第二十一章⑤ 冷たい雨の中で

「何であいつらが消えたんだよ!」


 ベブルは大声で問うた。だが、そんなことをフィナに訊いたところで、彼女が回答を知っているはずはない。


 ウィードは焦りを感じていた。


「ベブルさん。本当にザンさんたちは消えたんです。ええ、僕は見ていました。本当に消えたんです。歴史が……」


 しかし、ムーガは緊迫したこの状況が読めないようだ。それで、目の前にいるベブルに訊ねる。


「ねえ、どうしたの? ? 誰の話? ベブルの知ってる人?」


「お前……」


 ベブルはその先を続けようとしたが、言葉にならなかった。ムーガの記憶からザンが消されている。やはり、歴史が改変されたのだ。ザンたちはこの時代より前に、殺されてしまったのだ。


 オレディアルも狼狽している。


「何ということだ。黒魔城に敵が入ったというのだろうか? 一体、誰が」



 そのとき、ベブルたちの傍に転送されて来る者があった。


 ウェルディシナとディリアだった。開口一番、ウェルディシナはこう言った。


「歴史が書き換えられている。フグティ・ウグフで数名が消えた」


「何だと?」


 ベブルは驚いた。


 フィナがふたりに、こちらの状況を説明する。


「“イフィズトレノォ”は倒したが、ザンたちが歴史から消えた」


 ディリアが声をあげる。


「何ですって! “イフィズトレノォ”を倒したのは、驚きだわ。だけど、ザンたちが消えたですって? 一体、まだなにが残っているというの?」



「俺が残っているだろう?」


 そう言ったのは、オルスだった。彼は『石碑』から出て来たところだった。同じようにして、その隣に出現した『石碑』から、マナが現れる。石碑の表面が波打っていた。


「その通り。私たちがまだいるじゃないか」


「お前たちは……!」


 ウィードは魔剣を召喚し、そのふたりに対して構えた。他の仲間たちも、瞬間的に構えを取った。


 ベブルが言い放つ。


「貴様ら……。貴様らがザンたちを殺したのか!」


 マナは口に手を当てて嗤う。


「ザン? ああ……、あのヨルドミス貴族のことか。奴らはミスクが相手しているところさ。もう消えたのかい? 歴史のほうも随分と気が早いんだねえ」


 ウィードが呟くように言う。


「ザンさんが、消された……?」


 ベブルは歯噛みする。


「クソッ……。何だってこんなことに……」


 だがベブルに、怒りの中に沈んでいる暇はなかった。


 オルスがこんなことを言ったからだ。


「まあ、ミスクの目的は、そんな魔王如きではなく、三人目の『力』の持ち主なんだがな」


 ベブルの息が詰まりそうになる。


「は……? まさか、ユーウィじゃないだろうな!」


 それを聞いて、オルスは嗤う。


「ユーウィ? 俺たちが人間の名前など知るものか。ミスクは、俺たちが行き来する三つの時代に、三人の“奇妙な人間”がいることを突き止めたのだ。それで、お前たちふたり以外の、残りのひとりはあいつが始末することになった」


 マナも不気味に嗤う。


「いますぐにでも終わらせて来るんじゃないかい? ミスクは私たちよりも遥かに強いからねえ」


 ベブルは怒りとともに考えをめぐらせる。いま、なにも知らないユーウィが、『レイエルスの神の神』に襲撃されているのだ。そこに助けに入り、ザンが死んだというのなら話は通る。だが、そんな強敵を相手に、ユーウィが生き残れるわけがない。


「畜生、貴様ら……」「許さない」


 ベブルと、そしてフィナが相手を睨み付け、それぞれに構える。いますぐにでも、相手に打ち掛かっていけるように。


 オルスは肩を竦める。


暫時ざんじの怒りは耐えることだ。そうすれば、二度と怒ることなく消えられる」


 その言葉に我を忘れ、ベブルはオルスに殴り掛かろうと、走ろうとした。だがそれを、ムーガが止める。


「待って、ベブル。ユーウィは『力』を使えるの?」


 ベブルは立ち止まる。


「ああ? 一応、使えるみたいだ。それを使ったところを見たことがあるしな。それがどうしたんだ」


「じゃあ、ユーウィは、の?」


「それは……」


 弱い。実際、ユーウィは戦いの中に生きる者ではない。だから、戦えるはずがない。それこそ、ザンたちが全滅するような敵を相手に。


 ムーガは言う。


「じゃあね、ベブル。ユーウィを助けに行ってあげて。その人、わたしたちのご先祖様なんでしょう?」


「だが……。俺が行くにはデューメルクも連れて行くことになるんだ。そうなりゃ、お前を守るだけの戦力もなくなっちまう」


 ベブルの持つ『時空の指輪』は、フィナのものと合わせて初めて効果を発揮するのだ。だから、彼がこの時代を離れるとなると、自動的に彼女も付いて行くことになる。


 だがムーガは、抜け道が可能であると知っていた。


「ウェルディシナから『指輪』を貰って行けばいい。ほら、ナデュクの『指輪』を」


 それを言われて、ベブルは思い出した。確か、死んでしまったナデュクの『時空の指輪』を、ウェルディシナが持っているはずだ。


 そう言われて、ウェルディシナが余りの『指輪』を取り出す。


「行くなら早くしてくれ。神の神を相手に戦うのは厳しいことだからな」


 ベブルは渡された『指輪』を受け取る。それからフィナを見た。彼女は深くうなずく。


「これが最良」


 フィナにそう言われては、ベブルにはそれを信じるしかなかった。いや、彼女がそう言ったからこそ、ベブルにはその方法が最良のものに思えてきたのだ。


 スィルセンダがベブルに呼び掛ける。


「ベブルさん。ここにいる仲間は非常に頼りになります。貴方が帰られるまで充分持ちますわ」


 ウィードもうなずく。


「そうですよ。ここには僕もいます。任せてください」


 それに、オレディアルも同意する。彼は魔導銃剣を手に構えていた。


「我々で戦えます。ルーウィング先生は、私が命を掛けてお守りします。どうぞ過去を守って来て下さい」


「わかった」


 ベブルは了解し、その手に、完全な『時空の指輪』を嵌めた。


 それから、フィナがベブルに宣言する。彼女の瞳には力があった。


「ムーガは必ず守る」


 ベブルは確信を込めてうなずく。


「お前を信じる」


 それから、ムーガがベブルに、懇願するように言った。


「早く帰って来てね。絶対に……、無事に!」


 ベブルはまた、力強く、深くうなずいた。


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