第二十一章⑧ 冷たい雨の中で

 ウィードとオレディアルが最前列を守り、その次にはウェルディシナとディリアが構え、その次は、フィナとスィルセンダ、そして一番後ろがムーガという並びになっていた。


 ウォーロウは哀しげに嗤う。


「哀れな者たちだ。自分たちの守ろうとしているものがそんなに大切かい?」


 ウィードが魔剣を手に走った。そしてその剣をウォーロウに叩き付ける。だが、まったく効いていない。何度も斬り付けたが、まるで木刀で大木に斬りかかっているかのようだ。


「お前たちは、『生きて』などいないんだよ」


 ウォーロウはその手に“光”を点した。そしてその、石飛礫ほどの大きさの“光の球”が浮き上がり、ウィードに襲い掛かる。


「それに当たると痛いぞ。質量のある光。世界の歪みの産物だ」


 ウィードは急遽後退し、その“光”を受け止めようと魔力障壁を展開した。だが、その“光”はいとも簡単に障壁を通過した。そして次に、それを止めるべく構えられた魔剣を折ってしまう。


 折れた魔剣を握ったまま、ウィードは地面を転がった。戦場は先ほどの“イフィズトレノォ”と戦った場所から少し移動していたので、ここはそれほど地面が凸凹してはいないのが幸いした。


 ウィードは“光”を回避することに成功したが、その“光”はなおも飛行を続け、旋回して他の仲間を襲い始めた。


「危ない! 避けて!」


 ウィードは叫んだ。仲間たちは散り散りになって“光”から逃げ回った。


 その様を見て、ウォーロウは短く、くっくっと嗤う。


「お前たちなんか、この僕が直接手を下すまでもない。その“光”に消されるがいいさ」


 雨の勢いが強くなっていた。地面は泥濘み、走る度に泥を撥ね上げていた。ムーガたちは皆、水に濡れていた。水気を吸った服が少し重くなったようだ。


 雨は激しくなっていく。


 嗤っているウォーロウのもとへ、オレディアルが魔導銃剣を抱えて走る。そしてそれで、何度も斬り付けた後、魔導銃を連射した。


 すべての攻撃が当たっているというのに、ウォーロウにはまったく通用していなかった。


「お前の好きにはさせん!」


「どうかな?」


 ウォーロウは嗤って、片方の腕を前に突き出した。するとまた、ふたつ目の“光”がそこから打ち出された。オレディアルはそれを避けることができたが、“光”はそのまま、後ろにいる仲間たちを襲う。


 スィルセンダが走りながら叫ぶ。


「増えましたわよ! ご注意を!」


「魔法が全然効かない! 素通りされるみたいだ!」


 ムーガもそう言いながら走っていた。すると、フィナのほうから言葉が飛んでくる。


「避けろ!」


 ふと目の前に別の“光”が迫ってきていることに気付き、ムーガは身を低くして避けた。そして避けると、また走る。


 いつのまにか、飛び廻る“光”は三つになっていたのだ。


 雨は大降りになっている。視界が酷く悪い。あちこちにいる、走り回る仲間たちのほうから水を撥ねる音が聞こえる。すでに水溜りもできていた。


 ムーガたちは奔走しながら“光”から逃げ、躱し、そしてウォーロウに攻撃を試みた。しかしいまのウォーロウには、魔法も、魔剣も、魔導銃も、なにもかもが効かない。彼女らが相手にしているのは、もはや、この世のものではなかった。


 逃げ廻る戦いは長続きしない。“光”のうちひとつがウェルディシナの肩を掠める。彼女は悲鳴を上げ、肩口を押さえた。そして集中力が途切れている間に、もうひとつの“光”が彼女の太腿を抉って行った。彼女は倒れる。血が噴き出していた。


「エルミダート!」「ウェルディシナ!」


 オレディアルとディリアが同時に叫ぶ。だが、オレディアルは、このようなときでも助けに行こうとはしない。気を散らしてしまうと余計に危険だからだ。彼は飛び回る“光”を避けながら、“治癒の魔法イルヴシュ”を唱え始める。


