名古屋ディズニーアトランティス

転学部

「虚無いな」

「な」

「は? 虚無くないわ」

「は? 誰だお前」

「俺」

「マジ? 知らんかった」


 一年後期。友人との支離滅裂なやり取りが習慣になっていた。後期で特に虚無い授業は三つある。

 一つ目は線形回路。これは授業は普通だが試験の難易度が高く、四割の学生が単位を落とす。二つ目は電磁気学。その理論にはベクトル解析という分野を多用するが、ベクトル解析は来期に学習するカリキュラムとなっている。最後に計算機プログラミング。学習内容も課題の量も何もかもが膨大すぎる。ついでに中間試験が三回ある。


 ちょうど夏休みの終わりがけに自動車学校へ通っていたのもあってか、私は三週間もしないうちに疲れてしまった。ツイートの量がみるみる増え、しにたいと頻繁に呟くようになった。漠然とただ大学に行きたくないと思う。朝起きると、または家に帰ると身体が重くてしかたがない。結果、特に一限の授業で遅刻や欠席をするようになった。


 一年後期が楽だという甘い言葉を信じていた自分をわらった。


 同時にあるものに憑りつかれた。転学部だ。どうせ転学部するのだからやすんでもいい、単位を取らなくてもいい、と転学部は都合のいい言い訳になった。

 転学部先は情報学部だ。もともと受験期には電気系か情報系を志望していた。電気系に幻滅した今、情報学部の芝がたいそう青く見えた。後になって思えばこいつは本当に進歩していない。

 一年前、大学は良いところだ、とか言った教員の言葉を教科書にも載っていないのに信じた。これがアメリカはいいところだ、とかなら疑ったかもしれない。でも大学は何の疑いもなく信じた。たぶん信じたかったのだと思う。高校生活の暗いトンネルを抜けたら、その先に希望があると。


 二週間ほど転学部について調べて、工学部事務に一回、情報学部事務に二回行った。ダメだった。ただいま欠員がおりませんので、転学部は不可能ですということだった。今後も転学部を実施する予定はないんですか、と聞いたあとの、はい、ですから、無理です、と言い放ったときのあの事務員の面倒そうな顔は忘れない。


 欠員がいないなど言い訳だ。そもそも転学部させる気など事務にはないのだ。と根拠もなく騒ぎ立てたのを覚えている。大学生になってから専門の勉強を始めるのに、高校生のうちに決めた進路を変えられないのはおかしい、とツイッターで熱弁していたような気もする。全ての望みが断たれたように感じた。帰り道、どうにも帰る気になれず、図書館前のベンチに腰かけて空を見た。ちょうど夕焼けが綺麗だった。ぼうっと眺めていると、カラスが群れてきて夕焼けの背景に黒い線を描いて、またすぐに散っていった。見たことのない光景に私ははじめ感動して、次第になんだか笑えてきた。六回軽く頷いて、立ち上がってリュックを背負い、駅へと歩いた。

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