第二十五章③ 地平の彼方
ベブルとリサの前には、塔が聳え立っていた。
ベブルはまた驚いた。またも塔の外へ放り出されてしまったからだ。
「おい、これは……!」
リサは小首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「……またかよ、おい!」
ベブルがそう言っていると、後ろから彼を呼ぶものがあった。
「ベブル——!」
振り返ると、そこにはムーガがいた。
いや、それ以前に、彼と共に来たはずのムーガとユーウィがいなくなっているのだった。先程までのムーガは消えて、また彼女はここへやって来ている。
「ムーガ!」
ベブルはそう応えた。彼がそう言っている間に、ムーガは彼に飛び付き、しがみ付いた。
「やっと逢えた……!」
ムーガは歓喜の涙を流していた。
逢えた……? さっきも一緒にいたはずなんだが。
だがムーガの涙と、微笑みと、その感情は本物だった。それは疑いようがない。彼女は泣きじゃくっていた。
「これは、夢なんだね。夢でもいいから、もう一度逢いたいと思ってたんだ……。逢えて嬉しいよ……」
ベブルは無言で、ムーガを抱き締める。
遠くを見遣りながら。
ベブルの目は、これから現れるであろうユーウィを捜していた。思ったとおりに、遠くから別の女が小走りにやって来る。彼女はふたりの名を呼んだ。
「ベブルさん! ムーガさん!」
「ユーウィ」
ユーウィは武器を抱えたまま、ベブルたちふたりのところへやって来た。ムーガは彼女の登場に驚き、目を丸くして訊く。
「ユーウィ、どうしてこんなところに」
「夢、ですよね。ベブルさんがいっらっしゃるんですから……。そうです。これは夢です。わたしはベッドに入ったんです。それで眠りについて、いまここにいます」
「わたしも、夢を見てるんだよ」
ムーガが、ベブルに抱き締められたまま、そう言った。
そこへまた、遠くから別の声が聞こえたのだった。
「リーリクメルド!」
「ベブルンルン!」
魔剣“
「ヒエルドに、オレディアル……」
ムーガが呆然として、そう呟いた。そうしている間に、走ってきたふたりは三人のところへ到着した。
オレディアルが質問する。
「ここはどこなのです? 気がつけばこのようなところに……」
ヒエルドも、この状況を理解していないようだ。
「僕も僕も。そう僕も、いつの間にかこんなとこにおってん。ここなんなん? 夢の中?」
「みなさん、まだですか?」
そう言ったのはリサだった。彼女は微笑んで彼らを見ている。
その発言に、ベブルの仲間たちは唖然とする。彼らは意味が解っていないようだ。ここへ来たばかりなのだから、それは仕方のないことだ。
「みんな、よく聞いてくれ」
ベブルが真剣な面持ちで、四人にそう言った。ムーガは彼から離れ、服の袖で目の周りと頬を拭いた。彼は説明する。
「ここは、世界の外側ってところだ。俺たちの世界は、ここの奴らに創られたんだ。それで、俺たちの世界を消すログォ・ロルドって奴が、この塔の一番上にいるらしい。俺はそいつのところに行こうとしている。そいつを倒せば、俺たちの世界は守られる」
話を聞いてしばらく、内容を咀嚼するために、集って来た四人は暫く沈黙していた。そして、理解し終えると、ムーガは拳を握り締めて、力強く宣言した。
「じゃあ、わたしも行く」
オレディアルも、落ち着いた声で言う。
「私も行きます。世界を守るために最後まで戦うと、約束したではないですか。お供させていただきます」
「わたしもです。ベブルさんは、いなくなられてもまだ、わたしたちのために戦ってらしたんですね。わたしも、協力しないわけにはいきません」
ユーウィはそう言って深くうなずいた。
ヒエルドも同様だ。
「僕も行く。僕は、アーケモスのみんなが好きやねん。そのアーケモスが消されるっていうんやったら、僕も戦う。みんなを守りたい」
ベブルは即座に了承する。
「いいだろう。ただし、ここを夢の中だと思うのはやめろ。ここは正真正銘の現実だ。油断すると命を落とすぞ」
「わかった。じゃあこれは、現実? 夢じゃないんだ!」
ムーガは満面の笑みを湛えて、またベブルに抱き付いたのだった。
その様子を、ユーウィが見て微笑む。
「わかりました。怪我をすると、足手纏いになりますからね。注意します」
オレディアルは深くうなずいてみせる。
「夢でないのなら、戦う価値があるというものです」
「わかった。起きてるときと同じぐらい、気ぃつけて戦うよ」
ヒエルドは彼のカシノキの杖を両手で握り締めた。
「では、準備はいいですね?」
離れたところから、リサがそう言った。
ベブルはうなずく。
「ああ」
「あの人は?」
ムーガがそう、ベブルに尋ねた。
「多分……、案内人だろ」
「彼女がログォ・ロルドのところへ案内してくださると?」
オレディアルがそう訊いた。
「本人は、そう言ってるがな」
ベブルには、そう答えるしかなかった。信じるしかないのだから。
「では、行きますよ」
