第1話 寒い日の帰り道
「今配ったプリント受け取った人からホームルーム終わりにしてくださ~い!」
色んな決めごとが終わってやっと下校の目処がたった。
私、
「優愛!やっと終わったね!優愛は今日も優希くんのところ?」
横から話しかけてきたのは1番仲の良い
「びっくりした~」
「ごめんっ」
そう言って朱音ちゃんは笑った。朱音ちゃんの言う『優希くん』とは私の彼氏、
「今日も2人で帰るの?」
「うん。今日は駅までだけどね」
「でも良いなぁ。優希くんみたいな優しい彼氏居るって私憧れる!」
そう言いながら朱音ちゃんは目をキラキラ輝かせる。
しかし、朱音ちゃんにだって彼氏は居るはずだ。優希くんには申し訳ないし、私は直接関わって無いから全部とは言えないけど見せてもらった写真は少なくとも優希くんの何倍も格好良かった。そんな記憶をたぐり寄せながら口を開く。
「朱音ちゃんだって良い彼氏さん居るんでしょ?」
「まぁね・・・。あっ、じゃあまたね!」
急に朱音ちゃんは教室を飛び出していった。
しばらく私は何が何だか分からずもやもやして、立ちすくんで居たけど気づけば教室にはもうほとんど人は残っていなかった。私もすぐに荷物をまとめて玄関に急ぐ。
「うぅ、寒っ!」
生徒玄関の重い扉を押し開けると一気に冷たい風が吹き込んで来た。そう言えばさっき優希くんからLINEが来てた。『先に終わったから、玄関の前で待ってるね』と。
優希くんは生徒玄関を出てからすぐ、割と目につきやすい場所でやっぱり寒そうにポケットに手を突っ込んで待っていてくれた。
「お待たせ!ごめんね、遅くなって」
「ん?平気だよ。ホームルーム延びてたの知ってるし。お疲れさま!」
1日の疲れを労うように優希くんはポケットからカフェオレを出してきて、差し出した。
「さっき自販機で買った。冷めないように持っておいたから、大事に飲めよ〜」
実は優希くんが手が冷たくならないようホッカイロ代わりにしていたというのが実情だが、私はそんな事とは思わず、優希くんの少しのかっこつけ『冷めないようにポケットに』を信じ込んで気遣いに頬を緩め、カフェオレを受け取った。
「あ!ねぇ、これいくらだった?」
私がカバンから財布を取り出そうとするのを優希くんはそっと静止した。
「俺の奢りに決まってるだろ?···俺は彼氏なんだから」
私の顔に申し訳ないという気持ちが滲んだからか優希くんは一言付け加えた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ここは素直に甘えておこう。早速開けて飲もうとするけど、手がかじかんでうまく開かない。
「開かないの?」
優希くんがすぐ気づいて声をかけてくれる。
「うん···」
「ほら、貸してみ?これ。持ってて」
そう言って優希くんは手元のコーヒーとカフェオレを交換するとカフェオレのプルタブに手をかけ、難なく開けて見せた。
優希くんの方がずっとずっと長い間外に居たはずだけど、私が思うより優希くんという生き物は強くて、知らないところでずる賢いみたいだ。
「温かい?」
「うんっ、寒いのどっか行きそう」
「そうだねー、体の芯から温まる気がする」
それぞれ缶を手にして駅までの道を歩き出す。駅までの道も優希くんがさり気なく車道側を歩いてくれるから安心して歩けた。
「それ、見たことない上着だけど新しく買ったの?」
「うん!バイト代出たから。ずっと欲しくてね、昨日バイト代持って買いに行ったの」
「へぇ〜」
「なにその。興味なーいみたいな返事」
私の服に興味が無いわけではないのかもしれない。むしろ新しい上着に気づいたから興味はある方なのだろう。
しかし、優希くんは自分の服さえ少し鈍感なところがあるから女の子の洋服に詳しくなくても不思議じゃ無いし、しょうがないことかなと思う。だからあまり責めたりせずに自分から褒められに行くことにした。
「これ、可愛いでしょ?」
「うん!可愛い!モコモコしてて温かそう」
「このフードのところにくまの耳がついてるの」
この上着はフードのところにちょこんとまぁるい耳がついている。私が気に入って買うことを決意した理由の一つだ。
「こういうのって、普段学校とか来るのに使うんだから親に買ってもらえばいいのに」
「ほら。親に迷惑かけられないからさ」
「そっか。親のこと考えてて偉いんだね」
話してる間に駅のだいぶ近くまで来た。今日は私は無いけれど優希くんはこのあとバイト。でもバイトの時間まではまだ少し時間があった。
「バイトに行くまでに少し時間あるからさ、少し駅舎で話したい。お前も、乗る電車まだ来ないだろ?」
「うん。ちょうど私も寂しかったから嬉しい」
「そっか」
「寂しいから歩いて帰ろうかな。歩けば優希くんのことバイト先まで見送ってから帰れるし」
私の最寄り駅までは電車でも時間がかかる。歩いて帰れば着くのは真夜中になるだろう。
「外は寒いからひとまず駅舎に入って」
優希くんと一緒に中に入るが私の気持ちは変わらなくて、優希くんを送りたい、少しでも近くに居たいという思いが勝っていた。優希くんから大人しく電車で帰るように説得され、あまり心配をかけすぎてもいけないと納得したふりをした。
「今日のホームルームなんであんなに延びてたの?」
帰るまでの世間話に移り、少し気になっていたというように優希くんに疑問を投げかけられた。私が返したのはごく普通にクラスの決め事をしてた、という答えだった。
もうすぐ優希くんも私も卒業だ。卒業アルバムの決め事も多くなっていてクラスによってはホームルームの時間が多少長くなった。私のクラスはいつもの例に漏れずここ数日ホームルームの最長記録を更新していた。
「優愛のクラスは大変だなぁ」
「なんで?」
「俺らのクラスはなんでもLINEのグループで決めちゃうから。それを係の人がまとめて形にしてくれるから楽だよ」
「そうなんだ···」
私はそれじゃあ会話に入れない人が居るんじゃないかな、という言葉を喉元まで出して飲み込んだ。会話に入れない、入らない人が居るのはLINEだからではなくクラスで顔を合わせて話し合っていても同じだ。寝てたり、スマホいじってたり。会話に入らない人はどこでも一定数存在をしているのだ。
「あ、そろそろ時間だね。じゃ!」
「あ、本当だ。駅の前まで送るよ」
「別にいいよ!外寒いし優愛は中に居ろ」
結局私が押し切って優希くんと一緒に外に出る。駅の前の道まで送って優希くんがバイトに向かうのを見送った。速度をあげる前に優希くんが私の姿を確認しようとしたのか振り返ったけれど寒い中まだ駅舎の外に居たら色々と面倒になりそうだったから姿を隠した。
優希くんはしばらくこちらの様子を見てたようだったけれどふと腕にした時計を見た途端急いでバイト先に向かっていった。
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