第二十三章

第二十三章① 夢と未来と

 ベブルは炎に支配された世界を歩いていた。


 アーケモスは神の炎で焼き尽くされたのだ。


 すべてがあかい。



 空も、大地も。


 吹き荒れる風さえも赫い。


 光も、音も、全て燃えている。


 目に映るもの全てが、毒々しく黒く、目の眩むほど白く、そして赫く激しかった。


 狂っていた。すべて、狂っているのだ。


 この炎は、なにを讃えて踊り狂っているのだろう。


 逃げる人々を追うのが、それほど楽しいのだろうか。


 人々の築き上げてきたものを無に返してしまうのが、それほど楽しいのだろうか。


 未来を食い尽くしてゆくのが、それほど楽しいのだろうか。


 運命の炎は天と地、その両方を真っ黒に焦がしている。


 炎が眩しくて、進むべき道が見えない。



 炎の燃え盛る音は、まるで、怒っているようで、笑い続けているようで、それでいて、まるで泣き叫んでいるようで、胸が苦しかった。


 彼は炎の世界の只中にいた。


 それでも彼は、逃げようとしなかった。


 逃げたいとも思わなかった。


 彼はただ、進んだだけだった。


 すべては変わっていくのだ。


 変わらぬのは、ただ、時が進む、そのことだけだった。



 時の大海が波打っている——


 彼は浜辺に打ち上げられた——



 不意に彼の前に、見知った男が現れる。


 ウォーロウ・ディクサンドゥキニーだった。


 彼は言う。


「よく来たな。人類の破滅と、終焉、赫烈かくれつたる炎の、終末の運命に——」


 ベブルは炎の中で立ち止まり、黙っていた。


 ウォーロウは笑う。


「——そして、幻想の創り出す、夢の世界に」


「夢だと?」


 炎は燃えさかる。


「夢の世界では、なにをしたところで無駄だ。いくら真剣に思い悩み、選択し、その未来をつくったところで、それがどうなるというんだ。そして、実際、どうなったんだ。すべては消えてしまっただろう」


 炎が渦巻いている。


「消えた? 俺のしたことが?」


「なにも残らなかっただろう。あるいは残ったものが、どうなった。あるいは役に立ったとして、それがどうした。すべてのことに意味を見出すのは僕ら人間だ。意味がなければ生きていけなかったのも僕ら人間だ。僕たちは、意味のないものに幻想を見ていたに過ぎないんだよ」


「俺は夢を見ていたのか?」


「そうだ。なにかを好きになったり、嫌いになったり、戦ったり、苦しんだり……。僕らはいろんなことをする。だけど、それがどうした。言ってしまえば、なにをしようと、本当に意味のあることはできないんだ。それが僕らの世界だ」


 炎が勢いよく巻き上がる。


「俺のしてきたことは?」


「残念ながら、忘れられてしまうだろう。だが、人間に記憶されようと、されまいと、本質的には同じだ。僕らはなにをしようと、なにもできないんだ」


「なぜだ」


「ここには、元々なんの意味も存在しないからさ」



 悲しいね。


 悲しいね。


 僕らの世界には、最初からなにもなかったんだ。


 それなのに、あると思い込んで、探して、探して、見つけた振りをして。


 失くしたら泣き叫んで、もがいて、また探し始めて……。


 可哀想にね。


 意味の存在しない世界で、なにをしても意味がないのにね。


 ないものを探すことに、意味はないのにね。


 炎は踊り狂い、彼を飲み込んだ。


 可哀想にね。


 悲しいね。



「ここが現実じゃないからさ」



 炎が歌っている——


 俺を呼ぶ声がする——


 未来から——


++++++++++

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