第二十四章③ うたかたの外

 闇の中に、ひとりの女が立っていた。


 ミクラと同じくらいの歳だろうか。


 女はベブルに微笑む。


「ようこそ」


 ミクラはいなかった。


「話は聞いています。こちらへどうぞ。わたしはリサ」


 リサも髪は白く、白い服を着ていた。彼女の顔の紅い模様は、ミクやフィーナに比べて、一際派手だった。髪が長いのはミクラと同じだったが、直毛の彼女とは違って、リサの髪は癖毛だった。


 リサはベブルに背を向け、歩いていった。彼はその後に続く。


 闇が晴れ、闇ではないものが張り出してくる。


 白い世界だった。


 その先には、塔が立っていた。


 そこまで行くと、リサは振り返る。


「ここは、ログォ・ロルドがつくり出した部分です」


「ログォ・ロルド?」


 ベブルの聞いたことのない言葉だった。


「世界を創った存在ですよ。彼は、貴方と戦いたいと言っています」


「戦うのか?」


 鸚鵡返しの疑問を聞いて、リサは笑う。


「ああ、でも、ご心配なく。ここの設定は、貴方の世界とほぼ同じにしてあります。風も吹きますし、わたしたち世界の外の存在も相応に強いので覚悟してください」


「同じ?」


「でも時間移動はできませんよ。ここは現実ですからね」


 これにはベブルは苦笑した。


 そうか『現実には時間移動なんてできない』か……。


 それもそうだ。


 だが、ベブルにはまだ疑問がある。


「何で俺が戦う必要があるんだ」


 リサは笑って答える。


「当然です。貴方は世界の外を滅ぼしに来たのでしょう?」


「なっ……」


 ベブルは返答に詰まった。突然突拍子もない話になっていたからだ。


「彼を倒せば、世界の外は崩壊します。彼を倒せなければ、貴方の世界は破壊されます」


「世界の外が崩壊すれば、どうなるんだ?」


「世界の外がなくなります。外はなくても世界は世界ですが……、ああ、貴方の世界の場合、この世界の外側を世界にして、世界の外側になるんでしたよね」


 ベブルには、リサの言っていることがよく解らない。


「待ってくれ。俺の世界が世界の外側になったら、俺の世界はどうなるんだ?」


「世界の外側になりますね。それがどうかしたのですか?」


「あのなあ……」


 リサは首を傾げる。


「変な存在ですね。貴方の世界が壊されたくないのだったら、戦うしかありませんよ」


 確かに、それはそうなのだった。


 仕方がないのでベブルは、リサにまた別のことを訊く。


「リサ、お前は何で俺をそいつのところに案内するんだ? 俺がログォ・ロルドって奴を倒したら、この世界は世界の内側になるんだろ?」


のです。外側や内側が、なにか問題でも?」


「いや……」


 ベブルはまたも返答に詰まった。先程——いや、随分前だった気がする——、世界の外側が世界に支配されることを拒否した者たちがいたのを思い出したからだ。


 リサはまた、黙り込んだベブルを見て、首を傾げる。


「わたしもよく世界に入りますけど、一体なにがそんなに違うのでしょう。ことのなにがいけないのでしょう?」


 ベブルはまた、沈黙している。


 リサは塔に向かって歩き始めた。


「行きますよ、ログォ・ロルドはこの一番上にいます。彼を倒さなければ、貴方の世界は処分されてしまいます」


「ああ……。そうだな」


 ベブルはとりあえず、一歩を踏み出すことにした。


 彼らは世界を創ったという存在のいる塔へと歩く。



 ここには、空がなかった。

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