第二十二章

第二十二章① 劫火の宿命

 そこは暗い地下室だった。


 いくつもの大型の魔法機械が雑然と置かれている。


 その中で、ただひとつだけが明かりを点していた。


 明かりのついた大型魔法機械の中には空洞があり、椅子があり、空洞全体になにかの液体を満たして、透明な蓋で閉じられていた。


 そしてその椅子には、ひとりの男が裸で目を閉じて座っている。


 彼には、左腕がなかった。



 そこへ、もうひとりの男が歩いて来る。


 白い髪を持ち、血色の悪い肌をした、白い服の男だった。ただ、その瞳は紅く、この暗闇の中でも煌々と輝いている。


 彼は光の点った魔法機械の前に立った。


 彼の顔の、赤い奇妙な模様がそれに照らされる。


 彼は不気味に笑い、機械のスイッチを押す。



 魔法機械内部の液体が廃棄され、蓋が開いた。


 機械の中の男は目を覚ます。


 そして、目の前にいるもうひとりの男を見た。その表情は、驚愕に塗り潰される。


「お前は……、誰だ」


「俺の名はオルス」


 オルスはそう答えた。機械の中の男は咄嗟に身構えようとするが、自分の身体が動かないこと、そして、左腕がないことに気づく。


 オルスは笑う。


「オルグス、またお前の力を借りたくなった」


 対するオルグスは歯噛みする。


「そうか、貴様が『オルス』なのか」


「そしてお前が、俺の『器』のオルグスだ」


「冗談じゃない。誰が貴様の『器』だ」


「お前だ」


「ふざけたことを吐かすな! 大体治療を始めてからまだ一年も経ってねえ。余計なことをしやがって……。いますぐ装置を元通りにして去れ」


「断る」


 オルスは嗤った。


++++++++++


 オルグスは服を着て、地下室を出た。


 神界レイエルスの街の通りには、多くの神々が出ていた。その誰もが、落ち着かない様子で、互いに話をしていた。


 市民のひとりが彼に声を掛ける。だがオルグスはそれを無視し、あまりに度々声を掛けられると、「消えろ、愚民め」と一喝した。


 オルグスが向かっているのは、レイエルスの中心、レイエルス神殿だった。



 大神殿でもまた、位の高い多くの神々が集まっていた。彼らには、この事態が理解できなず、これは一体どういうことなのだろうと話し合っていた。


 オルグスはそこへやって来ると、ここにいる最上位の神々でさえ上ることを畏れる祭壇の上にのぼっていった。


 神々のうちひとりが言った。


「オルグス! これはどういうことだ!」


 オルグスは振り返り、すべての神々を眼下に見下ろした。彼は不気味に笑っていた。彼は声高らかに言う。


「貴様らレイエルスの神々は、自分たちが神だからと自惚れ、思い上がっていた。だから、俺たち——貴様らを創り出した神の神の逆鱗に触れ、まあ、あれだ、むかついたんだ。だからお前たち全員、消してやった。跡形もなくな」


 祭壇の前に集まった神々が静まり返る。目の前で喋っているオルグスは彼らの仲間のはずだ。それなのに、彼らは反論することができなかった。見た目は同じでも、その内側から、神々を永きに渡って支配してきた者のなにかを感じるからだ。


「だが、いま、貴様らは生きている。俺が蘇らせてやったのだ。俺が用があったからだ。貴様らには、俺の命令を聞く義務がある」


 そこで、ひとりの女神が言う。


「オルグス! なにを言っているの? 腕はどうしたの?」


「黙れ、ゴミめが! 俺はオルグスではない」


 暫く神々は誰も沈黙した。それから、ややあって、別の神が彼に訊く。


「では……、貴方は、何者なのです?」


 オルグス——いや、オルスは嗤う。


「俺の名は。万物の根源にして世界の創造主。貴様らレイエルスの神々がずっと恐れて、ずっと祭ってきたのはこの俺だ」


 それを聞いて、レイエルスの神々はざわついていたが、やがて、すべての神々が平伏した。オルスは優越感に、顔を歪めて嗤う。


「アーケモスを滅ぼせ! 人間共に思い知らせてやれ!」


++++++++++


 しばらくの間、ベブルはムーガたちと共にボロネ街に滞在していた。相手の出方を見ない限り、こちらからは攻められないからだ。


 だがある日、ベブルたちは思いも寄らぬ情報を手にすることになる。


 ヴィ・レー・シュトとラトルが、謎の軍隊に攻撃されているというのだ。


 その数時間後、その謎の軍隊はボロネにも現れた。



 当然、ベブルたちはそれに応戦した。


 ムーガ、スィルセンダ、ウェルディシナ、ディリアの四人は魔法で、ウィードは魔剣で、そしてオレディアルは魔導銃剣で戦った。


 ひとりひとりは倒せない相手ではなかった。だが、広範囲に高威力の魔法を発射する武器を持った大量の敵を相手に、彼らは苦戦した。


 この時代のアーケモスには、優れた魔法技術は存在したが、魔法武器を持って戦うような軍隊は存在しなかったのだ。魔王ザンと大魔術師デルンの対立の時代も、デルンによるアーケモス帝国の時代も終わったのだ。そんなものが存在するはずがない。


