第二十章③ 彼を変えたものは

 魔王ザンと破壊神フリアは武器を手に、“黒風の悪魔アドゥラリード”に乗ったファードラル・デルンと対峙していた。この時代のフリアは人間の年齢にして十七、十八歳程度だ。


 保持神ソディは彼ら三人のうちで唯一の“治療魔法イルヴシュ”の使い手だったが、すでに倒れている。ファードラルが、まず回復手を集中攻撃したのだった。


「勝敗は決したな、ザンよ」


 ファードラルは、空中を浮遊する“アドゥラリード”の背の上で嗤った。


 ザンは歯噛みする。魔剣『ウェイルフェリル』を握る手に、思わず力が入る。


 フリアの持つ武器は魔槍だった。彼女はそれを振り回し、攻撃の機会を窺って、その場で跳ねていた。だが、すでに息が上がっている。


「決した? ああそうとも。戦いが始まる前から、ずっと決まっていたことだ。私たちが勝つということはな!」


 ザンもフリアも、すでに血塗れになっていた。ファードラルのほうが優勢であるのは、ひと目で判るほどだ。



 そこへ突如として、六十年後からやって来たベブルたちが姿を現す。ファードラル・デルンはもちろん、ザンとフリアも驚いた。ファードラルの支配する封印階層に、突然出現したのだから。さらにいえば、敵であったはずの『銀の黄昏』を連れているのだ。なにが起こったのか、まったく理解できない。


「丁度いいときに来たな。見ろよ、デルンの奴、『宝石のない指輪』をしてやがるぜ。デューメルクの予想通りだ」


 ベブルは戦いの準備のためにその場で二、三回跳ねたあと、ザンやフリアのところまで駆け、“アドゥラリード”に対して構えを取った。


 そこに、オレディアルとウェルディシナが追い付く。ザンははじめ、このふたりに攻撃を仕掛けようかと迷った。だが、どうやらいまは敵ではなさそうなので、警戒しておくにとどめた。


「如何にしてこの領域に踏み込んだというのだ? それに貴様等……、『銀の黄昏』よ、俺を裏切ったのだな!」


 ファードラルは、“アドゥラリード”の上から号怒した。それを聞いても、ベブルが恐怖することはない。彼は笑っただけだ。


「ははは、こいつ、と同じこと言ってやがるぜ!」


 この言葉には、ファードラルも反応せざるをえなかった。彼は瞬時に、いまの言葉の意味を捉えた。


「貴様……、よもや、過去の俺を殺したなどと言うのではあるまいな?」


「残念、はずれよ。過去のあんたも、未来のあんたも、両方ともいなくなったわ」


 ディリアが言った。彼女は後方支援担当なので、後ろのほうにいる。


「だからあとは、お前だけなんだよ!」


 ベブルが言い放った。ファードラル怒りに言葉を失う。



 フィナはすでに、呪文の詠唱を開始していた。“高速の魔法”、“反射の魔法”、“力の魔法”をベブルに掛ける。


 ベブルは駆け出し、次の瞬間には“アドゥラリード”の距離を詰め終わり、そして、それと同時に、『力』を纏った拳でそのバリアを四、五回殴る。穴だらけになった魔力障壁は破壊され、怪物は無防備な状態になる。


 そこから更に殴りかかろうとしたベブルに対して、ファードラルは“アドゥラリード”に“キャノン”を撃たせる。


 しかし、フィナはそれを見越していた。事前にベブルに施していた“被召喚の魔法”を使って、彼を彼女の傍に呼び戻した。おかげで、ベブルは“アドゥラリード・キャノン”を回避できた。さらにいえば、仲間たちの誰にも、“アドゥラリード・キャノン”は当たらなかった。


 それどころか、攻撃に力を使い一時的に弱体化した“アドゥラリード”に、他の仲間たちが一斉に斬りかかったのだ。ザンが、オレディアルが、そしてフリアが。流石に、肉体も強化された“アドゥラリード”は一筋縄ではいかなかった。だが、それでも、次第に怪物の動きは緩慢になっていく。


