第二十二章⑤ 劫火の宿命
ベブルはドナオスと一騎打ちをしていた。
ドナオスは流れるように神棒を繰り出すが、どれもベブルには避けられてしまう。
「さあ、これでどうだ!」
ベブルはドナオスを殴り飛ばす。男神は吹き飛び倒れたが、痛みに耐えながらも再び立ち上がった。
「何だお前、結構丈夫じゃねえか」
ベブルは嗤いながら、ドナオスに近付く。そして、彼は溜息をつく。
「ここだけ見りゃあ、俺がレイエルスの生まれだって、別にいいと思ったかもしれんが」
「なに?」
「オルスなんぞに負けて、駒として扱われるくらいなら、俺は人間でいいと思うぜ。人間になって、神と戦ったほうが何倍もいいだろ!」
そして、勝負は決した。
ドナオスは自分の神棒に寄りかかっていたが、やがてその力もなくなり、倒れた。
「見事な人間だ……、だが、魔術師に魔法なしで負けるのは、やはり屈辱か……」
それを聞いたベブルは、ドナオスの前で屈む。
「いいことを教えておいてやるよ。俺は魔術師じゃねえ。ベブル・リーリクメルドは素手で戦うんだ。素手で“アドゥラリード”とか、『レイエルスの神の神』とかを何人もぶちのめした」
ドナオスは安らかに笑う。
「そうか……。俺が戦ったのは、そんな強敵だったのか……。ありがとう、これで、安心して、死ねる……」
ドナオスは息を引き取った。
ベブルは立ち上がる。そして、戦場を見渡した。
++++++++++
それから毎日、レイエルスから軍隊が送られてくる。それに対して、アーケモス軍も応戦した。ファードラル・デルンの持つ魔導転送装置の技術を用いて移動手段さえ確保してしまえば、各都市の軍隊はすでに編成済みだったことから、アーケモス側の戦力はむしろ、六十年後の世界よりも強力だといえる。
兵士たちは輸送車で運ばれてくる食料を食べていた。司令部にいるベブルはそこで支給されるものを食べていればよかったのだが、彼は他の兵士たちとともにいた。
そこでベブルは、同じく現場に出てきたファードラルと話をした。実戦での細かな作戦の再確認をしているのだ。その話には、ここに共にいるウィードも混ざっていた。
そこへ、レミナが、ベブルたちの分の食料を持ってやって来る。そして、彼らにそれを配って、また去っていった。輸送車にまで取りに行かなくてよかったのは、司令部への特別待遇のようだ。その際、ウィードは彼女をじっと見つめていたが、レミナも無言でそれを見返していた。
「いまのがレミナだ」
ベブルがそう言うと、ウィードは納得したようだ。
「やはりそうですよね。僕の知ってる彼女より少し若いようです。武装していないということは、ここでは戦闘要員ではないんですね」
「ああ。ここでは、フリアに護られてるみたいだ」
「みたいですね」
それからやがて、戦闘が始まる。今回ベブルが参加した戦場では、ファードラル・デルンも参加していた。
例のごとく、ベブルは敵の間を突っ切って、仲間たちを後方に置いて走る。彼がこうして敵集団の間を突き抜けていくことで、敵の陣形が崩れるというオマケが付いていた。
「この辺でいいだろ」
ベブルが立ち止まり、周囲の敵を無差別に薙ぎ倒し始める。その間に、ファードラルはその場に立って、呪文の詠唱を開始した。ベブルの役目は、彼の詠唱の邪魔をさせないことだった。
ファードラル・デルンの魔法が完成する。
「“ガナド=メツォ=スウォト”!」
風、水、そして雷の魔法を複合させた大魔法だった。当たり一帯のレイエルス兵はそれに巻き込まれ、軒並み空中に引き摺り上げられていった。そして、
「こりゃいいや」
ベブルは言った。
周囲から敵が一掃される。視界が広がった気がした。だが、その風景は決してよいものではない。
敵を一掃すると、ムーガからの撤退命令が伝わってきた。周囲の敵も片付けたところなので、ベブルたちも引き上げることにする。
話によると、レイエルス側が“漆黒の魔竜カルディアヴァニアス”を投入したのだという。完全体の“黒風の悪魔アドゥラリード”には劣るものの、かなりの強敵であり、アーケモス軍の大損耗は避けられないということだった。
そして、司令部の判断により、この敵には“赫烈の審判”を使用することにしたのだ。
「魔竜は召喚されたばかりで、まだデルン市からは遠いところにいる。兵に戦わせる必要もない。すぐにこの地点に“赫烈の審判”を撃つ」
大きな地図を指差しながら、クウォエがそう説明した。
「周囲の敵も一掃出来て好都合だな。アーケモスの力を見せてやろう」
ファードラルもその案に同意した。
デルン市から西方に向けて“赫烈の審判”が設置され、発射された。
街に向けて移動している巨大な魔流の頭上へ、純白の光が降り注ぐ。
それによって“カルディアヴァニアス”は消滅し、辺り一面を——周囲の大地を焼き尽くした。
炎は荒々しく巻き上がり、遠く離れたデルン市をも赤々と照らす。
「やったぞ」
デルンタワーの中で、ザンが言った。タワーからは遠くに、暴れまわる巨人のような炎が見て取れた。
ファードラルもうなずく。
「うむ。これぞアーケモスの力だ」
タワー内の指揮官級の戦士、魔術師たちの間から歓声が起こる。この瞬間、彼らは神々との戦いの勝利を確信したのだった。
だが、その喜びは長く続かなかった。
黒魔城から連絡が入ったからだ。
レイエルスの月面基地で動きがあったと。
それがなにを意味するのか、多くのものにはわからなかった。
しかし、気づいたファードラルは焦燥に駆られ、周りの者たちに命令を出した。
「“赫烈の審判”を月へ向け設置しなおすのだ。急げ!」
レイエルス軍はこのアーケモスへ向けて、月面基地からの“赫烈の審判”の発射準備を行っているのだ。いままでファードラルたちが言っていた、「アーケモスのを見せてやろう」と同じことだ。レイエルス軍は「レイエルスの力を見せてやろう」というのだ。
月が光った。
破滅の光がアーケモスに降り注ぐ。
「早く!」
ザンが叫ぶが、設置の仕方を知らない彼は、設置作業に参加できない。
遅れて、デルンタワーからも光を撃ち返す。
上空で二本の光の筋が衝突し、アーケモス全土を照らす。
「だめです! 出力が足りません!」
魔術師の誰かが言った。
ファードラルは歯噛みする。
「二度続けて撃つことなど想定しておらんかったぞ……!」
レイエルスの光がアーケモスの光を圧した。いくらかの破壊力は相殺したが、残りはアーケモスへ——大都市デルンへと降り注ぐ。
白い破滅の光がデルン市のあちらこちらに降り、至るところで火の手が上がった。
ファードラルは周囲の者たちに叫ぶ。
「消火活動を! 光の落ちた街の者には避難させよ。避難所として、デルンの所有せし施設を全て開放するよう伝えよ!」
誰もが慌て、対策に走り廻っている中で、ムーガは青い表情をして立ち尽くしていた。
ベブルは溜息をつく。
「こりゃ駄目だな。これで、その超兵器はずっと上に向けておかねえと駄目になった」
苦々しげに、ファードラルは無言でうなずく。
司令部を担当するディリアが言う。
「でも、あと少しよ。あと二日で十日になるわ」
ベブルは腕を組み、首を縦に振った。
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