葉が蘇る。
「えっと、やっぱり中心となるのは決まった人でも、大半がまだ決まってなくて、協力を仰げないとなるとー、あまり長いのは厳しいと・・・思います」
即興で考えた言葉を頑張って紡いで意見を言った。
そしてこの後の話はいつ話を振られても大丈夫なようにしっかりと聞いた。締め切りの話とか発表の流れとかの説明を受けてやっと解散になる。
やばい。間に合わないこともないけど急がなきゃ。
生徒玄関に急ぐと優愛が待っていてくれた。
「お疲れさま。遅かったね」
「うーん」
「もっと早く終わると思ってたから全然来なくてドキドキしちゃった」
「ごめん。行こうか」
優愛と学校を出てバイト先に急ぐ。
信号が青の時とか間に合うようにって優愛を走らせてしまったのが何か申し訳なかったけど優愛はずっとニコニコしてくれていた。
優愛のバイト先に着いて建物に入ったのを見送ると俺もバイト先に急いだ。
間に合ったけど途中走ったしギリギリの滑り込み。落ち着いてる暇も無く業務が始まった。
「今日は遅かったねー」
同じ高校生バイトの仲間がニヤニヤしながら話しかけてくる。
「彼女居るんだっけ?いちゃつきすぎた?」
「違うよ!彼女は、いるけどさ・・・。学校で放課後3送会の打ち合わせがあったの!先生の話やけに長かったから学校から走ったよ」
「そりゃあ災難だった。じゃあ、今日は彼女放ったらかし?」
「一応彼女のバイト先まで送ってった。俺が遅かったせいで走らせたけど・・・申し訳ない」
少なからず凹む俺を見てそれは彼女に言うべきと的確なツッコミが入る。
確かにそうだ。ニコニコしている裏で疲れるとか、早く俺が来ればとか思ってたことだろう。
「おい!そこ喋ってないで仕事しろ」
2人で喋っていた俺らを見て両手に皿を持った先輩が笑っていた。
あ、バレた。
俺も思ってはいたけど相手は更に上手で口から漏れていた。
2人で軽く返事をして先輩に習って皿を持つ。
フロアに出たら最後、注文やら皿の回収やらで暇がない。厨房とフロアを行ったり来たり。数える気も無いけど数え切れないほど往復してやっと閉店時間を迎えた。
少しのあと片付けを終えて上がらせてもらう。
優愛は何をしてるかな。まだ働いてたっけ?もしかして帰った?
ちょうど帰るところでもバイトの人たち居たら俺迷惑だしなぁ・・・。
色々考えたけどとりあえず行ってみようと優愛のバイト先に足を向けた。
優愛のバイト先近くまで来ると身長がやけに小さくて、その割に大きな荷物を抱えたまるで優愛みたいな子が1人歩いてるのが見えた。
後ろを追いかけて服装からも優愛だと確信する。
「おーい、優愛」
「わぁ!びっくりした〜!」
「ごめんごめん。一緒に帰ろ〜」
「うんっ!」
笑顔で頷いてくれた優愛の肩の大きな荷物に手をかけて代わりに持ってあげる。案外重い荷物はさっきまで小さな女の子が持っていたとは思えなかった。
「優愛、よくこんな重い荷物持ってたなぁ」
「バイト先で色々預かったものとか荷物になって・・・」
「今日は家まで送ろうか?こんなに大きな荷物あったら大変だろ?」
「いいよ、そんなに気を遣わせたら申し訳ないし」
優愛が申し訳なさそうに断る顔を見て俺のさっきの申し訳なさも蘇ってくる。
あ、そうだ。申し訳ない同士で良いじゃないか!
「じゃあ、今日走らせちゃったお詫びだ。俺が遅くなったから走らなきゃいけなくなって申し訳ないなって思ってたから・・・」
俺の提案を少し考えて優愛も頷いてくれた。
「よし、じゃあ決まり!」
優愛は定期、俺は切符で電車に乗る。夜遅いせいか電車の中は空いていて2人で並んで座った。
しばらくして、いくつかの駅に止まって動き出した時。動き出した揺れの勢いで俺の腕に重みが生じた。
ふと横を見ると寝てる優愛が俺に寄りかかっていた。
学校からのバイトで疲れてたんだろう。俺は優愛を起こさないようにその場に静かにする。
優愛は俺に寄りかかった体勢が落ち着いたらしく気持ち良さそうに眠る。
そっと優愛とは反対側の手で切符を出して確認する。
えっと、どこまで行ったら優愛のこと起こそうか。とりあえず、まだ良いかな。
優愛の家の最寄り駅の名前を頭に叩き込んで車内アナウンスで流れるまでは寝かしておくことにした。
しばらく優愛の体重を支えながら車内アナウンスに耳を傾ける。放課後右が左に流して怒られた俺からは想像もできない集中に自分でもビックリだ。
次だとアナウンスが入る。優愛を優しく揺すって起こすと眠そうに目を開けた。
「おはよ」
「んー、ごめん。寝ちゃってた」
寝起きのせいか普段より何段階か甘い声。こんな声俺も初めて聞いた。初めての声に動揺や驚きを全力で隠していつも通り振る舞う。
「大丈夫だよ。疲れてたのかなーって。でもそろそろだから起きて」
電車が減速してやがて止まる。眠たい目を擦る優愛はまだ少しぼんやりしてるから危なくないように手を繋ぐ。
今日は良いとしてもいつもこんな調子だとしたら大丈夫なんだろうか。
「なんかぼーっとしてるけどいつも大丈夫なの?」
「いつもは寝ないもん。今日は優希くんと一緒だったし安心して気が抜けて」
「そっか、ならいいけど」
改札を抜けて駅舎から出ると俺の肩の大きな荷物を優愛が取ろうとした。
「ありがとう。ここからは1人で大丈夫だから」
俺はてっきり優愛の家の玄関先まで行く予定で居た。夜道を1人でっていうのは不安だしついてくと行ってもここまででいいの一点張り。
しょうがなく俺はここまでということになった。
「じゃあ、気をつけて帰るんだよ?何かあったらすぐ俺に連絡すること。俺すぐ戻ってくるから」
「大丈夫だよ〜。ここまでありがとう。じゃあまた明日ね!」
「大丈夫ならいいけど、一応。じゃ、また明日」
優愛が帰る背中をしばらく見送って俺も電車に乗る。
その後優愛から来たLINEは無事着いたという報告だけだった。
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