「だらぁっ!」


 いつの間にか、ベブルが最前線に戻って来ていた。彼の拳が、“アドゥラリード”の腹に打ち込まれ、その衝撃で、ファードラル・デルンは怪物の上から弾き落とされた。


 止めの一撃は、ザンの魔剣『ウェイルフェリル』だった。その魔剣で頭部を左右に切断され、“アドゥラリード”は落ちた。死んだのだ。



「結構、あっけなかったな」


 ベブルは笑いながら、首の骨を鳴らしていた。


 床の上に倒れていたファードラルは立ち上がり、ベブルたちに対して構えた。


 ベブルは嗤う。


「こんな風景、前にも見た気がするんだよなあ。誰だったっけ? そんときのヤツは」


「うぬぅ……。俺は、こんなところで死ぬわけにはいかんのだ……」


 ファードラルは窮地に追い込まれていた。


「逃がすものか」


 ザンは魔剣『ウェイルフェリル』の切っ先を、遠くのファードラルのほうへ向けた。


 ファードラルは、その切っ先を、そしてベブルたちを、見据えていた。その瞳には、炎があった。



 その瞬間だった。ベブルとデルンの間に、あの『石碑』が出現したのだ。しかも、今回は同時に三つも現れたのだ。


 そして、そこから、三人が現れる。ひとりはオルス。あとのふたりは、男と女。両方とも、ベブルたちの見たことのない者たちだ。この三人は、髪が白く、瞳が紅く、血色の無い顔に赤い模様が描かれているという点では全員が同じだった。そして、白を基調とした服を着ているという点でも。


「あいつだ、エア、マナ。あの頭が桃色の奴だ。あいつが、人間が持たないはずの力を持っている」


 オルスは、石碑から現れた他のふたりにそう言って、ベブルを指差す。


「どれ、俺が試してやろうか」


 エアと呼ばれた男が歩き出し、ベブルたちのほうに向かった。


 この異様な展開の中で、ファードラルが怒鳴った。


「貴様等、一体何者だ! この領域へ、如何にして侵入したというのだ!」


 オルスは顔を顰める。そしてそれから、思い出す。


「何だ、お前は? お前は俺が消した筈ではなかったか? ……そうか、ここは過去か。あの男を追って来たら過去だった……。つまり、あの桃色の男は、時間移動ができるということか」


 ファードラルは驚愕する。


「なに、貴様がこの俺を消しただと……?」


「もう一度消しておくか」


 オルスは腕を突き出しながら、ファードラルのほうへ近寄る。その腕に秘められた力を感じ取ったファードラルは後ろに跳び、もう一度構えた。


 オルスは嗤う。


「逃げるなよ。逃げたら消せないだろう?」


 未知なる脅威に対抗するため、ファードラルは呪文の詠唱を始めた。



 エアは白い髪を後方へ撫で付けた髪形をしているので、前髪を下ろしているオルスとは違って、その額が露わになっていた。そのため、彼の顔の紋様がその額にまであるということがよくわかる。


 エアの後ろに、先程マナと呼ばれた女がやって来る。彼女は言う。


「待て、エア。面白そうだから、私にも相手をさせておくれよ。いやむしろ、私が先だ。そう思わないかい?」


 エアは突っ撥ねる。


「思わない。お前はその辺の雑魚とでも遊んでろ。俺は折角の獲物を楽しみたいんだ。オルスが負けるぐらいの奴をな」


「……しょうがないね」


 マナは溜息をつき、その長い髪を後ろに撥ねた。彼女は前髪を左右に大きく分けているので、彼女もまた、額にまで模様があるのが見えた。


「何なんだこいつらは……。ベブル、知り合いか?」


 ザンは剣を構えながら、そう訊いた。


 ベブルは答える。


「オルスって奴には、これまでに会ったことがある。だが、他のふたりは初めて見る。こいつらはたぶん、レイエルスの最高位神だ。それに、俺らはいま、“神の幻影イフィズトレノォ”って奴を探してるんだ。まあ、言っちまえば、こいつらはアーケモスの敵だ」


「“イフィズトレノォ”?」


 ザンにとって初めて聞く単語だった。


 そのころ、フィナが、倒れているソディを“治癒魔法イルヴシュ”で助けていた。気が付いた彼は立ち上がり、状況の説明を求めた。彼女は一応の説明をした。『銀の黄昏』は味方になり、いま、共に『石碑』から出てきた者たちと戦うところだと。


 エアがベブルに殴り掛かった。それを、ベブルは受け止める。エアは嬉しそうに笑う。


「やるじゃないか。なら、これならばどうだ!」


 エアはベブルに連続で蹴りを浴びせる。何回か受けた後で、ベブルは最後の蹴りを捌き、相手を回転させた。その勢いで自分も回転し、彼はエアの顔面に裏拳を叩き込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る