第二十五章

第二十五章① 地平の彼方

 ベブルとリサの前には、塔が聳え立っていた。


 この頂上にいるログォ・ロルドを倒せば、世界を消されてしまわずに済む、リサはそう言った。


 とにかく、世界を消されてしまわないようにする必要はあるだろう。世界を消されては、アーケモスも消えることになり、そこに住む者すべてが消されてしまうのだ。どの時代に影響するのかわからないが、消されていいものではない。


 なんとしてでも世界を守る必要がある。


「では、準備はいいですね?」


 リサはそう言った。ベブルはうなずく。


「ああ」


「では、行きますよ」


 リサは塔の入口に向かって歩く。ベブルもそれに付いて行く。



 塔に入ると、そこにはオルスとマナ、そしてエアがいた。三人とも、世界の外側の存在の姿をしている。派手な模様の描かれた顔で、不気味な表情に笑みを浮かべて、ベブルのほうを見ていた。


「よく来たな」


 オルスは嗤った。


 ベブルは構え、ここへ一緒に来たリサに尋ねる。


「こいつらが、ログォ・ロルドだったのか?」


「いいえ。でも、彼らを倒さなければ先にも後へも行けません」


 そう言われて、ベブルは周囲を見回す。ここは見渡す限り白い空間で、上の階に進む階段もなければ、入って来た出入口もなくなっているのだ。


 覚悟を決めて戦うしかないのだ。


 オルスは嗤ったまま、構えることなく挑発する。


「さあ、掛かって来い。ここはお前の世界ではない。我々にどこまで抵抗できるかな?」



 ベブルは駆け出し、まずオルスに殴り掛かった。


 いとも簡単にオルスは吹き飛ぶ。


 マナとエアがベブルに掴み掛かった。


 だが逆にベブルがそのふたりを掴み、エアを床に叩きつけ、マナを『全てを消し去る破壊の力』で消滅させた。


 ベブルは叫ぶ。


「さあ次はどいつだ! 次に誰が消されてえんだ!」


 オルスとエアは恐怖の表情を浮かべて、後退りした。オルスはベブルに殴られた腹が痛むため、何も言うことができない。


 恐れ戦きながら、エアが言う。


「莫迦な……、現実でこんなことが起きるはずがない……。その『消去』の力は、夢の中——世界の中でしか使えないはずだというのに……」


 オルスの口から黄色の血が垂れてくる。彼は言う。


「そんな……、死にたくない……。話が違うじゃないか。なんでこんな悪夢みたいなことが現実に起こるんだよ……。俺を非存在にしないでくれ!」


「逃げられませんよ」


 そう言って、リサは微笑んだ。


 ベブルは敵に向かって駆け出す。


 オルスもエアも、完全に戦意を喪失していた。それはそうだろう、現実離れした化け物に襲われているのだから。言うなれば彼らは、普通の人間なのだ。遊びのつもりで参加して、命の危険に晒されている。恐怖して逃げ惑うのは当然のことだ。


 だがベブルは、彼らを逃がしはしなかった。彼らも同じことをしたのだから。それどころか、戦おうなどとさえ思っていなかった無辜の人間の命を、彼らは——この化け物たちは——どれだけ奪ったことだろうか。


