第十九章② 救世主、そして悪魔たち

 ムーガは“アドゥラリード”への攻撃の機会を窺い、それに近付いていた。そして、例の『力』を解放する。すべてを消し去る破壊の『力』が、真っ直ぐに伸ばされた彼女の腕から巻き起こり、怪物の誇る最強の魔力障壁を消し去る。


 その『力』を解放したところで、ムーガの意識は朦朧となり、両手両膝を床についた。意識が遠く離れていく。追撃はできない。


 レミナは、“アドゥラリード”が魔力障壁を失ったという好機を見逃さなかった。彼女は魔導銃と浮遊攻撃装置群“エスカトス”とを最大限に稼動させ、いまや身を守るものを失った怪物に総攻撃を仕掛けた。


 “アドゥラリード”は、耳をつんざく悲鳴を上げた。それでもなお、その怪物はレミナのほうへ向かって飛び始める。自分を攻撃するものを排除しようというのだ。退くことを知らない怪物は、障壁を再生させることもできぬまま、身体の組織を失っていく。


「戻れ!」


 ファードラル・デルンが遠くの“アドゥラリード”に向かって命令した。彼はいま、ベブルによって窮地に立たされているのだ。もうすぐ、彼の魔力障壁は使いものにならなくなる。


 その一瞬のち、殴り続けていたベブルの拳が、ファードラルの魔力障壁を遂に叩き割った。


「じゃあな」


 悪魔のような笑みを浮かべて、ベブルは拳を揚げた。その拳に、破壊の『力』が宿る。


 “アドゥラリード”は命令を受けて、ファードラルの許に戻った。レミナの攻撃から逃れ、まだ朦朧としているムーガを撥ね飛ばした。そして更に、ファードラルを攻撃しようとしてフィナに、続いてベブルに視界外から体当たりし、吹き飛ばsた。


 よろよろと、ベブルは立ち上がった。しかし、フィナとムーガは立ち上がれない。だが、自動的にフィナの治癒魔法が発動し、フィナ自身とムーガの負った怪我の治療をしていく。


 それから、ムーガはゆっくりと起き上がる。フィナも生きていたが、まだ起き上がれない。


 このときにはすでに、ファードラルの魔力障壁は回復していた。


 ベブルの攻撃目標は、今度は“アドゥラリード”へと変わっていた。


「貴様ァァァ――ッ!」


 ベブルは拳で巨大な怪物を打ち上げ、天井へと叩き付けた。


 一方のムーガは、まだ倒れているフィナを守るために走った。彼女はフィナの守りの役を買って出て、レミナがファードラルへの攻撃役を請け負った。


 レミナはファードラルに向かって魔導銃を撃っていたが、あるところからそれが反射されるようになったのに気づいた。撥ね返ってきたものは、足に装備している加速装置を起動して回避した。それから彼女は、接近戦を挑むことにした。浮遊攻撃装置のひとつが、光でできた魔剣をつくりだす。彼女はこれを使って、加速しながら彼に斬りかかった。剣での攻撃は、撥ね返されることはない。



 ファードラル・デルンは、もう一度“アドゥラリード”を呼び寄せた。そしてそれの背に乗る。これで彼は、怪物の最強の魔力障壁に守られることになる。


 ファードラルは、このままではいつまで経っても状況が改善されることはないと踏んで、戦法を変えたのだ。ベブルはその巨大な怪物のあとを追う。


 フィナはようやく立ち上がった。彼女はルビーの杖を構える。もう平気そうに見えたので、彼女を守っていたムーガもまた、“アドゥラリード”のところへと駆けつけた。その怪物を倒すために。


 ファードラル・デルンは目を剥いて、狂ったように笑っている。


「“アドゥラリード”ォォォ! お前の真の力を見せてやれ! こやつ等を皆殺しにするのだ!」


「やってみ——」


 ベブルは“アドゥラリード”に殴り掛かったが、その前に、至近距離からの“アドゥラリード・キャノン”に弾き飛ばされる。彼の姿は一瞬にして見えなくなり、気がつけば、彼は大広間の入り口近くの壁に叩き付けられていた。


