第二十章② 彼を変えたものは

 ベブルたちは百八十年前のレイエルス神殿に到着した。


 一見したところ、人気がないのは百八十年後と同じだが、ひとつ大きな違いがあった。二界戦争で戦った魔界ヨルドミス、神界レイエルス両軍の武器が、まだところどころに散らばっているのだ。


 ベブルは思わず笑みを浮かべる。


「さあて、デルンの野郎はどこにいるんだ?」


「来たようよ」


 ディリアが声を落としてそう言った。


 この場には転送装置があった。だが、それには制限が掛かっており、ファードラル・デルンには使えないものだ。そのため、彼はこの神殿内を、徒歩または魔獣に載って移動していた。


 転送装置の奥にある出入り口から、ファードラルが歩いて来る。彼は、神殿の中心部にベブルたちがいるのを見て、凍り付いた。


「貴様ら……、なにゆえここにいる?」


「なぜって、貴様を歴史から消すためだ」


 ベブルは、拳を鳴らしていた。それに、彼の後ろに控えているオレディアルも、ウェルディシナも、ディリアも、そしてフィナも、めいめい武器を手にしている。


 デルンは後じさりする。


「貴様ら、『銀の黄昏』め、裏切りおったな!」


「問答無用だ、この悪魔め!」


 ウェルディシナが吼えた。


「クソッ」


 ファードラルは一度構え、戦うかに見えたが、突然踵を返して、もと来た道を走り去った。


「逃げたぞ!」


 フィナが叫んだ。ベブルたちは、ファードラルを追う。



 ファードラル・デルンは走りながら大犬の魔獣ディリムを召喚し、それに飛び乗った。ベブルたちから見ると、あっという間に彼の姿は小さくなる。


「レフィニア!」


 ベブルが呼んだ。

 

 ディリア・レフィニアは相槌し、持っていた水晶の杖を振り回す。すると、“魔力封じの魔法”が発動し、ファードラルの魔力を封印する。大犬の魔獣は消滅し、彼は神殿の床の上を滑った。


 ファードラルは慌てて立ち上がり、逃げようとしたが、すでに目の前にベブルがいるのを見て、またそれとは逆方向へ走ろうとした。だが、そちらにはベブルの他の仲間たちがいる。


 ウェルディシナが大きな魔力結界で、彼ら全体を包む。これで、ファードラルの逃げ道はなくなった。


「終わり」


 フィナが言った。彼女は、ルビーの杖を構えていた。


 ファードラルは歯軋りし、呪文を唱えようとする。だがそれよりも、オレディアルのほうが速かった。


「さらばだ、デルン!」


 オレディアルの魔導銃剣が、ファードラル・デルンの体を左右に切り裂く。驚愕の表情を残して、未来の第九代アーケモス大帝は、ここ神界レイエルスで滅んだのだった。


++++++++++


 こうして、百八十年前のファードラル・デルンは死んだ。ベブルたちは神殿の中心部に戻ると、再び百八十年後のレイエルス神殿へと飛ぶ。


 これで、ムーガたちからファードラル・デルンの記憶が消えているはずだ。ファードラルがアーケモスに帝国を築いていた過去は、抹消されたはずなのだから。


 しかし、そうなってはいなかった。


 ムーガが言う。


「随分早かったね。デルンが見つからなかったの?」


 ベブルは眉を顰める。


「なに言ってんだ? 俺たちは、ちゃんと百八十年前のデルンの野郎をぶち殺してきたんだぜ。なあ?」


 同意を求められたフィナは、首を縦に振る。


 しかし、ウィードが言う。


「ベブルさん、特に歴史が変わったようではないようですよ。デルンは帝国を築いて、昨日、僕たちがそれを滅ぼした……。それに変わりはないらしいです。ねえ、レミナ」


「その通りです」


 レミナも同意した。


 オレディアルが肩を落とす。


「そんな馬鹿な……。一体、どうなっているというんだ……」


 その間、フィナは口に手を当てて考え事をしていた。だが不意に、その手を離した。彼女にはわかったのだ。


「『指輪』だ」


 その言葉でようやく、ベブルにも理解できた。


「そうか! デルンの野郎は、『時空輝石』とやらを持ってなかったが、『固定金属』とやらは持っていたはずだ。あの野郎、それで造った『宝石のない指輪』で生き延びてやがるんだ」


「ということは、ここから六十年前の世界のデルンを滅ぼせばいい訳よね?」


 ディリアが言った。つまり、デルンのアーケモス帝国を消し去るには、もう一度、ファードラル・デルンを殺さなければならないのだ。


「ついでだ。六十年前に行って、デルンの野郎をまたぶち殺してくるか」


 ベブルは腕を組んだ。彼はやる気で満ち溢れていた。


「じゃあ、この時代のデルンタワーにまた行って、その中から六十年前に行くのがいいでしょうね。六十年前のデルンにしてみれば、わたしたちは防御網を掻い潜って現れたことになるのだから」


 ディリアが作戦を打ち出すと、ウィードが疑問を挟む。


「しかし、“神の幻影”はどうするんです? 結局、それらしいものは見当たりませんでしたが……」


 スィルセンダは溜息をつく。


「仕方ありませんわね。“神の幻影”の件は保留。いまはとりあえず、アーケモスの暗黒時代を消すことを優先しましょう。六十年前のデルンを倒すのも、すぐに終えられますでしょう?」


「そうだな」


 ベブルは力強くうなずいた。


「じゃあ、そうしようか。ひとまず、ベブルとフィナと元『銀の黄昏』の三人以外の面々は『隠れ工房』に戻ろう」


 ムーガが決定した。仲間たちの誰にも、異論はなかった。ベブルたちは、転送装置のほうに向かって歩き始めた。


 ムーガはベブルを見上げる。


「わたしの決心はもう変わらないから。アーケモスを元に戻して」


++++++++++


 ベブルとフィナ、そして元『銀の黄昏』の三人は、魔導転送装置を使って、デルンタワーへと再びやって来た。時間移動ができない他の仲間たち四人(ムーガ、ウィード、スィルセンダ、レミナ)は『隠れ工房』に残っている。


 ベブルたちは塔の表口から入った。主を失った塔の中で、略奪を働いている市民がいたが、それは無視した。


 一般利用者用の魔導転送装置の前まで来ると、ウェルディシナがそれに改造暗号を入力した。これで、この塔の封印階層に直接行ける。ベブルたちはそれを使って、上の階に飛んだ。


 この時代の封印階層には、もう誰もいない。この部屋の主はもう、この世にいないからだ。


 オレディアルが口を開く。


「問題なのは、六十年前のデルンはすでに、“改造アドゥラリード”を所持しているということです。ルーウィング先生がいない状態で、勝てますか? リーリクメルド殿」


 ベブルは小さく手を振る。


「殿は要らねえって。そうだな、デューメルクの協力があれば、すぐに消せると思う。長引くと、それはそれで面倒だ」


「頼もしいな」


 ウェルディシナは微笑った。


「じゃあ、わたしも支援に回るわ。極力相手の邪魔をして、極力貴方の力を引き出せばいいんでしょう?」


 ディリアは真面目な表情で、ベブルにそう言った。フィナが同意する。


「そういうこと」


「じゃあ行くぜ。デルンとの戦いも、これで終わりだ」


 ベブルは背伸びをした。


++++++++++

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