第二十章⑩ 彼を変えたものは

 フィナは歩いていた。


 静かな夜の荒野を。


 杖を手に、星の世界を、月の下の世界を歩いていた。


 杖の紅玉が星明りを散らし、彼女もまた、ひとつの銀河のようだった。



 ベブルは目の前にいる、——いや、ずっと遠くを行くフィナに、いつの間にか見入っている自分に気がついた。


 こんなことをしている場合ではない。


 ベブルは思った。


 彼は、彼女に話を聞きに来たのだ。


「デューメルク!」



 フィナは振り返った。


 黒髪に落ちる星の輝き。


 彼女は口を開く。


「なに?」


「お前さ」


 ベブルには、近付けなかった。


「ザンたちは元々、俺たちの時代にも生きてたんだろ? お前は憶えてないのか」



「憶えている」



「じゃあなんで、それを先に言わなかったんだ。元々の歴史は、ザンとデルンの相討ちじゃなくて、ザンの勝ちだと」



 フィナは微笑んだ。


 まるで、星のようだった。


 ものいわぬ。



 フィナはベブルに背を向けて、星空へと歩き出した。


 まるで、その星の世界へ、そのまま、踏み込んで行きそうな。


 澄んだ闇の中。



「元には戻らない」


 フィナの声は、空に響いていた。


「何もかも」


 両手を広げ、夜空を仰ぐ。


「すべて、進むだけ」



 ベブルは、言葉という言葉を失った。


 まるでここには、そんなものは存在しないかのようだ。



「お前さ、仲間なんだからな」


 ベブルは、拳を握り締めて、ようやく言えた。


「俺はいつも、お前には面倒ばかり掛けてる……」



 フィナはまた、振り返った。



「もっと、色々、言いたいこと言えよ。聞いてやるから」



 彼女は淡い光の中で、うなずいた。


 安らかな笑みを浮かべて。



 ふたりは、闇に包まれる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る