第二十五章④ 地平の彼方

 ウーシアは走り出し、まずムーガに襲い掛かった。


 だがウーシアが到達するより前に、ベブルが彼に蹴りかかった。連続で蹴りを浴びせ、更に拳で連打した。


 確かに、自らのことを強いと言っただけのことはある。巨大な怪物をも撥ね飛ばすベブルの拳を受けて、ウーシアは平然としているのだ。


 じゃあ、この『力』で消すしかねえな。


 ベブルが『消滅の力』を纏わせた拳でウーシアに殴り掛かると、その攻撃は彼には躱されてしまった。


 ウーシアは嬉しそうに笑い、すぐに反撃に転じる。


「ほう、お前も消去できるのか。余もだ」


 ウーシアの拳がベブルを消去しようとする。ベブルはそれを何とか躱すことができたが、相手は異常に速く、躱したと同時に次の攻撃を仕掛けてくる。


 ふと、ここでヒエルドが仲間全員に魔法を掛けた。“高速の魔法”だった。このお陰で、ベブルはウーシアの攻撃範囲から離脱できた。


「逃げたな、卑怯者め!」


 ウーシアはそう言いながらも、その表情は嗤っていた。彼は自分の勝利を確信している。


 だが、そうはならなかった。まず、物凄い速さで接近してきたオレディアルが、ウーシアを魔剣で殴り、その進行を抑えたのだった。そして更に、駆け付けたムーガが、ウーシアを『消滅の力』で撥ね飛ばした。ウーシアはいとも簡単に宙を舞い、泡の山へと突っ込んでいく。幾つもの泡が割れた。


「お前……、その力は……」


 そう言いながら、ウーシアは緩慢な動作で立ち上がり、泡の山から出てきた。彼の身体は罅割れ、いまにも砕けようとしている。彼は怒り狂っていた。


「この余の力よりも、優れているだと? 触れずに、この余を消滅させるだと? おおおおおお、この造られた空間もろとも、お前たちを消し去ってやる……!」


 ウーシアはそう喚き散らした。


 一体これから何が来るものかと、ベブルたちは構える。


「往生際が悪いですね」


 リサがそう言った。


 ベブルたちは声の主を捜した。いつの間にか、リサはウーシアのすぐ傍にいた。彼女はウーシアに話し掛けている。


「ここは、ログォ・ロルドがつくりだした部分です。貴方程度の存在に、消去はできませんよ。それに第一、現実を消すなんてことはできません。貴方が『消去』を使えるのは、夢の中でだけです」


 ウーシアは目を見開き、いよいよ狂ったように吠え立てる。


「なぜだ、なぜだ、なぜだ!」


「貴方の負けですよ」


 リサは答える。ウーシアは砕け散り、そして、消滅した。


 静かになった。



「皆さん、やりましたね」


 リサは嬉しそうな声でそう言った。


 ベブルたちは彼女のほうを見ていたが、何も言わなかった。


 だが、やがて、オレディアルが呟くように言った。


「彼女は何者なのでしょうか……」


 それに答えられるものはいなかった。


「さあ、行きますよ」


 リサはそれだけ言うと、階段を上っていく。


 気が晴れないままだったが、彼らはその後に付いて行くことした。


 階段の先には、また新しい空間が広がっている。



 そこでベブルたちを待っていたのは、魔剣を手に提げたミクラだった。


 有無を言わさず、まずユーウィとヒエルドが構える。


「貴女は……!」


 だがミクラは微笑っただけで、持っている魔剣を構えなかった。その代わりに、彼女はリサに言う。


「案内役ありがとう、リサ」


「いえいえ」


 リサは微笑ってそう返した。


 ベブルはミクラを睨む。


「まさか、お前はここで戦う気なんじゃねえだろうな」


「戦う」


 ミクラはそう答えて、魔剣の切っ先を彼らのほうへ向けた。


「何でだよ、さっきは戦わねえって言っただろうが」


 ミクラは空いているほうの手で長い髪を撫でる。


「ここは違うのさ。ここは現実だが、ログォ・ロルドのつくりだした部分。わたしは世界にいるかのように、強くなれる。強い今なら、戦ってもいいだろう?」


「だが、『破壊の力』は使えねえんだろ? 何で戦うんだ?」


「もちろん。ここは現実だからな。現実を意のままに操れるものなど、いない。……戦う理由、か……。そんなものが必要か?」


「当たり前だ」


 ベブルのその返答聞いて、ミクラは笑い出した。それは苦笑しているようにも感じられた。


「そうだな。お前たちはあの世界が世界の外側へ送り込んだ手先だ。わたしには、この世界の外側を守るために戦う義務がある。お前たちは、わたしを倒さない限り、この先に進むことはできない」


「このすぐ上にはログォ・ロルドがいます」


 リサがそう付け足した。


 このすぐ先……、そう思って、ベブルたちは周囲を見回す。だが、そこにはやはり平坦な床が広がった空間があるのみで、どこにも階段などなかった。ここから先へ行く階段も、ここへ来たときに通って来た階段も。


 ベブルたちはミクラに対して構えた。ミクラもまた、彼らに対して魔剣を構える。



 ヒエルドはまず、全員に対して“反射の魔法”と“高速の魔法”を掛ける。ベブル、ムーガ、ユーウィはミクラに向かって急接近する。


「準備がいいな」


 魔法を投げ付けようとしていたミクラは、魔法の詠唱を中断し、魔剣を両手で構え直す。


 ベブルはミクラに殴り掛かる。だがミクラはそれをするりと躱すと、彼の懐に飛び込んで思い切り斬り上げる。魔力耐性の高いベブルは魔剣で斬られるということはなかったが、その強烈な衝撃によって高くに撥ね飛ばされる。


