第二十五章⑤ 地平の彼方
地面は角張った岩肌だった。
空は真っ暗な闇だったが、そこに散りばめられた星々が、強烈なまでに光り輝いていた。雲が多く、空を覆い隠そうとしていたが、星の光があまりに強いため、その光は雲を突き抜けて地上に到達していた。
この先も、この後ろも崖だった。崖の下には、闇の世界が口を開けている。呑み込まれれば一巻の終わりだろう。
そして空の上から、崖の下から闇が飛来し、崖の縁に巨大な闇の結晶をつくり始めた。次第に、それは人ほどの大きさになり、人の形になり、ひとりの男になった。
その男の髪は白く、黒い服を着ていた。彼はベブルたちに背を向け、眼下に広がる闇の深淵を眺めていた。
男は振り返る。上着の前は大きく開け放たれており、そこから引き締まった筋肉が見て取れた。彼は顔だけでなく、胸にも腹にも紅い模様が描かれている。
風が吹いた。その男の髪と服とが靡く。
存在の威圧感だけで、ベブルたちは身体が圧し潰されそうな感覚を持った。彼らは無意識のうちに構える。
その存在の声は、空間じゅうに轟き響き渡る。
「我が名はログォ・ロルド。数多ある世界の根幹、基本体系を組み上げし存在」
「お前がログォ・ロルドか!」
ベブルが叫んだ。その男は少しも動かない。
「いかにも。よくぞここまで来た。世界の存在たちよ」
「お前が、俺たちの世界を壊すのか」
ログォ・ロルドは肯定する。
「その通りだ。お前たちの世界は、世界の外側を呑み込もうとしている。造物主の領域を被造物の領域に堕とすというのならば、処理をせねばならない。我はこれまで、お前たちのような者を幾度も処理してきたのだ」
「なに?」
「自分たちが世界の外側へ来た、唯一の、世界の中の存在であると思い込んではおるまいな? これほど世界が多くあると、お前たちのような者も、また多くあるのだ。この地に踏み込む存在が。自我を持ち、夢としての自らを否定し、自らこそを現実にしようという世界が」
ログォ・ロルドは一歩、ベブルたちのほうへ歩く。緊張感が走り、彼らの構えは固くなる。
「そして我は、幾度となく、そのような者たちを、そしてそのような世界たちを処理してきた。それゆえに我があり、また、世界の外側もあるのだ」
「でも、わたしたちは負けない! わたしたちの世界を壊させない!」
ムーガが大きな声を張り上げた。威圧感に押し潰されないよう、自分で自らの心を支えているのだ。
「まあ、よいだろう」
ログォ・ロルドはそう言って、自らの手を見やった。そして、うなずくと、またベブルたちのほうを見る。彼は不気味に嗤う。
「これで、四度目か……」
ログォ・ロルドは構える。ベブルたちは息を飲んだ。
「さあ、来るがいい!」
ベブルとムーガ、そしてユーウィがログォ・ロルドに向かって走っていく。やはり、最初に相手のところに到達したのはベブルだった。
ベブルは拳を突き出し、ログォ・ロルドを打ち据えようとした。だが、拳は空を切っただけだった。
「遅い」
ベブルはその声を、自分の背後で聞いた。ログォ・ロルドはいつの間にか、彼の後ろに廻り込んでいたのだ。ムーガもユーウィも、行き過ぎてしまうことになった。
ログォ・ロルドの腕には、謎の力が纏わり付いており、発光していた。彼はその腕で、後ろからベブルを殴り落とす。ベブルは地面に叩き付けられる。
ユーウィは魔剣『
そこへ、ムーガが横合いから飛び出し、ログォ・ロルドに対して『消滅の力』を浴びせ掛かる。だがそれも躱され、逆に、彼女がログォ・ロルドに腕を掴まれてしまった。
「ムーガさん!」
ユーウィが叫び、その場から、魔剣『
“高速の魔法”の掛かったオレディアルがそこへ急行し、後ろからログォ・ロルドの頭を大型の魔導銃剣で殴り付けた。しかし、相手に有効だったようには見えない。
ログォ・ロルドはムーガの腕を掴んだまま、彼女の腹を何度も蹴り付けていた。
立ち上がったベブルが走り、ログォ・ロルドの顔面を『力』を纏った拳で殴り飛ばす。ログォ・ロルドは吹き飛ばされ、岩肌の地面を滑っていった。
だが、ログォ・ロルドは消えなかった。
ベブルは舌打ちする。
「こいつはこの『力』でも消えないのか……。しかも、この『力』しか、まともに効きそうもねえ……」
ムーガは腹を押さえたまま倒れていた。ユーウィの魔剣『
ログォ・ロルドはその場で腕を高く掲げ、そこに強烈な、巨大な光の玉をつくり出した。ベブルたちは咄嗟に構える。
「これに耐えられるか!」
ログォ・ロルドはその腕を振り下ろした。巨大な光が彼らに襲い掛かる。
ベブルも、ムーガも、ユーウィも、オレディアルも、それに弾き飛ばされ、そのたった一撃で地に伏すことになった。
すぐに立ち上がれたのはベブルだけだった。彼は気合だけで身体を支えながら、敵を捜した。だが、どこにもいない。
脳天に強烈な衝撃が加わった。ログォ・ロルドは空中から、ベブルの頭を蹴り落としたのだった。彼は昏倒し、また地面に倒れる。
「ベ……ブル……」
ムーガは血を吐きながら、気を失っている彼に手を伸ばした。だが、届かない。ユーウィは彼女の傍で血塗れで倒れていたが、意識を失っていた。
