第二十二章⑦ 劫火の宿命
ヒエルドは通信機の代わりになった。彼は動物や植物、果ては自然物の声まで聞くことができる。その力を使い、アーケモス全体での木々や草花の途方もない伝言の連鎖を行うことによって、遥か遠くの地で起こっていることを知ることができるのだ。
ただし、レイエルス軍が現れた時点で即座に連絡が開始されるというのは優れているのだが、通信速度が極めて遅いため、伝わってくるまでに戦闘は始まっていることになる。
ラトルが落ちたいまとなっては、何としてでも敵の進攻を止めなければならない。うまくいけばその奪回まで漕ぎ着けたい所だが、ジル・デュールなど他の街も攻撃されるのだから、そこまで望むことは無理だろう。
ザンは卓に地図を広げ、仲間たちの前で説明する。
「現時点で一番取られにくい街は、ここ、ボロネだ。残念ながら、実際強いのは俺たちだからな。それで、その次がジル・デュール。ここには警固団の組織がある。あとは、フグティ・ウグフが魔術師がいるだけまだ強い。ノール・ノルザニは一番取られやすい。そのすぐ南のラトルはもう駄目だ」
この時代にはヴィ・レー・シュトやシムォル、デルン市という街はまだ存在していないので、それを考える必要はなかった。
抗戦するも空しく、ノール・ノルザニはすぐに陥落してしまう。そして、その二日後にはフグティ・ウグフも落ちた。住民の連携が取れなかったことと、やはり武装の差がこの結果を招いた。
仲間全員は焦燥に駆られていた。なんとしてでも、ジル・デュールとボロネを守り抜く以外に道はない。だが、守り抜くと決めたはずのノール・ノルザニとフグティ・ウグフを失ったのだ。果たして、残りの二つを本当に守ることができるのだろうか。
誰もが疲れ切っていた。
黒魔城内の壁にもたれ、座り込んでいたウィードは、目を上げるとそこにひとりの幼い少女が立っているのを見た。
レミナだった。彼女は心配そうに、彼のほうを見ていた。
ウィードは微笑んだ。そして、レミナに言う。
「大丈夫ですよ。僕は平気です。絶対に、アーケモスを滅ぼさせたりはしません。安心してください。だから、貴女も元気を出してください」
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ジル・デュールはこの時代のアーケモス上で唯一、軍事力を持った都市だった。ブァルデンの反乱があったために規模を縮小していたが、それでも他の都市に比べればかなり強力な組織があることは間違いない。だが、それでもレイエルス軍に遠く及ばないのは確かなことだった。
この時代では、オルスはかなり手加減をしているのだろう。送り込んでくる軍隊の規模が、百二十年後、百八十年後の世界で見たものよりも遥かに小さいのだ。そうでもしなければ、アーケモスが十日持つなどということは考えられないことだ。その約束の日は、いよいよ明日に迫っている。
その夜、ベブルはジル・デュールの野営地にいた。焚き火を焚き、敵を警戒している警固団に混じって、彼はそこにいた。
何人かの警固団は周囲の見廻りに行き、また何人かは天幕の中で眠っていた。
ベブルは焚き火の炎を見ながら、じっと、座っていた。
「なにしてるの?」
ベブルは声のほうを向かなかった。
ベブルの隣に、ムーガが座る。ムーガは座ると、薪を炎の中に投げ込んだ。薪は、炎が纏わり付いても最初はなにごともなかったが、次第に変形し、黒ずんで、やがて爆ぜる。
ベブルはそれを見ながら、ムーガに言った。
「お前、元気だな」
ムーガは肩を竦める。
「うん。なんかもう……。こう毎日だと、ね」
「それでいい」
「ん?」
「いまはそのほうがいい。後始末は、後始末のときにするもんだ」
「そう……、だよね……」
ムーガは肩を落とし、大きく溜息をつく。炎は、その溜息をも呑み込んだ。それから彼女は、黙り込んだ。同じように、ベブルも沈黙している。
最も雄弁なのは、ふたりの前にある炎だった。
ムーガが、隣に座っているベブルに肩を摺り寄せる。
「怖いんだ……」
「……なにがだ」
ムーガは息を呑む。
「なにか、凄く嫌なことが起こりそうな気がする。明日……。だって、このまま終わるような気がしないから……」
それはベブル自身も思っていることだった。アーケモスを滅ぼす圧倒的な力を持っているレイエルス。それがこのまま易々と、負けを認めて引き下がるだろうか。
ベブルはムーガの肩を抱き締める。
「なにがあろうと、俺たちは負けねえだろ。なにがあっても、俺が勝つ。そうだろ?」
ムーガは無言で、こくりとうなずいた。だが、それは少しの躊躇いを含んだものだった。ベブル自身も、オルスが何かを企んでいるだろうと考えているからだ。彼は話題を変えることにした。
「ほら、見ろよ。星が出てるぞ」
黙りこくったまま、ムーガは空を見上げた。
広い夜空に、輝く宝石のような星々が散りばめられている。闇の中であるというのに、自分の力で光り輝いている。いや、その闇こそが、星の輝きの源なのだ。
美しい調和の世界。それは、どの時代でも変わりはしなかった。ただし、いまとなっては、最も大きな星——月は、敵の戦力の象徴となっている。
「こんな昔からずっと、綺麗だったんだね」
ムーガはようやく口を開いた。彼女の両目から、星の雫が零れ落ちる。ベブルは彼女を抱き締めた。
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