第二十三章② 夢と未来と

 道を歩いていると、なにかを見つけた。


 彼は歩みを止め、そこに近付く。


 それは幼い子供だった。


 こんなところで迷子になったのだろうか。それとも、捨てられたのだろうか。それとも、自らここへ来ようとしていたのか。


 彼はその子を抱き上げる。


 二歳前後に見える。


 女の子のようで、彼と同じ、鮮やかな桃色の髪をしていた。


 彼はその子供を抱き、そのまま歩き続けた。


 子供は、泣かなかった。


 見知らぬ男に、どこへとも判らず連れてゆかれているというのに、彼女は少しも不安ではないようだった。


 彼女は落ち着いた様子で、彼にしがみ付いている。


 彼も彼で、これまでの不安な気持ちが消えていくのを感じた。


 空は青かった。


++++++++++


 荒れ果てた大地の先に、ベブルは石碑を見た。


 母の墓と呼んでいた、あの『石碑』だった。


 そしてその『石碑』の傍には、ひとりの老人が立っていた。


 彼はその男を知っていた。


「デルン!」


 男は振り返り、驚いて叫んだ。


「リーリクメルド!」


 ベブルは子供を抱いたまま、そこまで歩く。


「いまはどんな時代だ?」


「いまは、最後にお前に会ってから四十二年ほど経っておるが……。長きに渡り行方をくらませておったようだが、どうしたのだ?」


 現在のファードラルは白い髭を生やしていた。不老の薬を放棄したため、彼は着実に老化している。病気を患っているようで、彼は時々咳き込んだ。


 ベブルは溜息をつく。


「オルスの野郎に時空を吹っ飛ばされてな。俺にとっちゃ、三回目の『十日間の戦争』をやったすぐあとなんだ」


 ファードラルは驚愕する。


「なんと……。ウィードが言うておったぞ。ルーウィングがお前を捜しておったと。彼奴あやつは半分の『時空の指輪』しか持たぬのだ。百二十年前の世界に置き去りにされ……」


「ああそうだ」


 ベブルはなにかを思い出したようにそう言うと、抱いていた子供をファードラルに手渡す。その子供が何なのか解らなかったが、ファードラルは丁寧に抱き受けた。


「なんだ、の子は?」


「拾った。身寄りがないみたいだ。お前が育ててくれないか」


「構わないが……」


 そう言ってから、ファードラルは咳き込む。子供には咳が掛からないように、顔を横に向けていた。


 ベブルが心配して尋ねる。


「大丈夫か?」


 ファードラルは深呼吸する。


「ああ、大事ない。クウォエより儂にうつせし病が、いよいよ身体の脆くなりゆく此の老体を蝕んでおるようだ」


「ゆっくりしてろよ、年寄りなんだからな」


「うむ……、忠告を受け取っておこう」


「ところで、お前はなにをしてるんだ?」


「儂か」


 ファードラルはそう言うと、彼がいままでずっと調べていた、『石碑』のほうを見やった。それから、彼はまた言う。


「此の『石碑』を調査しておったのだ。『レイエルスの神の神』がいつ攻めてくるやも知れぬし、いつこの世が消去されるか知れぬからな」


「『石碑』か……」


 ベブルはそれに近付いていった。すると、その『石碑』の表面が波打った。この石碑が、別の世界と繋がっているのだ。


 ファードラルは驚いて声をあげる。


「リーリクメルド!」


「ああ。この先にあるのが、奴らの世界だ」


 それから、ベブルはファードラルを見据える。


「行ってくる」


 ファードラルは慌て、ベブルを止めようとする。


「だが……。この先何があるのか判らぬのだぞ。二度とアーケモスに帰還できぬやも知れぬぞ」


 ベブルは自分の指を見た。指に嵌っているのは、『星の指輪』と不完全な『時空の指輪』。


 デューメルク、俺は俺の仕事を最後までやるぜ。


 ムーガ、過去に置き去りにしちまって、本当に悪かったな。だけど、俺にはまだ、最後の仕事が残ってるんだ。


 ベブルは決心する。


「俺は行く。未来を守るためにな」


「そうか……。そこまで決意が強固だというのなら……」


「じゃあな」


 そう言って、ベブルは『石碑』に入ろうとしたが、そこでふと立ち止まって、もう一度ファードラルのほうを向く。


「そういや、お前、名前はどうしたんだ?」


「名前? あれ以来、『銀の魔術師』にて通しておる。真の名を知る者は多くない。だが……」


 ファードラルは、なぜそんな質問をされたのか解らなかった。


「そうか、それじゃあ、子供を育てるには不便だな」


 ベブルはなにかを考えていた。そしてまた、ファードラルに訊ねる。


「いま、俺はどういう扱いだ?」


「各地の災厄よりアーケモスを救いし大魔術師ということになっておるが……」


「じゃあ、それでいいだろ。お前、俺の名前を名乗れ」


「リーリクメルド!」


 ベブルの突拍子もない意見に、ファードラルは喫驚した。


「だが、いつまでも『銀の魔術師』でいるより、アーケモスを救った大魔術師リーリクメルドで通したほうが、子供は育てやすいだろうが」


「それはそうだが……」


「俺はそいつをちゃんと育てて欲しいんだ、デルン」


 それを聞いて、ファードラルははっとする。そして、胸に抱いている子供を見る。


しや、此の子は……」


「頼んだぞ」


 ベブルはそう言って、自信に満ち溢れた笑みを見せた。


 一瞬呆気に取られたが、ファードラル・デルンも笑い返す。


「ああ……。お主なら、守れるだろう、此のアーケモスを。此の世界を」


 ベブルはそれに応じて頷くと、『石碑』の中に入っていった。


 そして、『石碑』は消える。


++++++++++

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