リサは塔の入口に向かって歩く。ベブルたちもそれに付いて行く。それから彼女は、ベブルの傍に行くと、小声でこう言った。
「安心してください。これが最後です」
塔に入ると、そこにはオルスとマナ、そしてエアがいた。三人とも、世界の外側の存在の姿をしている。派手な模様の描かれた顔で、不気味な表情に笑みを浮かべて、彼のほうを見ていた。
「よく来たな」
オルスは嗤った。
ムーガはリサに尋ねる。
「こいつらが、ログォ・ロルドなの?」
「いいえ。でも、彼らを倒さなければ先にも後へも行けません」
そう言われて、ベブル以外の四人は周囲を見回す。ここは見渡す限り白い空間で、上の階に進む階段もなければ、入って来た出入口もなくなっている。
そのことは、ベブルはすでに知っているので、彼はここで見廻すことなどしなかった。
オルスは嗤ったまま、構えることなく挑発する。
「さあ、掛かって来い。ここはお前たちの世界ではない。我々にどこまで抵抗できるかな?」
「うるせえ」
それだけ言うと、ベブルは敵三人のいるほうへと突っ込んでいく。ムーガとオレディアルが彼の後に続いた。ユーウィとヒエルドは後衛担当のようだ。
ベブルは拳に『消滅の力』を纏わせ、オルスを殴りつける。相手の力を舐めているオルスは身を守ることさえしなかったが、殴られる直前に気が付いたようだ。だが、もう遅かった。
「とっとと消えろ!」
その『力』にオルスはいとも簡単に吹き飛ばされ、砕け散り、消滅した。
マナは驚愕に打ちのめされる。
「そんな莫迦な! どうして現実でその『力』が!」
その瞬間、マナは撥ね飛ばされ、消滅した。ムーガが彼女に掌を向けていた。
オレディアルはエアを相手に猛攻を繰り広げていた。だが、衝撃を与えて押しているだけ、彼のほうが優勢であったものの、世界の外側の存在には、世界の中の武器がほとんど通用しないのだ。
「非存在め、これでも——」
エアがそう言って反撃に転じようとしたところで、ベブルが割り込み、エアを殴り倒し、そして消し去った。
「あっという間でしたな。世界を破滅させたのが、こんな者たちだとは……」
オレディアルがそう述べた。
ベブルは溜息をつきながら、オレディアルとユーウィに言う。
「ユーウィは攻める側に入ってくれ。ディグリナートはできるだけ補助だ」
「わたしが、戦うんですか?」
ユーウィは動揺していた。オレディアルも、それに反論しようとする。
「しかし——」
ベブルは説明する。
「ここの奴には、俺たち三人の攻撃しかまともに通用しない。いや、消しちまえば終わりになる分、ここの奴より俺たちのほうが強い。だから、ディグリナートには“治癒の魔法”を頼む。ユーウィは全力で、身を守りながら戦ってくれ」
「……わかりました」
「そういうことでしたら……」
ふたりは了承した。
ムーガはオルスたちの消えたあたりを、もう一度見る。
「でも、本当に空しいよね。わたしたちの世界が、あんなのに好きなようにされてたなんて……」
立ち尽くしている彼らに、リサが声を掛ける。
「行きますよ」
リサの傍には、上へと続く階段があった。彼女はその階段を上っていく。
ベブルたち五人は一度顔を見合わせたが、リサの後に続くことにした。
その先は、霧がかった空間だった。そこには世界の泡が大量に、山のようにあった。まるでこの空間全体が泡の山の中にあるようだった。
ヒエルドは振り返って、驚いた。
「階段がなくなってる」
ムーガも、ユーウィも、驚いて息を呑んだ。
「どういうことなのだろうか」
オレディアルも、この異様な事態に狼狽していた。
だがベブルは、知っていたので振り返らなかった。
霧の中に、誰かがいるのが見えてきた。
「何だ、お前たちは」
それは、世界の外の存在の男だった。肩ほどまである髪を撫でると、ベブルたちの前に仁王立ちした。
赤い目がぎらぎらと光っている。その男は勝手にうなずき始める。
「ははあ、そうか。お前たちが、強い人間なのだな。ならば余が遊んでやろう。余は世界から帰ってきたばかりなのだ。もう次の遊戯が用意されているとはな。気の利く奴だ」
「何だと?」
ベブルがそう返すと、その男は嗤い始めた。
「余の名はウーシア。すべての創造主である——いや、ここでは正しくないのか。まあ、よい。世界の外へ来たのだ、ただの人間ではあるまい。余がその力を試してやろう。ただし、余の水準は高いぞ?」
「そこを通してくれないのなら、手加減はしない!」
ムーガが構えた。それから、ベブルたちも構えを取った。
ウーシアは嗤い、ゆったりとした動きで構えた。
ヒエルドが、彼らの後ろにいるリサに訊く。
「なあなあ、この人もログォ・ロルドさんと違うん?」
「違いますよ。彼はもっと上にいます」
リサはそう、微笑って答えた。
ウーシアは大声で嗤っている。
「ははは、面白い。さあ、余が遊んでやろう。こちらから行くぞ!」
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