第二十一章⑦ 冷たい雨の中で

 オルスはムーガを指さし、マナに言う。


「どちらが先にこの女を消せるか、勝負といこうではないか」


 マナは了承する。


「いいさ。どうせ三分の二はミクラの手柄になるんだからね。この女は、私の手柄にしてやるよ」


「させるものか」


 オルスとマナがムーガに襲いかかる。彼らはずっと遊び半分で、誰かの命を奪おうとしている。


 紅玉の杖を構えたフィナがマナの行く手を阻む。同様に、魔導銃剣を持ったオレディアルがオルスの進行を阻害する。


 マナの瞳は狂気に輝いている。


「脆い人間のくせに、世界を創り出した神に逆らうんじゃないよ!」


 マナはその手で、フィナを消そうとした。だがそこへ、スィルセンダの魔法が炸裂する。


「この程度——」


 だが次に、フィナ自身の魔法が直撃し、マナは大きく仰け反る。


「世界の管理者には効かないんだよ!」


 そして更に、ムーガの『消滅の力』が放たれる。


 マナは撥ね飛ばされ、地面に落ちる。頬が、そして肩が酷く抉れていた。黄色い血が溢れ出る。彼女は悲鳴を上げ、倒れる。そして、消えていった。死んだのだ。



 それを見て、オルスが嗤う。彼はオレディアルと素手と魔導銃剣の打ち合いをしていたところだ。


「なんだ、結局、俺のひとり勝ちではないか」


 オルスはオレディアルを殴り倒し、ムーガに襲い掛かる。


 ウェルディシナとディリアが魔法を使ってオルスの進攻を止めようとした。だが、叶わなかった。


 ムーガはやはり、『破壊の力』を使ったために、意識を朦朧とさせていた。だが、まだ両足で立っているだけ、耐性がついてきたようだ。


 『ひとり勝ち』の状況となったオルスは、ムーガを後ろから羽交い絞めにした。殴り掛かれば消すことができたというのに、そうしないのは彼が最早『勝って』いると思っているからだ。競争相手のいないいまとなっては、早く消すことよりも、いかに消すかが重要なのだ。彼にとっては。


