第二十五章⑦ 地平の彼方
周囲には星空が広がるばかりだった。
だが、それでもベブルは、帰ってきたことを実感した。
ここは俺たちの世界だ。
ベブルはそう感じた。星の世界だけを見て、本来ならそのようなことが判る筈はないだろう。しかし、彼は確かにそう感じたのだ。
星空の向こうの世界——世界の外側が自分の故郷ではないかという考えは、半分は当たりだったのだ。確かに、ベブルの母親は世界の外側からやって来たのだから。だが、やはり彼は、自分の居場所はこの世界なのだと思った。
星の世界に、ベブルたちは投げ出されていた。
ひとり、リサだけが彼らの集団からは離れて、小さな闇の傍に佇んでいた。
「ここが貴方がたの世界の心の中です」
リサは静かにそう言った。周囲も、完璧なまでに静まり返っていた。ここでは、星も、闇も、光も、炎も、何も言わないで黙り込んでいた。
「この世界の自我って奴は、ここにいるのか?」
ベブルが仲間たちを代表して疑問を投げかけた。
リサは肯定する。
「はい。ここのどこかにいます。いえ……、彼女自らが出向くことになることでしょう」
「そうか」
「はい。それでは」
それだけ言うと、リサは彼女の傍らの闇の中へと入っていこうとする。だが彼女はそこで思いとどまり、彼らのほうをもう一度振り返った。
「ああ、彼女の名前を伝え忘れていました」
「なに?」
ムーガが訊く。するとリサは一度視線を逸らして躊躇ったが、彼らのほうを見据えると、結局言った。
「この世界の自我は、自らに“イフィズトレノォ”と名付けたものです。……健闘を祈ります。それでは、また会える場所で」
リサはそう言い残して、闇の中へ沈み込んでいった。彼女はいなくなり、闇の固まりも消え去る。しかし、ここは本来闇の世界だった。大した違いはない。
ベブルたちはそこに立ち尽くしたまま、暫く呆然としていた。
「“イフィズトレノォ”か……」
ベブルは呟いた。それから、ムーガが言う。
「そうか。全部、“イフィズトレノォ”のせいだったんだ……」
ベブルは首を縦に振る。
「最初にオルスたちがアーケモスで暴れたのは関係ないだろうが、その後、世界の外の連中がしつこく俺たちの世界を消そうとしたのは……、“イフィズトレノォ”が外の世界を支配しようとしたからだ」
「“イフィズトレノォ”を倒せばいいんですね」
ユーウィは魔剣を抱えていた。これから起こる戦いの際には、この魔剣『
オレディアルは肯定する。
「そうです。そして遂に我々は、“イフィズトレノォ”のところにまで来たのですね」
オレディアルは、“イフィズトレノォ”を倒すことを彼の師——ムーガと約束していたのだ。彼はようやく、その最終決戦の地に到達したのだ。
「よくよく考えりゃあ、決着がまだ付いてなかったからな」
ベブルは両手を腰に当てて、また頷いた。
ヒエルドが片手を上げる。
「早く行こうや! アーケモスのみんなを助けな!」
「そうだな」
ベブルは右の拳を左の手のひらに叩きつける。
「よし、“イフィズトレノォ”を捜すぞ!」
「おう!」
ムーガは力強く返事をする。それに少し遅れて、吃りながらヒエルドも「おう」と返した。彼は返事の頃合いを見誤ったようだ。ユーウィとオレディアルは無言で深く頷き返す。
そうか……。
あの『声』の奴が―――“イフィズトレノォ”が、この世界そのものだったとはな。
“妾はいつもお前と共にいたではないか”
“妾は、お前の母なる存在よ”
“妾は、この世のすべての生き物の母なのだ”
“すべてをあるべきようにする、とだけは言えよう”
“まず、お前はここにいるべきではない”
だからあのとき、あの『声』はああ言いやがったのか……。
すべてが符合する。
ベブルたちは歩き出した。
星の世界を、“神の幻影イフィズトレノォ”を捜して——。
星が、瞬く。
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