 しかし、ディリアは感情にまかせて走り出してしまった。最初に“イフィズトレノォ”と戦ったときにも、これが命取りになったというのに。


「危ない!」


 ウィードが叫んだときには、遅かった。


 ディリアは後ろから“光”に打たれ、脇腹を裂かれた。そして、横向きに回転しながら泥の地面に倒れる。


「何で……。何でわたしに当たるのよぉ……」


「この“光”は魔法をも相殺していましたわ! だから、ディリアさんにも当たるんですわ! もっと早くに気づけば……!」


 スィルセンダがそう言った。彼女は今まさに、“光”を回避している最中だった。

 

 本来ならば、魔法でできた身体であるディリアには、魔法以外の攻撃が通用しないはずなのだ。ディリアは、この“光”は自分には大きな効果はないと踏んでいたようだ。残念ながらその予想は外れていた。


 ムーガは雨に濡れて重くなった髪を後ろによけた。もう全員が、服を着たまま池に飛び込んだかのようにずぶ濡れになっていた。ただ、ウォーロウだけは、まったく濡れていない。


 もはや仲間ふたりが倒れる事態となってしまった。



 何とかしないと!


 ムーガはそう考えて、フィナが“治癒の魔法イルヴシュ”を扱うことができることに思い至った。“治癒の魔法”を使えば、ウェルディシナも、ディリアも助けることができる。そこから体勢を立て直すのだ。


 ムーガは振り返って、自分の後ろにいるフィナに呼びかける。


「フィナ——」


 を見た、仲間の誰もが目を疑った。


 フィナは紅玉の杖を手にしたまま、水平方向に撥ね飛ばされていたのだった。その両足は地面から完全に離れていた。


 それは、彼女が“光”に撃たれた瞬間だった。


 フィナの脇腹に、横から重たい“光”が打ち込まれ、彼女の身体は大地から離れ、いとも簡単に吹き飛ばされる。胴が先行して飛んでいるため、頭と足は後に取り残されていた。


 フィナの口から血が漏れ出す。このときまだ、彼女自身、なにが起こっているのかよく解っていないようだった。あまりの出来事に、まだ驚いた表情をしてさえいない。


 次の瞬間、遂に“光”が、入ったのと逆方向の脇腹から飛び出す。彼女の華奢な身体を貫いたのだ。紅玉の杖が彼女の手から離れる。


 だが、それだけでは終わらなかった。


 もうすぐで着地するかというところで、別の“光”が彼女の正面から飛んで来ていたのだ。成す術なく、フィナはそれに撃たれ、撥ね飛ばされる。


 ふたつ目の“光”は彼女の胸の中心に直撃し、そのまま背中に抜けていった。彼女は口から大量の血を吐き出した。


 そのままフィナは、人形のように地面に落下した。水溜りの上に落ち、大量の水を跳ね上げた。胴、頭、両脚の順に落ちたが、最後の両腕も、力なく水溜りに沈んだ。


「フィナ!」


 ムーガは叫びを上げ、走った。


 視界が酷く悪かった。


 まぶたの外の雨と、そして、まぶたの中の雨とで。


++++++++++


 雨はベブルたちを強かに打っていた。


 地面は完全に泥濘み、ところどころには水溜りができている。


 そんなところで戦うので、彼らの脚は泥で汚れていた。


 ザンも、ソディも、息を完全にあがらせていた。後方での援護を担当するヒエルドとユーウィは、不安げな表情で彼らを見つめている。


 ベブルも、流石に不安になってきた。戦いが長引いているのだ。どれだけ『破壊の力』を使った攻撃をしようと、ミスクには避けられてしまう。一発で決着のつく『力』による攻撃は、この場では逆に使い物にならない。


 ムーガは無事だろうか。ベブルは声には出さず、そう思った。いや、大丈夫なはずだ。デューメルクが守っているはずだからな。大丈夫なはずだ。あいつは約束した。

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