 ベブルはまずエアを消滅させ、そして、次にオルスを消滅させた。


 あまりにもあっけなかった。


「行きますよ」


 リサが彼にそう言ったが、ベブルは拳を握り締めたまま、唇を噛み締めて、暫くそこに立ち尽くしていた。


 こんなゴミ野郎のせいで、俺の世界が無茶苦茶にされたってのか……。



 ベブルは無言で歩き出すと、リサの後に続いて階段を上った。


 その階段の先に、また新しい空間が見えてきた。


 そこへ飛び込む。


 霧がかった空間だった。


 振り返ると、やはり何もなかった。


 階段が消えている。


 空間が続いているばかりだった。


 見回したが、リサがいなくなっていた。


 そのまま歩いていくと、そこにひとりの男を見つける。


 男は言った。


「僕はギドト。君の世界の支配者さ」


 ベブルはすぐに構える。


「お前が、ログォ・ロルドなのか?」


「違いますよ」


 背後からリサの声が聞こえた。いつの間にか、彼女はベブルの後ろで彼らの様子を見ていたのだった。


 ギドトは顔を歪めて嗤う。


「ログォ・ロルド? なにを言ってるんだい君は?」


「なに?」


 ギドトはこれ見よがしに溜息をついてみせる。


「それにしても君は、ちっとも僕の言うことを聞かなかったね。僕が世界の支配者だっていうのに」


「言うこと、だと?」


「そうさ、折角君に声を掛けて誘導してやったって言うのに、これっぽっちも僕の思うとおりに動かない」


 ベブルはギドトを睨み据える。


「あの『声』はお前だったのか。一体、お前はなにがしたかったんだ?」


 ギドトは、ベブルに睨まれても少しも動じなかった。どうやら彼は、ベブルを完全に自分よりも格下の——自らによる被創造物と見做し、それ故に全く恐れていないようだ。


「フィナだよ。可愛いだろう? あれは僕のお気に入りなんだ。だけど、いい出来だから、あの世界にあるだけじゃ満足できなくなってね。それで君に、現実に連れ出させようとしたのさ。なのに君は、あれを死なせてしまった。まったく、役立たずだよ、君は。だからあの世界はもう要らない。もう消すのさ」


「……ふざけるなよ……」


「何だって?」


「てめえのお遊びに付き合ってられるか!」


 ベブルは叫んだ。彼の両方の目が、それだけで相手を殺してしまいそうなほどに、ギドトを睨みつけていた。


 ギドトは嗤い、手を高く掲げる。


「いいよ。君みたいな役立たずには、創造主の怒りを見せてやらないといけないからね」


 するとそこに、“アドゥラリード”が出現する。巨大なその怪物は羽ばたきながら、中空を浮遊している。その身体は強固な魔力障壁に守られている。


「僕はこういうのをつくるのが得意なんだ」


 “アドゥラリード”がベブルに襲い掛かる。



 巨大な怪物はベブルに向かって“アドゥラリード・キャノン”を撃つ。それが終わると、それに撃たれた場所には、誰もいなくなっていた。


 しかし、ベブルが撃たれて消されたわけではなかった。“アドゥラリード”の上まで跳躍していたのだ。


 ベブルはそこから拳を、“アドゥラリード”の障壁目掛けて打ち下ろす。『消滅の力』がその障壁を消し去り、怪物は身を守るものを失う。


 そして間髪容れずに、彼は“アドゥラリード”の腹を連打した。巨大な怪物は大量の血を口から、そして腹から撒き散らし、地響きを立てて倒れた。


「次はてめえだ!」


 ベブルはギドトに襲い掛かった。


 しかし、一撃目の拳はギドトに受け止められる。だが、ベブルは攻撃の手を止めずに、更に連続で殴りかかった。殴る度に、相手の体組織を潰している感触があった。


 ベブルはギドトを打ち上げる。そして更に、蹴りを浴びせて撥ね飛ばした。ギドトは大量の黄色い血を吐く。


「なぜだ……。なぜこの僕に攻撃が……」


「消えろ!」


 ベブルは『消滅の力』で相手を消し去った。


 急に静かになった。



「やりましたね」


 リサは嬉しそうな声で、そう言った。


 ベブルは彼女のほうをちらと見たが、何も言わなかった。


「行きますよ」


 リサはそれだけ言うと、階段を上っていく。


 気が晴れないままだったが、ベブルはその後に付いて行くことした。


 いまはなんとしてでも塔の頂上に行き、ログォ・ロルドと戦う以外に、他に道はないからだ。


 階段の先には、また新しい空間が広がっている。


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