第二十五章⑥ 地平の彼方

「実に痛快であった。誰がお前のような者を、ここに送り込んだか……。名もなきすべての存在よ、此度もまた、よい巡り合いを与え給うたことを感謝する!」


「何だ……、それは?」


 相手に対してまだ構えながら、ベブルはそう言った。


 ログォ・ロルドは静かに笑う。


「世界の外が始めに存在し、そして次に世界が生まれた。だが、お前たちの世界は知らぬのだろう。世界の外にも、まだ外が存在するということを」


「なんだと?」


「そこはもう、概念とは無関係の領域であり、我々にとかく干渉するものではない。だが、我々がそこから解放されることはないのだ。完全な外の世界とは、もはや認識が不可能な世界のことなのだ」


「ご苦労様でした」


 そう言いながら現れたのはリサだった。彼女は消え行こうとしているログォ・ロルドに微笑みかける。


「貴方が組んだ世界基盤は、多くの存在が利用しました。ミクラ姉が改良を加えて広く出回ったその世界——それをレメが自分用に変えた世界から、彼らはやってきた。そして彼らは、いよいよ力をつけ、その世界は世界の外側を呑み込もうとしている」


「ただのひとつの世界に過ぎぬというのにな……」


「世界は世界の外のためにあったのでしょうか? 世界の外は世界のためにあったのでしょうか?」


 リサがそう言うと、ログォ・ロルドは微笑んだ。


「リサよ、後は任せたぞ」


「おやすみなさい、ログォ・ロルド」


 ログォ・ロルドの放つ光の筋が急速に増えたと思うと、彼は砕け散り、全身から光を放出して、闇の中へと消えていった。



 それから、リサはベブルたちのほうを向いて、突然笑みを消し、真剣な表情になった。


「始まりますよ」


 その瞬間、空間が揺れ始める。


 急速に雲が流れ、星は明滅を繰り返した。岩肌の地面は捻じ曲がり、空へと吸い込まれていく。


 闇が成長を始め、すべてのものを呑み込んでいく。白い空間が現れ、塔が現れ、階段が現れ、街が現れ、そしてまた闇の淵が現れた。すべてが現実から引き剥がされ、深い闇の中へ放り込まれていく。白い存在が幾度となく、幻影のように現れては、闇へと消えていく。無数の世界の泡がその闇の中へと巻き込まれていく。まるで、星空のようだった。


「何なんだ、これは!」


 ベブルが叫んだ。それに対して、リサは澄まして答える。


「貴方がたの世界が表裏を反転させているのですよ。ログォ・ロルドは世界の外側を守っていたのです。彼が敗れたため、貴方がたの世界が世界の外側となり、この世界の外側は、その世界の外側から見たひとつの世界にすぎなくなります。貴方たちは役目を果たしたのです」


「役目……、だと?」


「はい。貴方がたの世界は、彼を倒させるために、貴方たち三人にその『力』を与え、世界の外側に送り出したのです。それは叶いました。世界の内外は逆転を始めます」


「世界の内外が入れ替わると、世界はどうなるんですか?」


 ユーウィがそう訊いた。リサの返答は決まっていた。


「世界の外側になりますよ」


「アーケモスはどうなるんだ!」


 ムーガが大声で怒鳴った。つまるところ、知りたいのはそれなのだ。


 リサはそれに対して、冷静に答える。


「世界の外側に投げ出されます。世界に詰め込まれていたものは、そのままの形では存在できないことでしょう。世界の外も中も、新たにつくり直さないことにはどうにもなりません」


「つまり、アーケモスに人は住めぬというのか!」


 オレディアルが怒鳴った。リサは首を縦に振る。


「莫大な放出活力によって、アーケモスという惑星は消滅します。そもそも、夢が現実になった時点で、存在の形式が異なるのです。旧形式の情報は破棄されます。貴方がたの世界は、夢と現実とを結ぶ形式変換の術を持たぬようですからね。……もしくは、旧形式の情報を引き継ぐ必要がないと考えているか」


「なんやって!」


 ヒエルドが叫びを上げた。


「どうすりゃいいんだ、おい!」


 ベブルはリサの両肩を掴んだ。


「なにがです?」


「とぼけんじゃねえ。世界を裏返しになんてさせてたまるか! どうやったらそれを止められるんだよ!」


すればいいのです。そうすれば、我々がつくり出した当初の目的どおり、永久に夢だけを見続けるはずです」


「本当か?」


「永久にと言うのは言いすぎでしたね。現に貴方の世界は自我を手に入れている。次また自我を手に入れないとも限りません」


「だがとにかく、これは止められるんだな? いま、世界が裏返っちまうのは!」


「そうです」


 リサは澄ましてそう答えた。しかし、まだ疑問はあった。根本的な疑問が。


 ベブルは更に質問する。


「どうやって破壊するんだ」


「そうしたいのなら、わたしが案内しますよ」


 リサは異様なまでに、ごく簡単に、大仕事を引き受けようとする。だがベブルには、これを疑問に思っている暇などないのだ。


「頼む。俺をそこに連れて行ってくれ」


「わかりました」


 ベブルはリサの肩から両手を離し、仲間たちのほうに向き直った。彼は彼らに言う。


「俺は世界のところに行ってくる」


「わたしも行く!」


 ムーガが即答した。そして、ユーウィも、オレディアルも、ヒエルドも、同様に同行を申し出たのだった。


「わたしも行きます!」「私もです」「僕も行く!」


「お前ら……」


「なに今更そんなこと言ってんの!」


 ムーガは笑いながら、ベブルの肩を強く叩いた。


 ユーウィも微笑む。


「そうですよ。わたしたちは、アーケモスを守るためにここまで来たんじゃないですか」


「そうやなかったら、僕らここまで来てへんよ」


「その通りです」


 仲間たちは力強い眼差しで、ベブルを見ていた。


「……そうだな」


 そう言ってベブルは微笑んだ。そして、またリサのほうを向く。


「頼む。俺たちをそこへ連れて行ってくれ」


「わかりました」


 リサは了承する。彼女は歩き出した。


「では、ついて来てください」


 リサが歩き出した先は、あろうことか、闇の方向だった。いままさに、すべてのものを呑み込んでいる闇に向かって歩いているのだ。流石にベブルたちは躊躇い、立ち止まっている。


「早くしないと行けなくなりますよ」


「……わかった」


 渋々ベブルは納得する。ここで時間を浪費するわけにはいかないのだ。


 ベブルたちはリサの後に付いて行く。


 リサは闇に向かって真っ直ぐに歩き、そして、その中に溶け込んで、消えていく。彼らも、闇の中へと飛び込み、昏い世界へと沈んでいく。


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