第5話 休み時間の教室で

 今日の俺は古典の教科書が無い。もしかしたら家の机の上に放りっぱなしだったかもしれないと考えを巡らせながら隣のクラスの優愛に助けを求めに優愛の教室を訪れた。

 教室のドアのところで様子をうかがっているとしばらくして高橋さんが出てくるのが見えた。すかさず少し声を張り上げて名前を呼ぶ。

「ごめん、急に。優愛、居るかな?ちょっと教科書貸してもらおうと思ってて」

 高橋さんは俺の問いを聞いて教室の中を指さした。

「授業中寝ちゃったみたい。さっき軽く起こしたんだけど。彼氏が起こせば起きるんじゃ無い?まるで、おとぎ話のプリンセスみたいに〜」

 高橋さんはいたずらっぽく笑うと教科書を抱えて廊下の奥に消えていった。

 休み時間の軽く混雑した中を何とか抜けると優愛が机で突っ伏していた。こんなにうるさいのによく寝ていられるなと感心さえする。

「優愛、優愛?」

 軽く揺すりながら声をかけるが優愛は目を覚まさない。

「ゆーあ!起きろって」

 やっと起きたのか優愛は寝ぼけた声で返事をしてきた。まだそのまま、また眠ってしまいそうな優愛の身体を支えながら話しかける。

「優愛、起きてる?」

 俺が軽く笑うと優愛はほんの少し怒ったような顔をした。ほぼ寝ているように見えて起きているのか不満をきちんと態度で示す。

「笑われたくないなら起きろ。授業終わったのにいつまで寝てる気だ?」

「ふぇ!?」

 授業が終わったことに気づいていなかったのかびっくりしたように飛び起きた。寝起きのゆっくりとした動きで目の前に散らかったペンやノートを片付けだす。

「やっと起きたみたいだね。ずいぶん気持ちよさそうに寝てたけど何か夢でも見てたの?」

「ううん。別に。見てたとしても覚えてない」

 頭がまだ完全にははっきりしてないのかぼーっとしてる。放っておけば今にも寝そうだ。

「まだ眠いかもしれないけど起きて!次の授業遅れるよ!」

 発破をかけながら仕方なしに俺も手伝ってあげることにした。

 それにしても優愛が居眠りなんて珍しい。手を動かしながら何気なく聞いてみる。

「何かあったの?優愛が居眠りなんて」

「昨日バイトあったから疲れてて・・・」

「ん?バイト?でも、いつもバイトだったからって居眠りなんてしないじゃん」

「・・・バイトから帰ってきてからも昨日は寝れなくって」

「寝れなかったのか?何か心配事でも?」

「そういうわけじゃ、無いんだけど・・・」

 そういう優愛の顔は言葉に反して暗くて、やっぱり少し心配だったから何かあれば何でも聞くと言った。優愛の心に届いていない俺の自己満な言葉だったかもしれないけど、今はそれで良い。

「そういえば!俺古典の教科書忘れちゃって・・・。次古典の授業だから良かったら貸してくれない?お願い!」

 顔の前で手を合わせながら優愛の顔を覗くと優愛の頬にキラリと光るものがあった。

「──優愛?もしかして、泣いてる?とりあえず、こっちおいで」

 教室の机だと目立ってしまうから教室の隅、人目に付かないところまで連れて行った。

「ほら、ここなら誰にも見られないと思うから。ここで泣きな。・・・俺そばに居るから」

 この間怖がらせちゃったのもあったから、下手に接触とかはしないで俺はただ近くで泣いてる優愛の背中をさすっていた。しばらく一緒に居てあげると優愛も落ち着いてきていつの間にか涙も止まっていた。

「落ち着いた?急に泣けてきちゃったね」

「ごめん。迷惑かけちゃったね・・・。古典の教科書だったっけ?」

「ん?あぁ・・・。もう、いいや。時間も結構ギリギリだし、俺も優愛も間に合いそうに無いじゃん。これから必死で走るのもやだし、一緒にサボろ?」

「でも・・・」

「大丈夫、誰にもバレない様にするから。それよりどうしたの?」

 話を聞こうとしたところにちょうど始業のチャイムが鳴った。俺は、とりあえず優愛にここで待ってる様に言って1度教室を出た。出来るだけ早く、そして先生にバレないように静かに移動する。水道でハンカチを濡らしてすぐに優愛の待つ教室に戻ると、優愛はさっきと同じ場所できょとんと状況がまだ分からなさそうにしていた。

「1人にさせてごめん。ハンカチ、濡らしてきたからこれで目、冷やせ。」

「そんなに腫れてる?」

「うん···。腫れてる、な。ほら、目に当てて。」

「わぁ!冷たい!」

「冷やすんだから当たり前だろ?」

 優愛は、はしゃぎながら目を冷やす。優愛が多少なりとも騒ぐから俺は先生が通らないかヒヤヒヤしながら見守った。

 すると──

「やべっ!誰か来た!優愛、ここ隠れてて」

 俺は優愛を棚の陰に隠して外の様子をうかがった。足音は気のせいでは無く、近づいてくる。ガラッ──。教室のドアの先には気難しいことで有名な生物の先生が立っていた。

「あ・・・先生」

「おい、今は授業中だぞ?授業はどうした!」

「あ・・・えっと。授業に、必要な・・・プリント!忘れちゃって・・・。プリント取ったらすぐ戻るので」

「そうか。サボってないで早く戻るんだぞ」

「はい・・・」

 俺の返事を聞くと先生はドアを閉めてすぐに行ってしまった。

「良かった~。優愛、出てきて良いよ。もう先生行ったから」

「うん。優希くんありがとう。私全然気づかなかった」

「俺もかすかにだよ。この足音気のせいかなって思いながら優愛のこと隠した」

 確信が無いまま隠したことを優愛に笑われて、つられて俺も笑う。

 「そろそろここを出よう、また先生に見つかったら厄介だし」

 周りを伺いながら俺は優愛を連れて教室から屋上に行くことにした。

 こっそり移動して屋上への扉を開ける。屋上には既に1人居たけどあちらは俺たちのことを気にしていないようだった。だからお互い干渉せずに俺と優愛も先客と少し距離を取ることにした。日向になっている適当な場所を選んで座る。

「優愛、もう1回寝る?今なら1時間がっつり寝ても誰も怒らないよ」

「・・・うん。じゃあ、少しだけ」

「良かったら俺の膝、枕にして。怖いなら無理しなくて良いけど」

 殺風景な屋上で少しでも楽に寝られるようにと思って提案すると優愛はおそるおそる俺の膝に頭を預けてきた。日向とは言え風も少しあって寒そうだったから布団の代わりに俺のブレザーを掛けてやる。

「我慢出来ないほど寒くないから平気。優希くんこそ、脱いじゃったら寒くない?」

「大丈夫だよ、カーディガンも着てるし」

 しばらく『とんとん』とあやしてあげたけど、一度起きたから寝れないみたいで優愛は起き上がってしまった。

 俺としては優愛を膝枕なんて滅多に無い機会だから、楽しんでいた分残念だったけどしょうが無い。

 その後優愛が寝ることは無く、2人で授業が終わるまでの間並んで太陽を背中で受けながら他愛も無い話をした。

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