第7話 バイト帰りの夜道

 今日のホームルームは、刻々と卒業が迫っていることに先生が寂しさを感じたのか話を脱線させ、延ばして、全く関係ない話がたくさんあった。

 社会人になった時どうしたら良いとかそういう後々役に立つかもしれないけど今する話でもないような気がする話。

 今日こんにち選挙権は18歳以上、高校を卒業させるときにもある程度社会のことを教えていく必要があるのかもしれない。その年の卒業生に高卒で働く生徒が居れば尚更大切になってくるだろう。

 それは分かってる。けど今は一刻も早く帰りたい。

 例によってホームルーム終了の目処となるチャイムが鳴ってからかなり経っている。そろそろ帰りたい。

 私はまだ良い。この後バイトだし、まだ時間に余裕がある。問題はこれから受験を控えてる人たちだ。一刻も早く勉強したいだろうにダラダラと先生の長い話に付き合わされて見ているこっちも可哀相に思えてくる。

 現に受験組の中の感情が見えやすい何人かはとてもイライラしているのがよく分かる。

 そんなホームルームがやっと終わって周りがざわつき始める。帰り支度をする人、教科書を手に自習室に急ぐ人、様々居る中で私も帰り支度をしてると優希くんが私のことを訪ねてきた。

 まだ教室に居るときに来るなんて珍しいから何事かとびっくりする。

「あのさ、お願いがあるんだけどさー」

「なに?」

「たまには、親友と放課後過ごしたりしたくてさ。今日優愛はバイトだし一緒に居られる時間も短いから・・・。申し訳ねえけど、今日だけ1人でバイト行ってくれない?今日だけで良いから」

 今日だけじゃなくても遊びたければ遊べばいいと笑顔で答えると優希くんはほっとしたような顔をした。

「最近親友付き合いあんまり出来てないから助かる。ありがとうな」

 一緒に帰らない代わりに帰り支度の間一緒に居てもらって生徒玄関まで送ってもらうことにした。

「気をつけてね。じゃあ、また明日。LINEとかは時間見つけて絶対するから」

 優希くんに見送ってもらって学校を出る。パラパラと他の生徒が帰る中を私もバイト先に向けて歩いた。

 なんだかんだ私がバイトの時は優希くんは休みでもバイト先まで送ってもらっていたから1人でバイト先に向かうのが新鮮な感じだった。学校から10分くらい歩いたところにあるファミリーレストランが私のバイト先。優希くんと付き合う前からお世話になっているから昔は1人で学校終わりに通ったはずなのにもうそんな記憶は遥か向こうにあった。

 バイト先に着いて店の脇のスタッフ用出入り口から建物に入る。

 休憩室では昼間から働いていたパートさんが遅い昼食を取っていた。

「おはようございます」

「優愛ちゃんおはよう。そこの掲示板に新しいシフト出てるから確認して、業務連絡も重要なの出てるから読んでおいてって社員さんからの伝言」

「あ、はい。ありがとうございます」

 シフト表にざっと目を通しながら忘れないようにスマホのカメラに収める。その隣の業務連絡もざっと確認すれば良いかと思ったけど私にもかなり関わってくる内容で結局じっくり読み込んだ。

 掲示物に目を通し終えて時計を見る。

 勤務時間になるまではまだ少し時間があった。ちょうどあいている椅子に座り、スマホを手にした。何もやることが無くて何気なく優希くんとのLINEを開く。本当に他愛もないことしか話して無くて笑えてくる。

 『優愛、バイト頑張れ~』

 優希くん、あなたはエスパーでしょうか。

 なんとなく暇つぶしに見てたところに優希くんがタイミング良く一言送ってきてくれたのが嬉しくて危うく声を上げてしまいそうになる。休憩室でいきなり声を上げるなんて怪しいこと出来ないから喉元まで来た声を必死になって飲み込んだ。

