第二十二章④ 劫火の宿命

 ベブルとウィードは急いで戻り、ムーガとスィルセンダと合流した。だが、ムーガたちにも、この異常な状況が理解できないという。


 情報端末は姿を消し、魔導転送装置もこぞって消失したため、ザンが黒魔城の転送装置を利用して、各地に散っていた仲間たちを集めた。


 一同はデルンタワーに行ったが、タワーはすでに破壊されていた。といっても、破壊されたのは随分昔のことのようで、現在はただの遺跡と化していた。


 ベブルとウィードは仲間たちが揃ったところで説明した。オルスが六十年前の世界で、また十日間の戦争を行うと言ったことを。


 それで、すべてが納得できた。六十年前にレイエルスとアーケモスが戦争をし、それでアーケモス側は負けたことになっているのだ。


「俺は六十年前に行く」


 ベブルはそう言った。当然の成り行きだった。だが、ムーガが止める。


「待って、わたしも行く」


「行けるわけねえだろ」


 いまさらなにを言っているのかと、ベブルは一蹴した。だが、ムーガが説明するとおりにすれば、彼女も時間移動ができるのだ。


 ムーガは、フィナの『時空の指輪』を持っているのだ。これを彼女が嵌めれば、ベブルの指輪と合わせると、彼女も過去へ行くことができる。そしてそうなると、ベブルが持っているナデュクの『時空の指輪』が不要になる。

 

 『指輪』の交換をするだけで、ムーガともうひとり、戦力を追加することができるのだ。


 その枠に申し出たのはウィードだった。


「じゃあ、僕も行きます。僕はムーガさんの保護者ですから」


 ウィードが完全な『時空の指輪』を手にし、ベブルとムーガの指輪はふたつでひとつの『時空の指輪』を持つことになった。スィルセンダや黒魔城組はここに残ることになる。もっとも、過去へ行けば過去の黒魔城組に会えるのだろう。


 出発間際、スィルセンダはムーガに言う。


「もう、貴女の好きなようになさいな、ムーガ。こちらとしては見ていられませんけれど……。後悔しないようにひとつひとつ選びなさい」


 ムーガは微笑む。


「わかってる。ありがとう、スィル」


 スィルセンダも表情を綻ばせた。


++++++++++


 六十年前のアーケモスでは、すでにレイエルスの攻撃が始まっていた。デルンタワーに行くと、そこには『けがれなき双眸そうぼう』の魔術師たちと、魔王ザン、そしてファードラル・デルンがいた。


 ベブルたちは、ザンとファードラルのところへ行き、現状を確認する。


 ファードラルが言うには、この日、突如として謎の軍隊が出現し、攻めて来たのだという。ザンがこれはレイエルス軍であると判断し、デルン側と魔王側の魔導転位装置を使って各地に連絡したということだった。


 ベブルはザンに言う。


「六十年後のお前が言った。レイエルス軍には月の基地があって、そこからアーケモスを狙えるんだってな」


 ファードラルが不敵に笑う。


「そんなもの、恐るるに足りん。月面基地にある超兵器というのは“赫烈かくれつの審判”——即ち、この塔に配備してある魔導兵器と同じであるのだ」


 道理でとんでもない威力だと、ベブルは納得する。一撃で街ひとつを消し去ったのだ。アーケモスにあるべき武器ではなかったといえるだろう。


 ファードラルは続けて言う。


「“赫烈の審判”は地上だけではなく上空へも発射可能だ。もちろん、月までも射程圏内だ。有事の際にはこれにて撃ち滅ぼせばよかろう」


「月面の観測は黒魔城のほうでやってる。その情報はすぐにここに送られて来るんだ」


 ザンは誇らしげに言う。それだけ言ってから、彼はまた、ベブルに訊く。


「……ところで、そこにいる新しいふたりは?」


 ベブルは振り返りながら紹介する。


「あ、ああ。こっちがムーガで、こっちがウィードだ。両方とも、六十年後から連れてきた。腕は立つほうだ」


「はじめまして、ザンさん。六十年後ではいつもお世話になっています」


 ウィードはそう言って、愛想笑いしながらザンに握手を求める。ザンもそれに応じた。


 ベブルの言葉を聞いて、ファードラルは思い出す。


「ムーガ……、そうか、其奴そやつがお前の孫であったか。名をムーガというに、定めて男であろうと思うておったが」


「は……、はじめまして」


 ムーガはとりあえず、挨拶をしておいた。


 ファードラルは謝る。


「いや、済まぬ。気を悪くさせるつもりはなかったのだ。ふむ、見目形はお前の祖父によく似ておるな」


 そこへ、『穢れなき双眸』の指導者、クウォエ・ギステゴージェンが、魔術師たちを掻き分けつつやって来る。彼女はファードラルに言う。


「『銀』、お喋りをしている時間はない。ジル・デュールに敵軍が……、と、大魔術師のリーリクメルド様、来てくださいましたか」


 ベブルは自分が突然『大魔術師』と呼ばれて、一瞬呆気に取られる。


「あ、ああ、まあな。助っ人もいる。……それで? ジル・デュールがどうしたんだ?」


「あ、はい。ジル・デュールにレイエルス軍が接近しています。戦闘準備をするように伝えました」


 ベブルはそれを聞いて、うなずく。


「そうか。そうだな、兵の移動が出来るように、魔導転送装置を増やせないか? この先、移動できるかどうかが鍵になる。大軍を動かしたいのなら、転送装置は多いほうがいい」