「さて、お前はこれに耐えられるか、人間よ」


 そう言ってオルスは、そのままムーガを後ろに投げ飛ばそうとした。


 だが、ムーガは消える。このとき遠くに離れていたフィナが、彼女を自分のもとに召喚したのだった。


 後ろに仰け反ったオルスの顔に、魔剣の一撃が叩き落された。オルスは仰向けに倒れる。


「そっくりさん」


 声が言った。


 仰向けに倒れたオルスの前に、ウィードがいた。彼は、オルスの顔の間近に魔剣を突きつけている。


「僕にそっくりの顔で、ムーガさんに嫌らしいことをしようとしないでください。僕が恥をかく破目になりかねませんから」


「お前は……、オルグスの造った器……」


 倒れたまま、オルスはそう言った。それに対して、ウィードは鋭い口調で否定する。


「僕はムーガさんの保護者です」


 ウィードは魔剣を持っていないほうの手で空を切った。“風の魔法スウォトメノン”が発動し、竜巻がオルスを巻き上げる。


「ウィード!」


 ムーガが大声で言った。ウィードはそちらをちらと見て、微笑みかける。


 それからウィードは跳び上がり、竜巻の中にいるオルスを連続で斬り付ける。魔剣そのものに、鎌鼬かまいたちを纏わせて。


 散々に斬り付けると、ウィードは着地する。竜巻が消え、オルスの姿が見えるようになった。そのときにはすでに、オルスは彼に襲い掛かるところだった。


 だが、オルスはオレディアルの撃った魔導銃によって撥ね飛ばされることになる。彼は草地の地面を跳ね、転がり、“イフィズトレノォ”の攻撃でできた穴へと落ちた。


「これはお前の『勝ち』ではない。ここでお前は滅ぶのだ」


 オレディアルが威厳ある低い声で言った。


 すぐにオルスは穴から這い出して来る。それを見て、ムーガが呟く。


「埋めてやればよかった」


「そうですわね」


 スィルセンダが同意する。フィナは無言でふたりのやり取りを見ていた。



「俺は支配者なのだ!」


 オルスが叫んだ。


 雨が降り始めた。本格的に天気が崩れてきたのだ。空は分厚く黒い雲の層に覆われ、辺り一体が、まだ昼間だというのに酷く暗かった。


「俺は、この世界の神なのだ! すべてが、この俺の思い通りになるのだ! そうだ! その通りだ! そうならねばならない!」


 オルスは怒り狂っていた。ただの人間相手に、これほどまで苦戦させられたことが、彼を完全に発狂させてしまった。


 これが警戒すべき状況だということは、ムーガたちの誰もがわかっていた。彼女らは警戒し、オルスに向かってそれぞれに構えた。


「うわああああああ! 俺は神なんだあああ! なのになぜ、こんな状況に! どうして俺が、人間に遊ばれなければならないのだ? 俺はすべての支配者のはずなのに!」


 すると不意に、新しい声がする。


「それは、このでのことだろう?」


 その声に反応し、オルスは後ろを振り返る。そこにいたのは、ウォーロウ・ディクサンドゥキニーだった。


「お前は……」


「この世界の中でしか、神になれない、哀れな奴よ」


「何だと!」


 オルスは向き直り、ウォーロウを睨み付ける。だがウォーロウは、涼しげに嗤っただけだった。そして、その手でオルスに触れる。


「僕は、お前たちすべてを滅ぼす。神となるのはこの僕だ。待っているがいい」


「莫迦な……」


 オルスは後退りする。彼の身体は砕け、そして、消滅を始めたのだ。


「莫迦な、莫迦な、こんなことが……。ぐ、ぐわあああぁぁぁっ! 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い! うわあああぁぁぁっ!」


 悲痛な叫びをあげ、『レイエルスの神の神』オルスは消滅した。



「ディクサンドゥキニー!」


 魔導銃剣を構えていたオレディアルはその構えを解いた。彼はウォーロウとは面識があったからだ。ウォーロウは彼らの『銀の黄昏』に所属していたことがあった。


 ウェルディシナも緊張を解く。


「いままでどこへ行っていたんだ。お前がいない間に『銀の黄昏』は解散したのだぞ……。それに、ナデュクはもういない……」


 雨足が強くなってきた。


 辺りは暗い。


 フィナは濡れて顔に掛かった前髪を、手で梳いて除ける。髪の長い他の女性陣も同じようなことをしていた。


 ウォーロウは表情を変えない。


「そうか……。それで?」


 ディリアは息を詰まらせそうになる。


「なっ。それで、はないでしょう? 仲間が死んだのよ? それで何とも思わないってわけ?」


 だがウォーロウは、やはり表情を変えずに、笑っている。


「仲間? そうだった憶えはないな」



「何のつもりだ?」


 ここへきて、オレディアルはもう一度魔導銃剣を構え直した。彼の本能がそうさせたのだ。目の前にいるウォーロウ・ディクサンドゥキニーは、どこかがおかしい。


「ムーガ・ルーウィングを殺しに来たのさ」


 そのひと言で、全員が構えた。ムーガは、フィナとスィルセンダの後ろに守られている。


 それから、魔剣を構えたウィードが言う。


「いまの台詞は聞き捨てなりませんね。ムーガさんを殺す? どうして貴方がそんなことをしようって言うんですか。本気だというのなら、ただではすみませんよ」


「僕にとって、邪魔な存在となるからだ」


 そう言って、ウォーロウは両腕を横に広げた。そして彼は、魔法など使っていないというのに、空中へと浮かび上がる。


「僕以外の『器』は、必要ないということを証明してやるのさ! どんな人間であろうと所詮はただの、出来損ないなのだからな!」


「“イフィズトレノォ”!」


 ムーガが叫んだ。


 ウォーロウは空に響く声で嗤う。


「僕は『支配者イフィズトレノォ』と融合を果たしたのだ! 僕はすべての『支配者』——“神の幻影”となったのだ!」


「ディクサンドゥキニー!」


 フィナは紅玉の杖を構えて、ウォーロウに向かって叫んだ。それは、敵に対する攻撃の構えだった。ウォーロウはここで初めて、一瞬だけ穏やかな、それでいて哀しげな表情を見せる。


「フィナさん……、貴女は最後まで、僕のことを名前で呼んでくれませんでしたね」

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