 優希くんと時間まで話して元気をもらう。

『そろそろ行かなきゃ。ありがと!』

『ん、頑張ってね~』

 優希くんの返信を見てそっとスマホを閉じた。

 着替えて仕事の前に既に働いてる人に挨拶回りをする。

 入ってすぐはまだ、夕方でご飯時じゃ無かったからあまり忙しくも無かった。

 しばらくしてだんだんお客さんが入ってくる。厨房も忙しくなってドタバタと忙しく動き回っているうちに気づけば閉店時間になっていた。



 1時間片付けをして店を出たのは22時を少し過ぎた頃。

 一緒にあがったバイト仲間と駅までの道を歩く。

 途中コンビニに寄ってパンやらおにぎりやら、お腹の足しになるものを買ってそれぞれがビニール袋を手に駅へと歩いた。

「指先冷たーい」

「温かいお茶今だけ貸そうか」

 和気藹々とした雰囲気で夜道を歩く。話している中で話題はだんだん恋バナになった。

「優愛ちゃんは彼氏とか居るの?」

「居るでしょ?」

「うん・・・」

 首を縦に振ると一気に周りが盛り上がった。優しいか、格好いいか、年齢は・・・と質問はつきない。ドストレートに「惚気を聞かせろ」と言われると断るわけにもいかずに一つ一つ答えていく。

 ニヤニヤされながら答えているうちに駅に着き、そのまま皆で電車に乗る。反対方向に帰る数名と別れた後も恋バナは続いていた。

「え?うーん・・・あ、でもこの間ちょっと不安になって泣いちゃったときしばらく一緒に居てくれたのは嬉しかったです。心強くって」

「うわ~。素敵!」

「そういうの、無いんですか?彼氏さんいらっしゃいますよね?」

「ないない。うちのは出来た人じゃないから。それで、いつも一緒なの?」

「いや・・・学校一緒ですけどクラスが違って。なかなか学校では一緒に居られなくて」

 主に聞いてくる先輩が一緒に居れなくて可哀相という目でこちらを見てくる。

 私の話で持ちきりの様な雰囲気に流されず、抵抗する。

「先輩のところはいつも一緒なんですか?先輩の惚気も聞いてみたいです!」

「私のなんて聞いても面白くないよ。それより!優愛ちゃんの!」

 また失敗だ。

「そうだなあ・・・。彼氏との1番の思い出は?」

「記者ですか?」

 私が笑って誤魔化そうとしても先輩は逃がしてくれなかった。

「まだ、彼氏と旅行とか無いんで・・・。今はすぐ近くのデパートに行ったことくらいですかね。いつか遠くにお出かけしてみたいですけど」

 たくさん話して結局私が降りる駅まで私と優希くんの話が続いた。優希くんは私の自慢の彼氏だから最初は恥ずかしかったものの優希くんのことを皆に自慢できて少し気分が良かった。

「彼氏くんに何かされたらすぐにお姉さん達に言うのよ?」

 いつもはない一言とともにお疲れ様と声をかけられて電車を降りる。ホームから電車を振り返って私の彼氏は優しいから大丈夫と言葉にする代わりに思いっきり笑った。

 電車を見送って改札に向かう。もう夜遅い上にここは田舎。改札に人が居るなんてことも、ICカードなんてしゃれたものもないから何のアクションもなくこの駅で降りた他の何人かと列を作って駅舎を出た。



 駅を出てしばらく、私の後ろに人の気配がするような気がした。きっと駅から同じ方向に帰る人なんだろうと思うけど少し怖い。一応振り返った時目が合ったときの気まずさも覚悟の上で確認しようと後ろを見る。


 ──あれ?


 私の後ろはシーンと静かだった。確かに人の気配を感じた。今思えば足音も聞こえた。

 駅から未だ1本道で曲がる道などなかったはずだ。なのに誰も居ない。

 ますます怖くなって早足で家まで帰る。私がまた歩き始めると足音もまた聞こえてきた。

 怖い、怖い、早く家に帰りたい。

 さっきより足音が少し近くなった気がして、もう私に後ろを振り返る勇気なんてなかった。

 とにかく前へ前へ。街灯も駅から遠くなるほど減っていってどんどん私の不安が募る。 

 こんなに早く家に帰りたいと願ったのは初めてのことだった。

 やっとのことで家に着いて急いで鍵を開ける。家のドアを閉める前にもう一度だけ辺りを見回してみたけどやっぱりシーンと静かで誰も居なかった。

 私が怖がったのはいったい何だったのだろうと疑問に思いながら、でもこれ以上追求する気にもなれずドアを閉めてこのことは忘れることにした。

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