 ムーガが『消滅の力』を放出し、ミクラを背後から攻撃したが、ミクラはそれを察知し、間合いを開けてそれを躱した。


 オレディアルはそこに近かったので、攻撃に参加した。彼はミクラに大型魔導銃剣で斬り付ける。だがやはり、それはミクラの魔剣で受け止められてしまう。彼はそれを予想していたので、そこから更に連続で斬りかかった。


 ミクラはオレディアルの攻撃を、ひとつひとつ丁寧に捌いていく。魔力、腕力に加えて、技術も彼女のほうが上手のようだった。


「他所見するな!」


 ベブルは叫びながら、ミクラに跳んで蹴り掛かっていた。だがミクラは、それを見ることなく、彼の脚を片手で掴むと、半回転させて彼を床に叩き付け、もう半回転させて、攻撃を仕掛けようと近寄っていたユーウィに投げ付けた。ふたりとも、倒れる。


「ユウィウィー!」


 ヒエルドは叫び、“治癒の魔法イルヴシュ”の詠唱を始める。だが彼は、更にその必要性を感じることになる。


 ミクラと切り結んでいたオレディアルが破れ、その魔剣で貫かれたのだった。彼はしばらく立っていたが、やがて崩れ落ちた。


「消えろォッ!」


 ムーガはまたミクラに『消滅の力』を浴びせかかった。だが、またもや躱されてしまう。彼女が気付くと、ミクラは彼女の背後にいた。


「残念だったな」


 そして、魔剣を一閃。ムーガは背中を斬り付けられ、倒れた。


「ムームー!」「ムーガ!」


 ヒエルドとベブルが叫ぶ。ベブルは起き上がる。ユーウィは倒れたままだった。だが彼はそのまま走った。そうするしかないからだ。


 ベブルは拳に力を溜ながら、ミクラに向かって突き走った。それを見て、ミクラは嗤う。


「お前の戦いは見ていた。いつもそれだな」


 だがベブルは返事をしなかった。


 ミクラは小さく嗤うと、魔剣を構え直す。


「まあいい。手加減はしない」


 走りこんでくるベブルに対して、ミクラも魔剣を構えて向かっていく。ミクラのほうが速く、彼女は彼に魔剣の一撃を浴びせた。


 しかしそれは、ベブルの手によって受け止められた。


「なに?」


 ベブルはミクラの魔剣を思い切り引っ張る。


「こんなもん効くかよ!」


 それと同時に、ベブルはミクラの腹に蹴りを叩き込む。ただし、彼女は世界の外の存在として強いほうであったので、これは然程の打撃ではないようだ。


 ヒエルドはなにごとかを叫び、両手を高く掲げる。


 その瞬間、暖かい光が辺り一帯を満たし、オレディアルの、ユーウィの、そしてムーガの傷が消えた。彼だけが使うことのできる、究極の治癒魔法だ。彼らは意識を回復し、そして立ち上がる。


「消えろ!」


 ベブルはそう叫んで、『消滅の力』でミクラを消し去ろうとしていた。だが、彼女は魔剣を捨て、大きく後ろへ跳んでそれから逃れた。


 ベブルはミクラの魔剣を持ち、それで彼女に突きかかった。だが、それはミクラにあっさりと避けられてしまう。それどころか、またミクラに懐深くに飛び込まれ、強烈な体当たりを食らわされた。彼は魔剣を手放してしまう。ミクラは後ろに飛んでそれを受け取ると、またそこから切り返して彼に斬りかかる。


「素人が剣なんか持つもんじゃないだろう!」


 だが邪魔が入り、ミクラはベブルへの攻撃を中断せざるをえなくなった。オレディアルが斬り込んでいったからだった。


 オレディアルの魔導銃剣と、ミクラの魔剣がぶつかり合う。そしてふたりは激しく刃を打ち合わせる。そこへユーウィが加わり、二対一でミクラは若干劣勢となる。


 ユーウィが『消滅の力』でミクラを消そうとする。ミクラは魔力障壁を作り出してそれを相殺した。


 オレディアルが斬りかかり、受け止めたミクラの剣を撥ねる。そしてそのまま突きかかり、魔導銃剣で彼女を突き飛ばした。


 そして更に、ミクラが飛ばされた先にはベブルが待ち構えていたのだった。彼は得たりと笑い、その腕に『消滅の力』を乗せる。


「さあ、消えろ!」


 ベブルはミクラにその拳を当てようとした。



 だが、ミクラは消え、それはできなかった。


 ミクラはリサのすぐ傍に立っていた。彼女はリサの片腕に抱えられ、寄り掛かって立っていたが、やがて放される。


「お前……!」


 ベブルたちはリサのほうに構える。


 場の緊張度は頂点に達しようというのに、リサは柔らかく微笑んで、両手を小さく前に突き出した。


「もう終わりです。この勝負は貴方たちの勝ちです」


 リサの背後に上の階へと続く階段が出現する。


「何だと?」


「これ以上戦いを続けるのは、わたしにとって好ましくないことだと判断したのです。彼女の存在は重要ですからね」


 リサはそう答える。ミクラは頭を左右に振り、苦笑する。


「すまないな、リサ。手間を掛けさせた」


「気にしないでいいよ」


「それじゃあ、この道は開けよう。お前たちの勝利を願う」


 ミクラはそう言って、遠くのほうへと歩いていった。


 ベブルたちはそれを見ていたが、この不可解な状況に、何も言えないでいた。


 ミクラは空間に溶けて、うっすらと消えていく。


 それを見送ると彼女のほうを眺めていたリサは彼らのほうを向き、笑顔で言った。


「それでは皆さん、行きますよ」


 リサは階段を上っていく。


 ベブルたちもそれに従うことにした。


 いよいよ頂上だ。


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