第二十二章⑥ 劫火の宿命

 そして、十日目がやって来た。


 この日もやはり、投入されたレイエルス軍の量がこれまでよりも多く、そして同時に投入された怪物の量も多かった。


 それでもアーケモス軍は必死に抗戦する。今日まで守り切れば勝ちなのだから。


 混戦となっている中、ベブルは獣人“ハゾナム”と戦っていた。彼は容赦なく、その腕で獣人を殴り倒す。それからまた、彼は敵陣の中心地に向かって走っていった。


「ベブルさん!」


 ウィードもそこへ合流する。


 周囲は敵だらけだ。そして、そこにはやはり、オルスがいた。


 先にウィードがオルスに斬り掛かった。周囲の敵がそれを阻止しようとする。ベブルはそちらの撃退にまわった。邪魔をするものは神だろうと怪物だろうと容赦なく叩きのめしていく。


 そして、オレディアルが追いつき、ベブルを手伝った。ふたりで敵を薙ぎ倒していく。


 ウィードはオルスと激しく剣を打ち合わせていた。


「同じ手が二度通用するか!」


 オルスはウィードの攻撃を弾き、逆襲を開始した。


「そうですね」


 だが、ウィードはそれをひらりと躱すと、容易にその背後に廻る。そして、オルスを刺し貫いた。


「僕には、何通りも手があるんですよ。それに掛けては自信があるんです。貴方こそ、同じ手を使い過ぎでしたよ」


 レイエルス側の頭目が討たれたことで、レイエルス軍は急いで引き上げていく。


 ベブルとオレディアルは、ウィードがオルスを倒した現場に駆けつけた。


 オルスはやはり、嗤っている。口から血を吐く音が、ごぼごぼと鳴っている。


「俺の負けだ……。約束どおり、アーケモスからは兵を引こう」


「やっぱりな。そんなこったろうと思ったぜ」


 ベブルは溜息をついた。


「だが、次が最後だ。十日間守り抜ければ、お前たちの勝ちだ。そうすれば、俺はもう全ての時代のアーケモスに手を出さん。……百二十年前で待っているぞ……」


 オルスは嗤いながら息絶えた。


 それをベブルは、無言で殴りつけて消し去った。


++++++++++


 レイエルス兵がひとり残らず消滅し、アーケモス軍も消滅し、大都市デルンそのものも消え去った。デルンという街は存在せず、ただ廃墟と化した宮殿があるのみだった。


 やはり前回と同じように、ザンが黒魔城の魔導転送装置を利用して、各地に散った仲間たちを集めていた。


 ベブルが驚いたことに、クウォエ・ギステゴージェンが、デルンタワーのあった場所にいたのだった。彼女は、ベブルたちに訊く。


「これは一体どうなっているんですか?」


 ベブルはクウォエの手を見た。彼女の指には、『護りの指輪』が嵌められていたのだった。彼はその『指輪』を指差す。


「ギステゴージェン、それは……」


 クウォエはその指差す先のものに気がついたようだ。


「これはですか? 『銀の魔術師』からもらったのです。いつも身に付けていろとうるさくて……」


 クウォエはそう説明した。それでベブルは納得がいった。


「そうだな。それは絶対に外さないほうがいい」


「はあ……」


 そうこうしているうちに、時間移動のできる仲間全員と黒魔城の住人、そしてファードラル・デルンがそこに集まった。


 クウォエはまた、仲間たちに訊く。


「これはどうなってるんですか? ここはどこです? デルンタワーもないし……。それにこの古びた建物は?」


 ファードラルは溜息をつく。


「其れはデルンの宮殿だ。あまり見たいものではないが」


 逆に、ザンはベブルたちに質問する。


「彼女は何を言ってるんだ? 気分でも悪いんだろうか? ……デルンタワーというのは何の話なんだ?」


 ザンたち黒魔城の面々にしても、この状況は理解できないのだ。彼らは『護りの指輪』を付けていない。過去が変われば、記憶も書き換えられる。


「オルスの野郎は百二十年前に行った。また百二十年前で十日間の戦争をやるんだと。……これがその結果だ」


 ベブルはそう言って、溜息をついた。ムーガもウィードも、オレディアルも、ウェルディシナもディリアも、皆浮かない表情をしていた。みなが予想はしていたが、やはり戦いはまだ続くからだ。


 ザンが語る。


「百二十年前、レイエルス軍が攻めて来て……抗戦したがむなしく、あちこちの街が破壊されていった。最後には空から謎の光が降り注いで……。それが、どうしたというんだ?」