 レミナは浮遊攻撃装置の魔剣で斬りかかっていた。だが、これでも“アドゥラリード”の魔力障壁を貫くことはできない。


 ムーガは怯まずに、“アドゥラリード”に近づく。いくらベブルよりも『力』の攻撃範囲が広いからといっても、こうしなければ当てられない。そしてついに彼女は、射程距離内に“黒風の悪魔”を捉える。


 『すべてを消し去る破壊の力』によって、“アドゥラリード”のバリアが砕け散る。


 あと一歩。あと一歩で“アドゥラリード”を倒せる……。


 ムーガはそう思ったが、やはりだめだった。気を失い、その場に崩れ落ちる。


「莫迦め」


 ファードラルが言った。狂気に引きつった笑みが、表情を歪ませていた。


 “アドゥラリード・キャノン”が、超至近距離から、ムーガを狙って発射される。ベブルもフィナも、レミナも助けに入ろうとしていたが、間に合わなかった。


「まったく……、危ねえじゃねえか」


 そう言ったのはナデュクだった。彼は“転位の魔法”でムーガの近くまで移動し、彼女を連れて“アドゥラリード・キャノン”をかわしたのだった。


 だが、余裕のありそうなその言葉とは裏腹に、ナデュクは表情を歪めていた。


 

「ナデュク! 脚が……」


 離れたところからその様子を見ていたスィルセンダが、その光景に、両手で口を覆った。


 ウィードとオレディアルも、無言で同じ光景を見ていた。オレディアルは両手を床について座り込んでいた。魔導銃剣は遠くに飛んでいってしまって、彼の手にはない。


 ウィードが魔剣の切っ先を突きつけている。


「動かないでくださいよ。そうでなければ、本当に殺してしまいかねませんから」



 ムーガを庇う際にナデュクは片脚を失ったのだ。“アドゥラリード・キャノン”によって。


「ナ、ナデュク……」


 だんだんと取り戻しつつある意識の中で、ムーガは赤いものを見た。そして、本来あったはずのものがないことも。


「ちっ……、らしくねぇなあ、俺」


 ナデュクはそんな状況下でも、まだ悪態をついていた。彼の魔術用の杖が、文字通りに彼の杖となっていた。


 ファードラル・デルンは狂ったように笑っていた。そして、“アドゥラリード”を、ふたりのいる方向に向ける。彼は怪物の上で喚いていた。


「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!」


「行け! 『救世主』! ムーガ・ルーウィング!」


 ナデュクは、まだ動けないムーガを突き飛ばした。そして、彼自身は“アドゥラリード・キャノン”に撥ね飛ばされる。


 そして床に落ちた。


 混沌とした意識の中で、ムーガは見た。欠けた人間を。


「うわあああああああッ!」


 ベブルが大声を上げながら走っていた。フィナは彼に“高速の魔法”を掛ける。


 ベブルは魔力障壁を失ったままの“アドゥラリード”の前に到達し、その巨体を思い切り殴った。怪物は撥ね飛ばされ、砕け散り、そして消えていった。



「ナデュクが!」


 スィルセンダは大声をあげて叫んだ。だが、どうみても、ナデュクはもう、死んでしまっている。


 ウィードは暗い表情のまま、オレディアルに言う。


「これが、貴方がしたかったことですか?」



 “アドゥラリード”は消え去った。だが、ファードラル・デルンは生き延びていた。彼はあの怪物が消滅する前に、床に落ちていたのだった。


「デルン! 貴様……」


 ベブルは叫んだ。


 ファードラルはゆっくりと立ち上がる。肩を震わせていた。そして、大声を上げて笑い出す。彼はもはや、正気など持ち合わせていない。


「ハハハハハハッ! 其奴そやつは『銀の黄昏』。貴様の敵ではないか、リーリクメルド! 俺は貴様の敵を葬り去ってやったまで! 感謝して欲しいくらいだ!」


「て……めえぇっ!」


 ベブルは叫び、そこから駆け出した。ファードラル・デルンをこの地上から消し去るために。

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