「そうですね、解りました。そう伝えておきます」


 クウォエは一礼し、去っていった。


 その様子を見て、ムーガが笑いながらベブルに言う。


「なんだ、ベブルもこっちじゃ『アーケモスの救世主』みたいなんじゃん」


「そういうわけじゃねえんだけどな」


 ベブルは苦笑いする。それからまた、彼はファードラルとザンに言う。


「この戦いは十日間続く。レイエルスの神の神——オルスがそう言った。それまで耐え凌げるようにしてくれ」


++++++++++


 そして、ベブルたちはジル・デュールに向かった。


 そこへ押し寄せてくるレイエルス軍は、六十年後の世界で見たレイエルス軍とまったく同じに見える。ベブルには、それが気持ち悪かった。時代が違うはずだというのに。


 『大魔術師ベブル・リーリクメルド』がやって来たという話は、『穢れなき双眸』の首魁クウォエ・ギステゴージェンから兵士たちに伝わった。あまりにもベブルの人物像が偉大になってしまうと、彼がこの全体の指揮を取ったほうがよさそうなものだ。


 だがベブルは、それよりは前線で戦うことを望んだ。実際、そのほうが彼の実力を発揮できるからだ。それで彼は、全体の指揮と、全体を鼓舞して士気を上昇させる役目は、彼の妹ということになっているムーガ・ルーウィングに任せることにした。


 ベブルは敵を殴り倒しながら突き進む。その破竹の勢いは、誰にも止められない。周囲の兵士たちが、彼がなにか素人目には見えない魔法を使っているのだと思い込むほどに強かった。



 このレイエルス軍の指揮官はそれなりに強力だった。


 深い青色の髪を持つ、男神と女神だった。


「お前たちが指揮官か!」


 ベブルが構えると、そのふたりも構えた。


 男神のほうが長い棒を構えながら、言う。


「そうか、お前が大魔術師のベブル・リーリクメルドという奴だな」


「まあな」


「俺の名はドナオス。レイエルスの最上位神だ」


 そして、もうひとりの女神のほうは、持っている長い鞭を広げ、打ち鳴らす。


「わたしの名はイリシャ。同じくレイエルス最上位神」


 ベブルは不敵に笑ってみせる。


「いい相手だ。だがお前たちは、オルスに命令されてるんだろ?」


 ドナオスもイリシャも驚く。


「どうしてそれを——」


「知ってるんだよ。お前たちが『レイエルスの神の神』に命令されてアーケモスを攻めてることくらい。だが……、俺たちだって引き下がれない」


 ドナオスは苦い表情をする。


「そこまで筒抜けとはな……。神の威厳もあったものではない」


「それでどうする? 戦うのか、逃げるのか」


 ベブルは嗤った。


 男神は小さく笑い、無言で首を横に振った。そして、いま一度棒を構えなおす。


「そこだけは、神の威厳を保たせて貰う」


 ドナオスは神棒を振り回し、ベブルを薙ぎ倒そうと掛かって来た。ベブルはそれを屈んで躱すと、そのまま飛び上がって空中で一回転し、両脚で男神の首を捉える。そしてそこからもう一回転し、彼を投げ飛ばした。


 ベブルは地面を転がる。彼が立ち上がる前に、イリシャが神鞭でベブルを狙った。


 そこへ、ウィードが助けに入る。実際には、ベブルに対してさして有効な攻撃ではなかったのだが、それでも彼は割り込んだ。


「ベブルさん!」


 ウィードが魔剣で、イリシャの攻撃を防ぐ。そして彼は、そこから踏み込み、イリシャに攻撃を始める。


「戦いはまだ続いているぞ!」


 ベブルの背後から、立ち上がったドナオスが薙ぎかかった。だがそれを、ベブルは受け止める。そして彼はドナオスのほうを向くと、逆に蹴りを浴びせる。


 イリシャは現在の戦いの相手——ウィードを見て、驚愕した。


「オ……、ルス?」


 ウィードは無感情で答える。


「違いますよ。僕はウィードです。……貴女は六十年後でも同じことを言いましたね」


 ウィードの剣技に、イリシャは鞭で応戦する。


「じゃあ貴方は、オルスでもオルグスでもない……、未来から来たというの?」


「ええ、そうです。六十年後にアーケモスに攻めてきた貴女に止めを刺したのは、この僕です」


 そう言った瞬間、ウィードの魔剣がイリシャの肩から胸までを切り裂いた。致命傷を負ったイリシャは神鞭を取り落とし、その場に崩れ落ちた。


「また……、止めを刺された……?」


 ウィードは首を横に振る。


「いいえ。これで貴女は亡くなられますので、六十年後にアーケモスに攻めてきたという話はなくなります」


 その話に、イリシャは苦々しげに笑う。


「ええ、そのとおりね。これでわたしは、神の神から解放される……。そうであって欲しい。神の神は、私たち神を、殺したり再生させたり、好きなようにできるから。もう、眠らせて欲しい……」


「わかってます」


 ウィードはすぐにそう答えた。イリシャにはその意味が解らない。彼はイリシャのほうを向くと、こう続けた。


「その話は、六十年後にも聞きました。そして、貴女に約束しました。オルスは必ず倒すと。六十年後のオルスは僕が切り捨てました。それが僕から貴女へのご報告です」


 それを聞いて、イリシャは笑い出した。乾いた、哀しい笑いだった。掠れる声で、彼女は言う。


「じゃあ、この時代のオルスも倒して……、か……な……」


 言葉の途中で、イリシャは倒れた。


 ウィードはイリシャの骸を見下ろして、宣言する。


「ええ、必ず」

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