 ムーガが言う。


「歴史の改変の結果なんだ。本当のアーケモスはそんな歴史じゃない」


「なにを言っているんだ? 私には、わからないよ……」


 クウォエは頭を抱えて、独り言を呟いていた。突然のこの状況変化に、彼女は付いていけないのだ。無理もない。


 ここで時間を浪費するわけにはいかない。ベブルはすぐに決断し、宣言する。


「俺たちはまた、百二十年前の世界に飛ぶ。そこで、オルスのやつをぶち殺す。そうすれば、ここも元に戻るはずだ」


「頼んだぞ、リーリクメルド」


 ファードラル・デルンはベブルを見据える。ベブルは深くうなずく。


 不意に、ムーガがベブルの手を取った。彼女はベブルの手を握り締める。ベブルが彼女のほうを向いたとき、彼女は力強い瞳で彼を見ていた。


「行こう。未来を護るために」


 ムーガははっきりとした声で、そう言った。ベブルはまたうなずく。


 そしてベブルたちは一度、黒魔城の転送装置で黒魔城へ行き、そこから百二十年前の世界に飛んだ。百二十年前のデルンには街はないのだ。百二十年前のアーケモスでは、黒魔城だけが、唯一、転送装置を所有しているのだ。


++++++++++


 ベブルたちは百二十年前の黒魔城に着くと、その中に通して貰った。


 このときのザンたちは、まだ各地の状況を把握していない。通信網が整備されていないために、どこかで破壊活動が行われていても、それを知らせる術がないのだ。


 黒魔城の転送装置で各地に飛び、状況を確認した結果、ラトルがすでに攻撃されており、あっという間にレイエルス軍に占拠されていたことがわかった。


 ザンたちは他の町や村に情報を伝えて廻ったが、ここはファードラル・デルンによって神界レイエルスの文明がもたらされる以前の世界なのだ。それに、戦いの歴史が始まる前の世界なのだ。いくら魔剣で武装したところで、レイエルスの軍備には敵わないだろう。


 予想以上に、事態は危機的だった。まず、それぞれの街の人々が、レイエルス軍が攻めてくるという話を真剣に捉えなかった。これでは、戦闘が起こってから慌ててその準備を始めることになってしまう。さらに言えば、アーケモス全体の抗戦組織も編成できない。こんなことではレイエルス軍とまともに戦えない。



 黒魔城にはユーウィも来ていた。いや、正確には、彼女はここに住んでいるのだ。ボロネ村で、レイエルスの神の神によって住み込んでいた家の夫婦を殺されてしまったため、一時的に行き場を失ってしまっていたのだ。


 ムーガがユーウィと対面したとき、彼女は息を呑んだ。それはユーウィのほうも同じだった。


 ムーガはそばにいるベブルを振り返る。


「ねえ、ベブル。この人……」


「ああ、こいつがユーウィだ。俺たちのご先祖だ」


 それを聞くや、ムーガはユーウィの手を取り、強く握手する。


「初めまして。わたしはムーガ・ルーウィング、貴女の子孫です」


 椅子に座っていたユーウィが立ち上がる。


「こちらこそ、初めまして、わたしはユーウィです。……それにしても、ですね……」


 いまのムーガの服装は、白ローブこそ羽織っているものの、腹と太腿を露出した服だ。この時代に住み、顔と手以外はほとんど隠しているユーウィから見ると、あまりにも派手な格好に見えるのだ。


 握手したまま、ムーガはベブルのほうに言う。


「わたしたちの共通の性質、『派手好き』っていうのはないみたい」


 ベブルは即答できずに詰まる。


「あ? いや、時々と思うが……」


 ユーウィは赤面する。ムーガには、何のことかわからなかった。



 ボロネにもレイエルス軍が攻めてくるという話は伝わり、ヒエルドが黒魔城にやって来た。彼はいつものように、大犬の魔獣に乗っていた。


「僕らの世界が大変やって聞いたんやけど」


「ああ……、まあな」


 ベブルは溜息をついた。


「僕にできることある?」

 

「ないことはないが……。戦うことだけだ」


「やっぱりそうか……。話し合いで何とかならへんの?」


「無理だな。奴らは俺たちと戦わなければ消されるんだ。そいつらの親玉は、完全にいかれちまってる。話を聞く相手じゃない。それでも俺たちは、戦わねえと。アーケモスの人間を見殺しにするわけにはいかねえからな」


「うん……」


 ヒエルドはうつむき、黙り込んだ。


 ベブルは腕を組んだままそれを見ていた。


 そして、ヒエルドは顔を上げる。


「やっぱり、僕も戦う」

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