第二十二章② 劫火の宿命

「まさか、レイエルス側に味方するつもりではないでしょうな?」


「そうよ、貴方たち、レイエルスの神なんでしょう?」


 オレディアルが、そしてディリアが、ザンたちに訊いた。


 ザンは否定する。


「まさか。オルスの仲間の手下になると思えば、アーケモスを守って戦うほうを選ぶよ。いくら厳しい戦いだろうとね」


 ソディも同意見のようだ。彼はうなずく。


「私もだ。最早あそこまで堕ちたレイエルスに未練はない」


 そして、レミナが淡々と言う。


「わたしは元来、わたし自身をアーケモスの者だと思っています」


 ややあって、フリアが押し出すように言う。


「他の奴に支配されるレイエルスも、人間を殺すレイエルスも、私のレイエルスじゃない。あんな奴らと同じになるなんて願い下げだよ」


 そこで、ひとり離れたところに座っていたムーガがやってくる。彼女は仲間の輪に入ると、そこに座る。


「わたし……、戦う」


 仲間たちには、その言葉の意図が判らなかった。どんな状況になろうとも、戦わなければならないのは明白なことだからだ。


 だが、ムーガが次に言った言葉で、一同は驚く。


。『アーケモスの救世主』として」


 ベブルはなにかを言おうとしたが、声にさえならなかった。ムーガは忘れているのだ。彼女が『アーケモスの救世主』として軍を率いて戦ったことを。その戦いに敗れて多くの人々を死なせてしまい、深く後悔し、嘆き悲しんだことを。そして、人々を不幸にした自分は『アーケモスの救世主』などではないと言ったことを。


 ベブルの考えとは裏腹に、ザンはムーガの意見に同意する。


「そうだな。その方法しかないだろう。現時点で分散されている戦力を集めて組織化し、レイエルスに対する有力な対抗勢力にしたほうがいい」


 しかし、フリアがそれに反論する。


「だがそれは根本的な解決にはならないぞ。アーケモス上でどれだけ戦おうと、連中は幾らでも攻めてくるはずだ。それに結局は、月面基地からの魔導兵器で狙われるんじゃないか。レイエルスに攻め込んでレイエルスの神の神を滅ぼすしか方法はない」



「それはできない」


 それは、その場の仲間が言った言葉ではなかった。誰かが、この破壊されたボロネの街を歩いて来る。ベブルたちはそちらのほうを向いた。


 それは、オルグスの姿をしたオルスだった。


「てめえ!」


 反射的に、ベブルが叫んだ。


 座っていた仲間たちの誰もが立ち上がり、オルスに対して構えた。


 オルスは笑いながら立ち止まる。


 この様子を見た街の男たちも、魔導銃を手に、構えた。なにしろこの状況下だ。『アーケモスの救世主』たちが構える相手といえば、その敵——アーケモスを滅ぼす怪物でしかない。


 この人数を相手に、オルスは少しも恐怖しない。


「なにしろ、レイエルスとアーケモスを繋ぐ時空塔はすべて封鎖したからな。お前たち人間がレイエルスに攻め込む手段はないということだ」


「生きてやがったのか……」


 ベブルは忌々しげ言った。レイエルスの神の神を名乗ったオルス、マナ、エア、ミスクの三人は全て、消し去ったはずだ。それが生きているはずはない。


 オルスは肩を竦めて嗤う。


「俺たちは死なない。なぜなら、神だからだ」


 これは冗談では済まされない事態だ。これでは、いくらオルスを斃そうとも、彼らは何度でも蘇り、アーケモスを攻めることができるのだ。


「だが、これでは不公平だ。そうだろう? だから俺は、お前たちに勝負をひとつ提案しようと思う。拒否すれば、それはアーケモスの滅びを意味する」


「勝負だと?」


 魔剣を構えたウィードが彼を睨み付けながら言った。だがオルスは構えることさえしない。


「そうだ。十日だ。あと十日、アーケモスがレイエルス軍に対抗し続け、十日目にアーケモスに現れる俺を倒せたら、お前たちの勝ちだ。人間の努力に免じてアーケモスを見逃してやろう。だが、十日経たぬうちにアーケモスのすべての都市が降伏するか、十日目に俺を倒せなければ、アーケモス全土を焼き払う——いや、この世界のすべてを消し去る」