 ザンたち黒魔城の面々もそれに参加した。安定的な強さを誇るザンやソディに加えて、大鎌で敵を切り裂きながら暴れ廻るフリアの爆発的攻撃力は敵軍の士気を下げることに繋がった。敵軍の損害を大きく見せてくれたからだ。また、レミナの魔導銃と浮遊攻撃装置による攻撃は、広範囲を一度に攻撃するのに役立った。その武器は、敵の持つ武器と同種のものであったが。


 そして、なんとか、日が暮れるころには敵の軍隊を追い返した。


 敵も、ボロネの街の者も、共に大勢死んでいた。


 敵が引き返していったのは、確かに驚異的な力を持つベブルたちに恐れてのこともあった。だが、ボロネを十分に破壊し尽くしたから引き上げたようなものだった。


 残されたものは、焼け焦げた街と、双方の大量の死傷者と、大きな徒労感だけだった。



 廃墟となった街の中で、生き延びた人々は、突如変わり果ててしまった世界で、どのように明日を生きていこうか必死に考えていた。家族や友人、恋人を失い、その絶望から立ち直れない者も沢山いた。


 ムーガもそのひとりだった。彼女にとっては、アーケモスの全ての人々が家族と同様なのだ。彼女は極端に傷つきやすかった。戦いが終わってからずっと、彼女は顔を伏せて座り込んでいた。


 そして、ウィードの消沈振りも酷かった。ここボロネは彼の故郷なのだ。今までも、歴史改変で、度々消えた人間や現れた人間を見てきただろう。だが、今回はその比ではないのだ。死んだ知り合いの数は一人や二人では済んでいない。彼も地面に座ったまま、じっとうつむいてなにも言わなかった。


 日が沈むと道端に焚き火をつくり、ベブルたちはそれを囲んで座った。まともな形を保っている建物が少ないのだ。彼らと同じようにしている街の人々は多かった。


 ザンは仲間たちに言う。


「やはり、あれはレイエルス軍で間違いないと思う」


 焚き火の中で薪が爆ぜていた。


 疑問だらけだった。


 ディリアが訊く。


「神界レイエルスは百八十年前に滅んだんじゃないの? レイエルスの神の神が言ったわ。奴らが滅ぼしたんだ、って」


 確かにその通りだ。滅ぼした当人がそう言ったのだし、そもそも神界レイエルスが全滅したことは、ベブルもザンも、そしてディリアも現地に行って確かめている。


 ザンは大きな溜息をつく。


「俺にも解らない。だがあれは、確かにレイエルス軍なんだ」


 同意したのはソディだった。彼はレイエルスの神だ。


「確かにそうだ。軍服も、武器も、どれをとってもレイエルスのものだった。それに、彼ら自身から、レイエルスの神であると感じるものがあった」


「じゃあ、どうして神界レイエルスがアーケモスを攻め始めるんだ!」


 ウェルディシナは吼えた。もちろん、その相手はソディやフリア、レミナといった、レイエルス出身の者たちだった。


 フリアが苛立たしげに答える。


「それはこっちが訊きたいくらいだ。子供の頃からずっと思い描いていた、あのレイエルスが……。こんなことをするなんて……」


 フリアは子供の頃に、神界レイエルスと魔界ヨルドミスの戦争から逃げるためにアーケモスに移住したのだ。それでも彼女は、自分はレイエルスの神であるという自己認識を捨てなかったのだ。いままでは。


「奴らだ。オルスたちだ。多分奴らには、まだ仲間がいた」


 そう言ったのは、ベブルだった。彼はじっと、燃え上がる炎を見つめている。仲間たちは全員、彼のほうを向いた。


 スィルセンダが手を口に当てる。


「そうですわね。そう考えれば、どうしてレイエルス軍がアーケモスを攻撃したか、辻褄が合いますわ。わたくしたちが倒したレイエルスの神の神は、四人……、でしたわよね? 他にもいるとすれば……」


 レミナも同意する。


「いる可能性はあります」


 ザンは納得する。


「なるほどな。それならば説明はつく。どう鑑みても、あいつらは遊んでいたからな」


「遊んでた?」


 ベブルが気分悪そうに訊いた。彼にとって、自分が相手に遊ばれることほど、気に食わないことはない。


「ああ。と言っても、ここに攻めてきた軍隊のことじゃなく、あの軍隊をここに寄越した奴のことだ。……君たちは知らないだろうが、アーケモスの月には、レイエルス軍の基地があるんだ。奴らはレイエルスからそこまで送られて来て、そこからアーケモスに転送されて来ているんだろうが、月面基地にはアーケモスを直接狙える魔導兵器があるんだ。それを使えば、はずなんだ」


 フリアが驚く。


「なんだって? 何でそんなことを」


 ザンはこともなげに答える。


「アーケモスを支配するためさ。それ以上に、奴らにとっては、自分たちが人間を支配していると確信できる材料が欲しかったのかもしれない。常に相手の喉元に剣を突きつけておかないと安心も出来ないんだろう」


「冗談じゃない。そんな奴らが神だなんて……」


 フリアは唇を噛み締めた。


 ウィードが言う。


「それでは、アーケモスの命運は初めからレイエルスに握られている……。なのに向こうはその力を使わない。……その隙を突いて勝つ方法を考えなければなりませんね」

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