第二十六章② 星空を征く
世界の女神は手を高く掲げ、巨大な炎の玉をつくり出している。彼女は、彼らをこれで焼き殺すつもりなのだ。
誰が攻撃してもその炎を止めることはできないだろう。オレディアルは、血塗れになって倒れている。ムーガとユーウィもまだ立ち上がることができない。ベブル以外は全員、なんとか立ち上がろうとしている途中だった。
そんな中で、ベブルはヒエルドを無理矢理引き起こした。
「頼む!」
「……わかった!」
ヒエルドは魔力を全開にさせ、巨大な結界をつくり出した。それで仲間たちを守るのだ。世界の女神が投げた炎が、その結界に衝突する。彼は耐えた。灼熱の炎が結界を突き破ろうとする。
その間に、ベブルはムーガとユーウィを起こしに行った。ユーウィの『
「なんでベブルは無事なの?」
よろめきながら、ムーガは立ち上がった。
「『力』を使ってる間は、俺には何も効かねえんだ。お前たちもそうだろ?」
ベブルはムーガとユーウィにそう訊いた。『力』の使用歴の浅いユーウィにはわからないことだったが、どうやらムーガには同意できることだったらしい。
「うん。でも、世界の外の奴のとか、“イフィズトレノォ”のは普通に痛いんだけど……」
「そこんとこ、俺のほうが長く使ってるからかもな」
ヒエルドの魔法は、世界の女神の炎の力を削いだが、最後には破られてしまった。
ムーガが叫ぶ。
「ベブル!」
ベブルはその炎に向かって走った。そして、“
まるで、星空全てが燃え上がるかのようだった。
「莫迦な!」
女神が叫ぶ。炎は彼女のほうへと押し返され、彼女の身を焼いた。
炎が消え去って、女神“イフィズトレノォ”の姿がベブルたちにもまた見えるようになった。外傷は全くない。だが、効いているようだ。
「なぜだ、ベブル、妾に攻撃が……」
ベブルは静かな笑みを浮かべながら、そこから二、三歩、世界の女神に向かって歩いた。
「こいつらはみんな、俺の仲間なんだ。お前はデューメルクを殺した。あいつと同じようにこいつらも殺すつもりなら、俺がお前をぶち殺してやる!」
女神は狂ったように笑い始める。上半身を振り回し、両腕を振り回し、奇声を上げて暴れている。
「これは一時的な故障だ! 妾はこの世界なのだ。妾が妾に攻撃できるはずがないのだ! そうだ、そうなのだ。誤作動を起こしたに過ぎないのだ! 人間よ、この程度のことで思い上がるな! 妾は世界なのだぞ——!」
狂気を湛えて、“イフィズトレノォ”は空間に溶け始めた。そして、上下に引き伸ばされ、消滅する。
「倒した……?」
構えながら、ムーガが言った。だが、どうやらそういうわけではないようだった。
—— 妾の外装を破壊したようだな。
—— おいで、我が子らよ。
—— 妾の心の深部へと来るがよい。
「深、部……? 奴は心の深部に来いって言ってるぞ」
ベブルは、『声』の聞こえない仲間たちにそう告げた。
ムーガが言う。
「そうか。“イフィズトレノォ”の自我の一番深いところを倒せばいいんだ」
オレディアルはうなずく。
「恐らくそうでしょう。その分、相手も強くなるかもしれませんが……」
「そんなら、行くしかないんやね」
ヒエルドが毅然として言った。ベブルが同意する。
「そうだな。何度でもぶちのめしてやる」
++++++++++
ベブルたちは星の世界をまた歩き始めた。どこへ行けば“イフィズトレノォ”の自我の深部に行けるのか解らなかった。だが、相手が来いと言っている以上、そこへ行き着くことはできるのだろう。
しかし、歩いていると、不意にオレディアル・ディグリナートとヒエルドの色が薄くなっていった。彼らは星の世界に溶けているのだ。
「ヒエルド! ディグリナート!」
ベブルが叫ぶ。ユーウィが慌てて彼らに“治癒の魔法”を使ったが、効果はなかった。これは、怪我とはわけが違うのだ。
ヒエルドは早口に言う。
「ベブルンルン! 僕、消えてるけど、安心してな! 天井が見えてきた! 夢から目ぇ覚めるだけみたい! もう朝みたいやし」
「オレディアル!」
ムーガが叫ぶが、彼女にはどうにもできないことだった。
「ルーウィング先生……、“イフィズトレノォ”は必ず倒すと約束したのに……、残念でなりません。必ず……」
オレディアルとヒエルドは消え去った。そこには星空だけが残された。
「ベブルさん……」
ユーウィが不安げに言った。
ベブルは敵を見据えたまま、振り返らない。
「あいつらを信じる。ヒエルドは夢から覚めただけだと言った。きっと、あいつらは無事だ」
ムーガは深くうなずく。
「そうだよね。それなら、わたしたちで、“イフィズトレノォ”を倒して帰らないと……」
三人はまた、歩き出した。“イフィズトレノォ”の心の奥へと。
++++++++++
ベブルたち三人が歩き続けていると、彼らの前に光が出現した。そして、その光は人の形と大きさになる。先程の女神が発光しているようだ。それがいまの“イフィズトレノォ”だった。
光る女神はそこに佇んだまま、口を開く。
「ここが妾の心の深部だ」
「知ってら」
そう言って、ベブルは構えた。彼の後ろで、ムーガもユーウィも構える。
“イフィズトレノォ”はくすくすと嗤った。
「やはり、ここに来たのはお前たち——妾のつくり出した『器』としもべたちのみ。権限がなければ立ち入れぬというわけか。いまの妾は、妾の核となる妾なのだ。誤作動はない。妾に歯向かいしこと、恐怖と絶望の中で後悔するがいい」
「あいにくと。後悔するのはてめえのほうだ」
ベブルは動じなかった。
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