ヒエルドは仲間を救うために、“究極の治癒魔法”を使おうとした。だが、彼の前にログォ・ロルドが瞬時に現れた。自分が戦いの場所から離れたところにいると思っていた彼は驚愕した。ログォ・ロルドには、距離というものがまったく無意味なのだ。
ログォ・ロルドはヒエルドの腹を殴り付ける。彼は痛みに呻き、口から大量の赤い血を吐くと、そのまま白目を剥いて岩の上に倒れた。
呻き声を上げながら、ムーガは立ち上がろうとしていた。ログォ・ロルドはそれを見つけ、止めを刺そうと走り始め、それと同時に彼女の前に到着した。あまりにも速い。
そこへオレディアルが武器も持たずに立ち上がって飛び出し、ムーガの身代わりとなってログォ・ロルドに殴られた。彼は縦回転しながら吹き飛び、そして墜ちる。
「うわああああっ!」
大声を上げながら、ムーガはログォ・ロルドに飛び掛る。『消去の力』を浴びせようというのだ。だが、これほど傷ついた彼女の攻撃が、ログォ・ロルドに当たるはずがない。
ログォ・ロルドは姿を消し、ムーガの『消去の力』を回避した。そして、『消去の力』がなくなるとまた同じ位置に出現し、何とか立っているムーガを叩き落した。岩肌に血が飛び散る。
「何度やっても、同じことか……」
ログォ・ロルドは溜息をつく。
「消えろボケェ!」
「なにッ!」
ベブルの拳が、ログォ・ロルドの頬を殴り飛ばした。ログォ・ロルドは遠くの岩肌に墜ちる。彼はすぐにそれを追いかけた。
「立てや、ログォ・ロルド!」
ログォ・ロルドはむくりと起き上がる。ベブルはまたそれを殴り倒し、そしてまた彼の服を掴んで、引き上げては殴った。
「よくも、ムーガにやりやがったな!」
何度も何度も殴りつけていると、ログォ・ロルドからの頭突きの反撃がベブルの頭を撥ね飛ばした。
血の海の中で、ユーウィが目を覚ました。彼女が少し頭を動かして周りと見ると、ムーガも、オレディアルも力なく倒れていた。そして、遠くにはヒエルドが人形のように倒れている。遠くの別の場所では、大声を上げながらログォ・ロルドと肉弾戦を繰り広げているベブルが見えた。
激痛がユーウィの身体を大きく痙攣させる。だが彼女は、そのまま呪文の詠唱を始めた。“治癒の魔法”だった。しかも、それは自分に対するものではなく、ヒエルドに対するものだった。
遠くのほうでヒエルドがもぞもぞと動き始める。そして彼は片手で腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。彼の口は何か動いている。呪文を詠唱しているのだ。
“究極の治癒魔法”が完成し、ユーウィとムーガとオレディアルの傷を完全に癒やしてしまう。彼らは立ち上がった。
ベブルと戦いながら、ログォ・ロルドはまた腕を高く掲げた。
すると、空から幾つもの隕石が降り注ぎ始める。
遠くにひとり取り残されていたヒエルドはこの危険を察知し、ムーガたち三人のいるところへ駆け付けた。
「集まって!」
ヒエルドは両腕を上に突き出し、巨大な魔力結界を作り出す。これで、隕石群から仲間たちを守ろうというのだ。
いくつもの岩の塊がヒエルドの結界に衝突する。圧倒的な力に押されて、流石にヒエルドにとってはつらいようだった。彼は叫びをあげながら、必死で結界を支えた。
ヒエルドの結界が勝利し、隕石の雨は止んだ。
ログォ・ロルドはまた腕を掲げ、新たな攻撃を開始しようとしていた。ベブルはそこへ飛び込み、その邪魔をする。
「遅い」
「いちいちうるせえ!」
ログォ・ロルドはベブルの背後に廻り込んだが、ベブルは半回転して彼に廻し蹴りを叩き込む。そして更に、『力』を乗せた拳で立て続けに殴りつける。
何発目かにログォ・ロルドは攻撃を躱し、反撃を開始する。まず一撃がベブルの腹に叩き込まれ、二撃目が頬を殴り飛ばす。
ユーウィがログォ・ロルドの背中を斬り付けた。『力』の篭った一撃だったので、その刃は彼の背を切り裂く。
ログォ・ロルドが振り向き、ユーウィに反撃を開始しようというところで、彼の見たものはムーガの手のひらだった。彼はムーガの『消滅の力』によって撥ね飛ばされ、岩肌に仰向けに倒れる。
ログォ・ロルドが立ち上がったところに、ベブルが襲い掛かる。ベブルはその拳に『消滅の力』を纏わせ、まだ防御行動さえ取れない彼をまた殴り倒そうとした。
だが、予想以上にログォ・ロルドの動きは速かった。ベブルは逆に殴られ、地面に叩きつけられようとした。しかし、ベブルは踏み止まり、無理矢理身体を起こすと、その拳をログォ・ロルドの胸に叩きつけた。
「喰らうかぁ!」
強烈な光が弾け、ログォ・ロルドは宙に打ち上げられる。そしてそのまま、そこに浮かび続け、ベブルが殴りつけた部分が幾筋もの光を放った。
「四度目にして、遂に我を越えたか……」
ログォ・ロルドはベブルたちにそう言う。なにを数えているのか、ベブルたちにはわからなかった。
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