第二十二章⑧ 劫火の宿命

 十日目、やはり、この日のレイエルス軍は、これまでよりも多かった。それはまるで、この日初めて本気を出し、この日一日でアーケモス全土を掌握してしまおうとしているように感じられるほどだった。


 戦線には、ヒエルドもユーウィも参加していた。ヒエルドは主に、アーケモスの陣のほうにずっと残り、陣の守りと怪我人の治療を担当していた。ユーウィは、その周辺で魔剣『闇を裂くものウィエルドゥウイ』を使って戦っていたが、それはムーガと共にいることが条件だった。やはり、ただの街娘に前線で戦わせるのは不安があった。もちろん、不安があるのは、この状態でも変わりないのだが。


 ザンは父親の形見の魔剣『ウェイルフェリル』の力を最大限に引き出し、大地を切り裂きその衝撃で大爆発を起こさせる剣技を連発していた。何人ものレイエルス兵が巻き込まれる。ソディはその支援に廻った。技の切れ目には、逆にザンが危機に陥ってしまうからだ。


 迷うことなく、ベブルとウィードは敵陣の真っ只中に走りこんで行った。


 “ガルキア=スウォト=ルゥラ”の魔法が猛吹雪を起こし、同時に小隕石を幾つも地上に落としていた。敵味方関係なく、その大魔法の餌食となっていく。この魔法を使うのは、そして、このような無茶な戦い方をするのは、オルスを置いて他にはいなかった。


 戦場の中に、ベブルはオルスを見つける。彼はそこへと走った。


「オルス!」


「これで、約束の三度目——最後の戦いだ」


 オルスは嗤っていた。そして彼は右手を前に突き出すと、その手に魔剣を召喚し、構える。


 ベブルも拳を構える。


「俺はここで貴様をぶち殺す。俺たちの勝ちだ」


 ここで、オルスは更に顔を歪め、嗤う。


「それはどうだか。もう一度だけ、規則を確認しておこうか」


「なに?」


「十日間、アーケモスの都市を守り抜き、俺を倒すことができればお前たちの勝ち。そうでなければ俺の勝ちだ」


「それがどうし——」


 ベブルが言い返そうとした瞬間、空が強烈に輝いた。


 寒気がした。


 まるで、太陽がふたつあるかのようだった。


 輝いたのは、月だった。


「貴様……!」


 ベブルは叫んだが、どうにもならない。



 空から、いくつもの“赫烈の審判”の光が降り注ぎ、次々と、アーケモスの大地を焼き払っていく。


 ベブルたちの後方にある、ジル・デュールにも、何本もの白い光の筋が落ちてきては、激しい地響きを起こし、真っ赤な炎を上げる。たった一本でも、ノール・ノルザニの街を滅亡させたというのに。


 赫々たる炎が、アーケモス全土を踊り狂う。


 煌々とあかく輝く破滅の使者——巨大な、狂える炎がそこにいた。


 自らの存在と偉大さを誇示せんばかりの、ただ空しく明るいだけの赫い光。


 地鳴りが、叫びが、聞こえる。街をかれ、呆然とする人間が、凄まじい勢いで崩れていく街が、これを契機に猛攻を開始したレイエルス軍が見える。


 破滅の光は、まだも降り続けている。


「アーケモスのすべての街を破壊した」


 オルスは狂ったように嗤う。いや、狂っているのだ。


「これで俺の勝ちだな」


「貴様!」


 ベブルはオルスに向かって突進した。ウィードも共に斬りかかる。


 ウィードの魔剣がオルスの魔力障壁を砕き、ベブルは魔剣と拳とで激しく打ち合った末、相手を殴り倒した。


 ベブルは怒りに、肩を激しく上下させていた。そして、倒れて動かなくなったオルスに近付いていく。オルスは目と口を開けたまま大量の血を流し、ほんの少しも動かなかった。


「消えろ!」


 ベブルは拳を振り上げ、『すべてを消し去る破壊の力』でオルスを殴りつけた。その瞬間、オルスの目がベブルを見据える。


 ベブルに殴られたオルスは、消滅を始める。だが、彼はベブルの腕を捕らえ、しがみ付いて放さない。


「貴様……!」


「前にもこうしたことがあったよな」


 オルスの顔は痛みなど少しも感じていないかのように、不気味に笑っていた。


「お前も道連れにしてやる。さあどうだ! お前は、今度は、どの時代のどこに飛ばされるのだろうな? 幸運は二度と起こるまい!」


「離せ! 貴様!」


 ベブルはオルスを引き剥がそうとする。だが、離れない。オルスの身体は着実に消滅を続ける。


 オルスは叫ぶ。


「俺はまた外へ戻されるだけだが、お前は、歪んだ時空の中へ放り出されるがいい!」


「ベブルさん!」


 ウィードが助けに入ろうとしたが、助けに入っては、彼まで巻き込まれてしまう。近づくことさえ危険だ。


「ウィード!」


 ベブルは振り返って叫ぶ。


「後のことは頼んだぞ!」



 オルスは消滅し、それと共に、ベブルも消えたのだった。


 アーケモスは赫々と燃え上がっている。


++++++++++


 それから何日も、アーケモスの上から破滅と絶望の炎が絶えることはなかった。


 この日を境に、人々は神を——神界レイエルスを恐怖するようになった。これこそが、人間に与えられた、裁きの炎なのだと。人間の歴史は、こうなるべくしてこうなったのだと。



 もちろん、ムーガたちはそんなことを認めなかった。


 決して。



 ムーガはずっと、大地に縋り付いて、涙を流し、そして号哭した。


 炎のような涙だった。



 各地に分かれていた仲間たちが集まり、彼女をなだめようとしても、それは叶わなかった。


 彼女はいつまでも泣いていた。



 大地と星空の間で。


 儚い輝きが、そこにはあった。

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