 ソディが怒鳴る。


「遊びのつもりで、アーケモスの人間を、レイエルスの神々を殺すつもりか!」


 しかし、オルスはそれを聞いて嗤うだけだ。


「それがどうした?」


「何だと!」


 オルスは光に包まれ、消えていく。


「今回は勝負の開始の宣言をしに来ただけだ。十日後に会おう。生きていればの話だがな」


 ベブルが殴りかかったが、オルスの身体をすり抜けただけだった。どうやら相手は実体を持たない幻だったらしい。


「一体そんなことをして、どうしようっていうんだ、奴は……」


 ザンが呟くように言った。仲間たちの誰もが、そして、その様子を見ていたボロネ市民の誰もが、同じように思った。


 レイエルスの神の神は、かつて神界レイエルスに魔界ヨルドミスを滅ぼさせた。それと同じことを、今度は人界アーケモス相手に行おうとしているのだ。


++++++++++


 それから、大都市ジル・デュールとデルン市とでアーケモスの軍隊が編成されることが報じられた。ベブルたちはその情報を、ムーガとスィルセンダの持つ小型の携帯情報端末から知ることができた。


 そして、朝にはムーガの端末に連絡が入る。彼女をアーケモス軍の頭として招聘したいという内容のものだった。彼女が決断せずとも、こうして彼女は周囲から必要とされるのだ。


 ムーガはすぐさまそれに応じた。焼け跡に住むボロネ市民の懇願を聞きながら、彼女はデルンへと向かう。当然、ベブルたちも彼女に付き添った。



 『救世主』の登場に、集まった志願兵たちは沸き立つ。


 ムーガはそこで、拡声器を使って、士気を上昇させる力強い演説をした。おかげで、兵たちは彼女を頭として戦う心構えができた。全員で彼女の名前を連呼し、讃える。


 ムーガの考えどおり、やはりこうするのがよかったのかもしれないと、ベブルは思う。彼女はその義務感に突き動かされている。そして、アーケモスの人々も、彼女が付いていることで恐れを忘れられる。たとえ自分が死んでも、アーケモスが破れることはないと信じられる。


 俺にできることは、ムーガが折れちまわないようにすることぐらいだ。


++++++++++


 そして、戦いが起こった場所の情報が入ると、ムーガは大軍を率いて、その場所に向かう。すべての魔導転送装置が兵士輸送用に指定された。


 ベブルたちは転送装置で飛んでは、アーケモスじゅうのあちこちの都市を転戦した。


 ベブルはムーガに、自分を一番の激戦区に使うように言った。ザンやソディは持久戦に向いており、フリアは敵軍の士気を下げることができる。レミナは広範囲攻撃に、ウィードとオレディアルはレイエルス軍の使用する強力な魔獣の相手に向いている。ウェルディシナとディリアは防御側を担当し、スィルセンダは司令官であるムーガの支援に廻っている。そんな中で彼は、自分は激戦区——アーケモス側が負けているところに行くと言ったのだ。


 ムーガは最初躊躇ったが、結局はそれを了承した。勝つためには、それが一番いい戦術だからだ。


 それがあったからか、それとも兵士の士気を揚げるためか、ムーガは自らも激戦区の指揮を執ることを選ぶようになった。実際そのお陰で、味方軍の耐久力が上昇したのだ。



 ベブルは敵を殴り倒しながら前進する。他の仲間は後方に置き去りだ。


「リーリクメルド!」


 助けに来てくれたのか、向こうの敵を頼む、無茶はするなよと言おうとしているウェルディシナを放って、ベブルは走る。


 ベブルは直線経路で並み居る敵をなぎ倒し、敵の指揮官のところにまで行くとそれを倒し、そしてまた敵兵を殴り倒しながら戻る。この頃にはすでに、敵側には動揺が波紋のように広がっている。そして敵は撤退していく。残された仕事は、味方に近いところにいる敵を片付けることだけだ。


 思ったよりも順調に、レイエルス軍を撃退できている。神と人間との戦いでは、圧倒的な敗北かと思われたが、実際はそうでもなかった。ファードラル・デルンがアーケモスにもたらした神界レイエルスの技術が、双方の戦力を均衡するまで持ち上げているのだ。


 月面基地からの攻撃はない。そのことに関しては、レイエルスの兵たちも訝しみ、そして、不満に思っているようだった。月面基地の魔導兵器を使えば、レイエルス軍には怪我人ひとり出すことなくアーケモスを滅ぼし尽くすことができるはずだからだ。


 神の神たるオルスは、ただただ遊んでいるのだ。それでも、レイエルスの神々は戦わなければならないのだった。そして、アーケモス側も、それに応戦しなければならないのだ。


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