第4話 心落ち着く場所で
今日も優希くんはバイトがあったけど、私が終わるのを生徒玄関で待っていてくれた。学校から駅までの道を歩くだけは毎回思うけど少し寂しい。
「じゃ、俺バイト行くから。早く帰るんだよ?」
「うん、分かった」
「寄り道しないでまっすぐ帰ること!約束ね」
「はーい」
私はバイトが休みだったから優希くんが角を曲がるまで見送って駅舎に入る。優希くんとは早く帰ると約束したけど、私はいつも使う学校の最寄り駅から今日は家とは反対方向行きの電車に乗った。
彼氏の優希くんさえも知らない秘密の友達に会いに行く為だ。よく会うときには週に1回とか会っていたけど今回は3ヶ月ぶりの再会。事前に連絡をしていつもの待ち合わせ場所でいつものようにということになっていた。
電車を降りると学校のある地域より標高が高いせいか冷たい風が身体を包む。この駅からさらに森の中へ進んだ待ち合わせ場所に行くと秘密の友達、
「待たせてごめん」
「ううん。全然待ってないから平気だよ。久しぶり。何かあったの?」
中村さんはとりあえず座りなよと横を開けてくれて2人で道端の縁石に座った。
「彼氏のことで・・・」
「え?石原さん彼氏居たっけ?」
「うん・・・」
「じゃあ、僕のこととか?僕も男だしこうやって会ってるのよく思わないんじゃない?」
そう言いながら中村さんは少し横にずれて私との間に距離をとった。
「彼氏居るなんて知らなかったからさ。彼氏居る子に手を出しちゃいけないことくらい僕でも知ってる。疑われるのもやだし」
彼氏である優希くんに内緒で会ってることは私も罪悪感がある。でも、普通の友達というわけでは無いからなかなか言い出しづらくてここまで引きずってきてしまった。
中村さんに出会ったのは、今日も来たこの場所で偶然会って話しかけられたのがきっかけ。ただそれだけなのに繰り返し会っている間に居心地が良くて共依存する関係になってしまった。
「彼氏には中村さんのことは言ってないんだけど、そうじゃなくて・・・。うまく彼氏と関われない、みたいな」
中村さんに今悩んでる彼氏との関係、キスやハグ、ボディータッチを受け入れられないことを素直に話した。今まで色んなことを少しずつ話して私が抱えてる問題のこともよく知っているからか、中村さんから出てきた言葉は悩んだあげくのしょうが無いだった。
「だって、僕は石原さんの話を何回も聞いてるから・・・。正直彼氏が居るってだけで結構驚いたよ。・・・そういう、お付き合いとか出来なそうだなって思ってたから」
「そんなに?」
「うん。だから、キスの1つ、ハグの1つ出来なくても仕方ないのかなって思う・・・。僕的にはね」
そんなに彼氏ができそうにない人種に見えていたのかと少し驚いたが、確かに男の人が嫌いだと思われても仕方ない発言もたくさんしてきたし、そう振る舞ってきた。最後に会った3ヶ月前も優希くんとはもう付き合っていたけどまだ男の人と距離を置きがちで優希くんのことも今ほど好きじゃ無かった。
「それで?今日は話し尽くして帰れば満足?」
「何で?」
「いつもは・・・ねぇ。話すだけじゃ満足しなさそうな顔してるけど、今日はそれほど強い目してないから」
「だったら中村さんだって・・・」
「僕は最初に言ったでしょ?来るだけで行動に移す気は無いって」
そうだった。中村さんは来るだけ、この景色見るだけで満足する人だったと改めて思い出す。ただ、見る為に頻繁に訪れては居るらしくこの近辺の地理にはとても強かった。一緒に帰るときに近道を教えてくれたり、夜遅くなったときには森の中でも街灯があって比較的明るい道を案内してくれた。
それに比べて私は中村さんみたいな人が居て止めてくれないと暴走することがある。だからこういう風に一緒にここに居てくれる中村さんは大切な存在だった。
「今日はこのまま帰るから大丈夫だよ。それに、結局は私が頑張らないといけなくて、こうやって弱音吐いてるだけじゃダメなことも頭の中では分かってるから」
「あんまり、無理しないようにね」
「うん。ありがと。話聞いてもらってると少し落ち着く」
「そう、良かった」
中村さんと話していると私のスマホが鳴った。
「出なよ」
「うん、ごめんね」
「気にしないで、僕のことは」
「もしもし―」
出ると相手は優希くんだった。
「どうしたの?」
『いや、バイトで手が空いたから。そろそろ優愛帰った頃かな~って思って電話してみた』
「いいの?サボって私なんかと電話してて」
『ちょっとくらい大丈夫だよ。優愛はまだ外?』
「うん。今、電車降りて・・・帰り道」
優希くんにはこの場所のことを知られたくないし、中村さんのことを知られたくない。面と向かって居るわけじゃ無いから表情も見られてないし今度こそうまく誤魔化せたと思う。
『そっか。日沈むと寒くなるから早めにね。じゃあ、俺仕事戻るわ』
「頑張ってね」
電話をしている間からずっと中村さんがこっちを見ていた。電話が切れたことを確認すると中村さんが口を開いた。
「彼氏?」
「うん・・・」
「じゃあ、帰ろうか。彼氏さん電話口で心配してるみたいだったし。また駅まで送ってく」
あたりもだいぶ暗くなってきているのもあり、中村さんに連れられて駅まで向かうことにした。
中村さんはここから徒歩で帰れるところに住んでるみたいだったけど学校帰りとか夕方来たときは帰りが暗いからと駅まで送ってくれる。
そうやって気を遣ってくれるところは中村さんも男の子なんだなと思いながら、暗くなり始めた森の中を2人で歩く。優希くんと歩くときとは違って2人とも無言で黙々と道を進む。あの場所で悩みを聞いてもらって、聞いて。それだけで日常の世間話などはまるで無い。たまに少しだけ話すこともあるけど今日はそういう日でも無かったようだ。駅まで結局一言も喋ることなく送ってもらって別れようとしたけど中村さんは帰らなかった。
「今日はいつもより遅いから。電車来るまで一緒に居る」
「え?いいよ。遅いから帰りなって」
「石原さん、男の人怖いでしょ?こんな人通り少ない駅で、もし万が一襲われでもしたらどうするの!」
中村さんらしくない大きな声を出されたことに私は萎縮してしまって、ただ一言「ごめん」とものすごく小さな声で言うことしか出来なかった。
「大きい声出してごめん。僕だってこれでも心配して、石原さんのこと考えてるから。頼って。ね?静かなの苦手なら、僕、話すの得意じゃ無いけど頑張って話すし」
確かに話し慣れてないような口調で中村さんは話し出す。私も話に反応しているうちに2人ともだんだん楽しくなって電車が来る頃には笑い合って盛り上がっていた。
「じゃあ、また辛くなったらいつでも連絡して」
「そっちこそ!」
「うん」
私は中村さんに今まで会った中で一番楽しかったことを伝えて電車に乗った。中村さんも今までで一番生き生きした顔で電車が見えなくなるまで改札口の向こう側で手を振ってくれていた。
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